第24話 side愛羅②一泡ふかせと二泡ふかせられ

「髪型変えたんだな、愛羅」

「……っ!」

 ——センパイと一緒に書店を出た時、最初に言われたのがコレだった。


「そっちの方もなかなか似合ってるぞ」

「い、言うの遅いしっ!」


 いきなりとかバカじゃん! もっとタイミングなかったでしょ……!

 もう何もつっこまれないと思ってた。諦めがついた時にこんなこと言うセンパイ。

 ほんっとこんなコトされたらどうしていいか分かんないし……。


「いや、バイト中にこんなの言ってたら仕事中にナンパしてるとかお客さんに思われるだろ?」

「深く考えすぎだしっ! な、なにこれもう……。アーシバカみたいじゃん」

 アーシの変化にセンパイは気づいてないもんだって思って勝手に落ち込んで……。元から気づいてたとかいまさらって感じじゃん。


「ん? 愛羅は頭いいだろ?」

「そんな意味で言ってないんだけど!」

 くっそ……なんで髪型変えたって気づいてくれただけでこんな嬉しいんだろ……。

 なにこれ、意味わかんない。他のオトコから言われるのとぜんっぜん違うんだけど。

 一泡吹かせるとかそんな計画全部狂ったじゃん……。


「あとは黒のネイルに変えてることも知ってる」

「ふーん……。そ、そこも気づくとかアーシのコトけっこー見てんだね」


 って完璧じゃん。全部見破ってるし……。

 前髪を数ミリ切ったとかそんなのに比べたらアーシのはめっちゃ分かりやすいけど、変えたトコ全部最初で気づいてるとか思わなかったし……。


 もしかして、センパイって密かにモテてたりする……? うん、可能性あるかも……。


「見てるって言うか、そりゃバイト中にいつも邪魔してくるんだから嫌でも目に入る。今前にいる通行人がいきなり立ち止まって何十回もサイドチェストした時と一緒だ」

「例え全く意味分かんない……」


 サイドチェストってのはボディービルダーがする一つのポーズ。

 なんかそのポーズしたら服裂けてめっちゃマッチョな筋肉現れるってアニメが有名になってたから、いちお理解できる。

 洋服代どんだけかかってるんだろとか思ったりするけど。


「ってかセンパイ、まだこっちの感想言ってもらってないんだけど」

 アーシはネイルした両手をセンパイに向ける。

 気づいたんならなにか一言もらわないとヤって言うか。あんまり褒めてもらったことないから、たくさん褒めてほしいって言うか……。


 いや、そもそもセンパイはアーシのおにいちゃん役だから、こう言うのは当然のことだし。


「……ん、手綺麗だな。傷がない」

「そっちじゃなくてネイルを言ってんの!」

「似合ってる」

「髪型とおんなじこと言ってるじゃん……。他に別に言うことあるっしょ」

「愛羅、そろそろ俺のマフラー返せ」

「ソレぜんっぜん話違うんだけど!」


 この流れで茶化してくるセンパイ。

 マ、なんとなく分かってたけど……。そう簡単にはアーシの思い通りになってくれないことくらい。

 漫画で見るお兄ちゃんもこんな感じのキャラいるから契約うんぬんの話は持ってこれないし、センパイは素直な性格とは言えないし……。


 べ、別に褒めてくれるから不満は無いに等しいけど……。


「まぁ……いろんな褒め言葉が出てくるのが一番だとは思うけど、『似合ってる』ぐらいしか言葉しか男は出てこないもんなんだよ」

「ボキャブラリーがないだけじゃん」


 センパイはやり方がマジズルい。

 いきなり気づいたコト言ってくるし、バイト中は『お前』って呼ぶのに、バイト終わったらアーシを名前で呼んでくるし。

 そんな差つけたら名前で呼ばれた方が嬉しくなるじゃん……。統一しろっての……。

 もし狙ってるならセンパイ女慣れしすぎってレベル。


 マ、センパイには友達いないからそんなはずないし……。コレはアーシの偏見。


「褒め慣れてないだけだ」

「褒め慣れてない……ねー」

「なんだよその意味深な区切り」

「当たり前だけど、センパイはオンナ、、、を褒め慣れてないんだーってことになるからさ?」

「なんで嬉しそうにしてんだよ」

「なんでもないしー」

 なんで嬉しくなってるのかアーシにだって分からない。でも、アーシの顔が緩んでるのはめっちゃ分かる……。


「て、てかさセンパイ。このBurberryバーバリーのマフラーってセンパイが買ったの?」

「あ、それバーバリーって言うのか。ブラベリー的な名前かと思ってた」

「ブラベリー? ちょいオシャレな名前つけるじゃんセンパイ」

「それプレゼントで貰ったんだよ」

「プレゼントって……オンナ?」

「姉から」

「じゃ、許そーっと」

 なんて言うアーシは両手を使って顔をマフラーに埋める。

 

