第118話 花音と店主のアドバイス

「今更こんなことを言うのもアレだが——」

 龍馬と姫乃が退店した矢先のこと。

 皿洗い真っ最中の花音を物言いたげに見つめる店主は続けて言っていた。


「いい男を捕まえていた、、、、、、んだな、カノン?」

「っ! そ、そんなに強調しないでくださいよぅ……」

「ハハハッ、すまないな。ワタシが強調したいのは『いい男』の方だったんだが、なんせ別れた事実を知っているもんで」

「そ、そんなにからかうとわたしいじけますからね……」


 付き合っていた頃のようなやり取りが龍馬とできた今日、その事実をからかわれるのは普段以上に心に響くのだ。


「すまないすまない。ただ一つだけ言わせてもらえば、カノンが(元)彼を自慢したくなる気持ちはよーく分かった。無事に誤解も解けているわけだしな」

「そ、そうやってりょー君を褒めてわたしの機嫌を取ろうとする作戦ですね……? バレバレです」

「ニヤニヤしながら言われてもなぁ……。実はもう機嫌は直っているんじゃないか?」

「……な、直りかけです」


 店主に顔を向けている花音だが、皿を洗う手を休ませたりはしていない。

 スピードもこれといって落ちておらず習熟した様子である。


「直りかけって……はぁ。チョロすぎる。それでよくあの口説き男に負けたなかったもんだ」

「だ、だってりょー君は特別です……から。まだ気持ちは変わってないです……」

「そうかい」


 店主の前でだけ、想いをぶつけることができる花音。頰を赤らめた今の顔を龍馬に見せることが出来たなら、きっとたじろぐことになるだろう。


「その一途さを向ける相手は間違っちゃいないだろうが……茨の道に飛び込むようなものだからな?」

「は、はい……。わたしじゃ歯が立たない女性ばかりだと思います……。その中の一人は姫乃ちゃんですから」

「中学生くらいの子に負けるようじゃダメだろう。大人の力を見せなくてどうする」

「あ、あのマスター。姫乃ちゃんは大学生らしいです……」

「ん……?」

「で、ですから……姫乃ちゃんは大学生です」

「ハ、ハァッ!? だ、大学生!?」


 唾が飛ぶほどの大声を出す店主だが、その反応は当たり前である。今までずっと小、中学生だと判断し『もぐっ子パンケーキちゃん』だなんてあだ名をつけていたのだから。


「わたしも最初聞いた時はびっくりしました……。でも、りょー君が後輩って言っていたので……」

「あ、あの顔で……? パンケーキと一緒に変な薬飲み込んじゃいないだろうね……」

「そのレベルですよね、本当……」

「あれが噂に聞く合法ロリってやつか……。実際にいるんだな」

「……いました」


 大学で名声のある姫乃だが、この喫茶店でもまた同じような状況になっている。

 姫乃の容姿という武器は、それほどまでに力を持っている。


「でもこれでようやく、もぐっ子パンケーキちゃんの行動力、、、に納得がいったな。……大学生なら当然、か」

「納得……ですか?」

「ワタシが彼とカウンターで話していた時があっただろう? その時に『その人を早く返せ』って眼力で訴えてきてな。全然怖くはなかったが、大胆な行動をしてきたんだよ」

「ふふ、そうだったんですね」

「呑気に笑ってる場合じゃないぞカノン。あの子は恋敵ライバルとしての脅威すぎる。お世辞抜きでな」

「っ!?」


 店主は一部始終を見ていた。

 会計前、『忘れ物をした』と席に戻った姫乃が、使い終わった龍馬のフォークを口に咥えたところを……。

 まるで自分が使ったものであるかのように間接キスに躊躇う様子は見られなかった。

 あの行動力は間違いなく本物。間接キス以外にも何かしらのアクションをかけているのは想像するまでもない。


 そして、あの天性に恵まれた容姿、男の心はかなり揺れ動かされることだろう。


「まあ、何を見たのかはカノンには教えないがな」

「な、なんで秘密にするんですかぁ……!」

「聞きたいかい? ワタシは責任を取らないよ」

「……え、えっと、そ、それはわたしが嫌なことなんですか……?」

「そうだな。もし聞いたらもぐ子を鈍器で殴ってしまうだろう。可哀想に」

「……って、それは犯罪じゃないですかっ!」

「それくらいにってことだ。それでもいいなら教えるが……どうする?」


 花音の気持ちを知っている店主だからこそ、こうして何度も聞くのだ。

 もし教えたとしても良い気持ちになることはない。当然の対応である。


「う、うーん……。な、ならその行動に対抗できるアドバイスをください……っ。そ、それにします」

「アドバイス……ねえ」

「はいっ! お皿洗いも終わりました」

「相変わらず器用なことで」


 こうして雑談している最中に一つの仕事を終わらせた花音。かなりの手捌きである。


「そ、それでアドバイスとは……なんですか?」

「まあ、花音には酷なことだとは思うが……。言いたいことは言う。我慢をしない。要は今の花音とは真逆になれってことだな」

「そ、そんなぁ!?」

「それくらいじゃなきゃ、あのもぐパン子の行動力には到底及ばない。羨むことを取られてばかりだ。カノンが少しずつ変わってきているのは認めるが、それでは遅いんだ」

「そ、そんなぁ……」


 性格を変えろと言われている花音。そのショックの大きいことだろう。アドバイスが無理難題に近い話でもあるのだから。


「だが、これにはワタシだけじゃなくの気持ちも込められていることだ」

「えっ?  りょー君の……ですか?」

「ああ。『花音の性格は必ず損をする。だから改善してほしい』このセリフは彼がワタシに言ったことだからな」

「……」

「そして、彼はこうも言っていたな。『また仲良くしたい』って」

「っ! ほ、本当なんですかっ!?」

「この場に及んで嘘はつかんよ」


『花音には好きな人がいる。その好きな人に別の男がいると誤解させたくない』

 そんな理由から、話した内容は秘密にしてほしいと龍馬から言われていた店主だが、守ることはしなかった。


 それは龍馬が嫌いなわけでも、花音の肩を持っているわけでもない。


 花音の好きな人は言うまでもなく龍馬。そして、龍馬は花音と仲良くしたがっている。

 二人の気持ちを一番に汲み取っている店主だからこそ、間を繋いだほうが良いと判断したのだ。


「彼がどう思うかは知らないが、ワタシはこの件をカノンに伝えることで恩を返したつもりだ。あとはカノンがどう恩を返すか。それはあのアドバイスを受け止めることだと思うがな」

「そ、そうですね。わたし、頑張ってみます……っ」

 好きな人にお願いされた時の力は、どんなものにだって負けない。特に花音は一途な性格であり、今現在、姫乃を含む女性陣に狙われている危機的状況でもある。


「殻が剥けた花音ほど脅威なものはないかもしれないな……」

 そんな店主の声は、花音の耳に届くことはなく静かに消えていった。





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