 ヤバ……。アーシまたニヤけてんだけど……。マジなんでだろ。……早く表情戻さないと……。


「おい! ギュッってすんな! 俺のだぞ」

「匂いつけてんだからいいじゃん!」

「なんで匂いつけんだよ……」

「マーキングってやつ? センパイが別のオンナにこのマフラー渡さないよーに」

「そんな相手いないんだが……」

「ふーん。いなかったらそれでいいけど、センパイはカノジョ作っちゃダメだかんね? アーシのお兄ちゃんなんだから」

「もう少し分かりやすく説明をしてくれ」


 なんか投げやり気味のセンパイだけど、いちお話は聞いてくれるっぽい。


「だってセンパイがカノジョ作ったならアーシに構ってくれる時間減るじゃん……。そんなのヤだし……」

「そんなことか……」

「そんなことかってアーシは損するじゃん! 150Kも払ってるんだし!」

「安心してくれ。彼女欲しいって願望はないから」

「うっわ、チョー見栄っぱりじゃん」

「本気なんだが。……彼女作ったら金稼げなくなるし……」

「お金……?」

「いや、なんでもない」


 なんか、彼女作ったらお金がどうのこうのって言ったセンパイ。

 罰ゲームとかしてる感じ……? なんだろ、気になるけど踏み込んだらいけないトコっぽい……。気になるけど。


「逆に愛羅が彼氏作ればいいんじゃないか? そうしたら俺にお金を払うこともなく、寂しく思わないだろ……っていや、忘れてくれ今の。俺の収入が減る」

「ふつー年下のアーシにそんなコト言わないっしょ……」


 アーシが今まで出会ってきた中で、センパイは一番お金にがめつい。でも裏を返せば一番お金を大事にしてるってコト。だからお金が絡めば裏切ることもないし、信頼できる。


 それと……分かってる。センパイが“わざと”今のセリフ言ったコトくらい。もっと他の解決法を探せって言いたいことくらい。


 ……ほんっとおかしなセンパイだと思う。


 お金にがめついのに、収入減るかもって分かってるのに、なんでそんなこと言うのかな。センパイ自身のためにも言わない方がいいのに。


 宝のを見返りなしで教えてるようなもんじゃん……。


 ムカつくこともあるけど、冗談もめっちゃ言ってくるけど、空気読んだりしないけど、バカすぎるくらいのお人好しで優しいセンパイ。

 こんな人、今まで見たことない。


「カレシ作るとしてもアーシは年上がいい。高校生男子は頼り甲斐ないし絶対ムリ」

「ませてんなぁ」

「自己防衛だし」

「わけ分からん」

「……」

 だってこんな見た目で甘えたいとか言ったら絶対みんな笑うし、噂広めて冷やかしてくるし……。センパイみたいにちゃんと受け止めてくれる人は探すの高校じゃ絶対ムリ。


 高校生ってのはそんなもん。そもそもアーシがJKだからわかる。


「マ、センパイはそのままでいいってこと」

「人間そう変われるもんじゃないしな」

「あ、でも今は変わってくんない? そうじゃないと元取れないし」

もと?」

「契約金、150K」

「いやこれから飯食い行くだろ」

「それだけで済むと思ってんの?」

「は?」


 アーシは損するようなことはしないし、させない。必ず元は取る。契約ってのはそんなもんだし。


「じゃ、始めよっか! とりあえず手、出してよセンパイ」

「手……?」

「そ、こっちの手」

 アーシはセンパイの片手を爪で突っつく


「……あ!? もしかして手繋ごうとしてんのか!?」

「どうだろ」

「いやいや、この年の兄妹が手繋ぐっておかしいだろ。契約だとしても」

「そこまで驚かなくてもいいじゃん」


『漫画の中の兄妹もこんなことしてるし』なんてツッコミいれたかったけど、話がこじれるからパス。

 その代わりにアーシは必殺の武器を使う。これでセンパイはチェックメイトだし。


「あとー、センパイと契約した時、アーシは年のことなんにも言ってないかんね? 言ったのは『お兄ちゃんになって』ってだけ」

「……」

「だからアーシがお兄ちゃんのすることだって思った要求は全部叶えてくれないと契約違反になっちゃうよ?」

「ちょ……待ってくれ」

「お金受け取った以上はしてもらわなきゃ困るし。契約違反した時の話してなかったけど、その時はパパに訴える。センパイがヤがってること全部実行する」

「なんだそのむちゃくちゃな理論」

「センパイがお金を必死で稼ごうとしてるのとおんなじだし。そのくらいアーシも甘えたくて必死。迷惑だとは思ってるけど、ここがアーシの譲れないトコ」


 アーシと連絡先を交換してないセンパイだから、会えるのはバイトが入ってる木曜日と土曜日の2回だけ。甘えられるのも、一週間で2回だけ。

 それなのに150Kはどう考えても高いっしょ? 出してたとして……70K、7万円くらい。迷惑代があるから150Kを出してる。


 アーシは契約の時に言ってた。『迷惑費込みの1ヶ月契約で150K』って。

 むちゃくちゃな理論分の迷惑代金はしっかり入ってる。

 だからセンパイはお金を受け取った時点で負け。ズルいやり方だけど、そう仕組んでたワケだし。


「はーやーく、セーンーパーイ。それともここでアーシがサイドチェストしてもいいの? センパイが強要してきたーとか言いながらさ」

「はぁぁ……。もういい分かったよ……。降参だ」

「うっしーっ!」

 センパイは理解が早くて助かる。逃げ場なんてないってね。


 ふっかーいため息を吐いて手を差し出してきた。

 不服だろうけどコレは契約だし——

 あとね、センパイ。アーシ言ってないコト……あるんだよね?


「じゃ、借りよーっと! えいやっ!」

「ッッ!?」

 アーシは飛びついた。センパイの腕に! 

 センパイの腕を思いっきり抱いてくっついてやった!


「あ、愛羅ァ!?」

「アーシ言ってないしー。センパイと手を繋ぐって一言も。言ったのは手を出してってだけ。センパイの腕にぎゅーって捕まるためにさ?」

「なっ、なんだよそれ!?」

「あとマフラーにぎゅってしたのはこの伏線。アーシはガキじゃないってトコ、思い知れってね!」

「はぁ!?」


 やりー! センパイめっちゃ動揺してる!

 伏線ってのはウソ。なんか思いついたから言ってみた。


 このスキンシップと不意打ちはセンパイに効いた! 漫画のお兄ちゃんもセンパイとおんなじような反応してる! 

 面白い。めっちゃ楽しいっ! 

 今センパイ、アーシのこと絶対オンナって意識してるし……! 顔、赤くなってるし!


「あ、愛羅……。せめて腕の力抜いてくれ」

「ヤーダ。このままご飯行くー!」

「嫌とか言ってる場合じゃない! 当たってるんだって。気づけ」

「ん? 当たってるってなにがー?」

「……胸」

「……へ?」


 ちっこい声量だけど力のある声でセンパイは言った。

 なんか、『胸』って……。


 アーシはセンパイの顔を見る。

 センパイの視線がなんかアーシの胸に向いてる気がする。

 アーシもソコを見る。


 ——ぐにゅって服の上から潰れてた。見てて分かるくらい。

 ……アーシの胸に、センパイの腕の感触……アッタ……。


「な、なななぁぁっっ!!」

 全てに気づいた瞬間、頭が真っ白になった。

 めっちゃ顔が熱い。体の全部が熱い。心臓がヤバイくらい跳ねてるのだけ分かる。


「ばっ、バカ! そんなの言うなしっ! センパイの変態ッ!」

「なら離れろよ!」

「元取らないとヤだしっ!」

「無理することないだろっ!?」

「も、もういいしっ! 役得なんだから感触楽しめばいいじゃんっ! お兄ちゃんならそうするもんっ!」

「お前のお兄ちゃん像はどうなってんだよッ!」


 アーシはセンパイに一泡吹かせられた。

 でも、センパイからは二泡も吹かされた……。

 

 センパイより、アーシの方が絶対顔赤くなってる自信しかなかったから……。センパイの腕、大きくて硬かったし……。こんなのカウンターじゃん……。

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