第8話 デート終わり。龍馬とside姫乃
「シバ、今日楽しかった」
「それは良かった」
時刻は20時50分。
雲ひとつなく上弦の月が星々とともに浮かび上がった夜。冷たい空気が服を通る。体温の奪われを感じながら龍馬は空を見上げていた。
ここは集合場所であった東公園の噴水前。
姫乃と龍馬はベンチに座りながら、残りの時間を過ごしていた。
「シバはどう?」
「俺? 俺も十分楽しかったよ」
首を横にし、姫乃の目を見て答える。
「うそ、気を遣ってる」
「姫乃から聞いておいてそれ言う?」
初対面の相手とデート。最初は上手できるのかなんて心配があったが、今思えば杞憂だった。
時間の経過とともに距離が縮められ、最後の1時間は彼氏という名目を意識しながらも自然体で楽しむことができた。
楽しかった。それはお世辞でもなんでもない本心。
「シバはタピオカ飲んで、姫乃のお買い物に付き合ってただけ。楽しいはずない」
「それは誤解だよ。楽しくなければこんな時間が早く過ぎるわけないから……って言っても、これは俺の感覚だから姫乃に伝えようがないけどね」
「……ん。じゃあそれでいい」
相変わらずの無表情で了解した姫乃だが、どこか嬉しそうにしているのは気のせいだろうか。なんて龍馬は思っていた。
「シバ」
「ん?」
「シバはいつ空いてるの」
主語はないが、何に対しての『空いてる』のかは話の流れから分かること。
「木曜と土曜日以外なら基本的に空いているかな」
木曜日と土曜日は書店でのバイトが控えているのだ。本当はもっとシフトの希望を入れたいのだが、従業員数の関係で週に2回が限界なのである。
「木と土以外。……そっか」
「……?」
姫乃はショルダーバックからスマホを取り出し、小さい両手でフリック入力をした。ポケットには入らないデカデカとした猫型のシリコン製スマホカバー。少し背伸びをしているようで可愛げがある。
「シバの空いてる日、メモとった」
「それは……ありがとう、でいいのかな?」
「ん」
空いている曜日のメモを取るということは少なくとも次も依頼してくれる可能性があるということ。期待値には答えられたということ。
初めての恋人代行は成功と言ってもいい。
そこからは少し雑談。あっという間に21時になる。予定されていた恋人代行の終了時刻だった。
契約時間が終われば当然恋人の関係は終わる。仕事なのだから口調も戻すことになる。
『それでは代金を頂戴いたします』
龍馬が口に出そうとした矢先、姫乃は黒色エナメルの長財布を取り出す。LとVのアルファベッドが入ったハイブランドの財布から10,000円をスッと渡してきた。
「全部、持ってて」
「え、えっと……」
今日の恋人代行時間は3時間。
このバイトは時給が3000円。今日は3時間の代行。通常の金額は9000円になるが、見ての通り姫乃はそれ以上のお金を差し出している。
お金は欲しい。一銭でも多く欲しいのだがどうしても遠慮をしてしまう。龍馬という人間性が出たのだ。
「受け取って」
しかし、これが恋人代行のバイトを教えてくれた雪也の言っていたこと。
『人によってはお小遣いあげるとかなんとか追加報酬で』……と。
「姫乃、学生だけど稼げてる。楽しませてくれたお礼」
「その言葉、信じるよ?」
「ん」
「……それなら遠慮なく。ありがとう」
龍馬は姫乃の手から10,000円を受け取る。
姫乃の言葉には嘘偽りない。真剣な表情がそう物語っていた。
「もう姫乃は帰る」
「夜も遅いからそれがいいね。送らなくて大丈夫?」
ベンチから立ち上がった姫乃を見て、龍馬も立ち上がる。
「ん、いい」
「そっか」
代行人を自宅まで送り届けさせるのは依頼者の判断になるが、1回目の代行では90%以上断られる。依頼人の家を知ったことで代行人がトラブルが起こる場合があるからだ。
これは代行会社から注意事項として姫乃にも伝えられていること。
よほどの信用があったとしても、自宅を教えることは好ましくないのである。
「じゃあ気をつけて帰ってね」
「ん」
「ありがとうございました」
最後まで姫乃らしかった。名残惜しさを感じさせることもなくそっけない挨拶で小さな足音を鳴らしながら帰っていく。姫乃の小さな背中が見えなくなった瞬間——
「あ゛ー、疲れたぁあ……」
深いため息とともに、再び龍馬は腰を下ろす。
足を伸ばし、目元にシワができるほど強く目を閉じる。
「やっぱり金を稼ぐって楽じゃないな……」
初仕事終了と同時に改めて実感する龍馬であった。
****
白色の絨毯にピンクのカーテン。
ガラス張りのL字机には21.5インチのPCが備えられ、ピンクのゲーミングチェアが対面しておいてある。
そのL字机の左右には縦125cmの二つの本棚があり、片方には小説、もう片方には漫画がびっしりと入れられている。
本棚にはホコリひとつない。一つ一つ大切にされ、大事にしている物。
そのほかにも二人用の白色ソファーに、窓際にはたくさんのぬいぐるみが飾られ、白とピンクを基調にした大きなワンルームには清潔で統一感があった。
「ん〜」
お風呂あがりパジャマに着替えた姫乃は、シングルベッドの上で120cmサイズのシャチの巨大ぬいぐるみに顔を沈めながらほんの少し笑顔をこぼす。
「楽しかったな……。シバとのデート……」
一人暮らし。姫乃以外に誰もいない部屋。
「シバも……楽しんでくれてよかった」
外に漏れたりしたら恥ずかしいからボソッという。独り言でも少し恥ずかしい。
『俺も十分楽しかったよ』
あの言葉はうそかもしれない。シバなら姫乃を嬉しくするセリフいっぱい持ってるだろうから。
でもそう思うことはできなかった。説明はできないけどなんとなくそう思った。
「彼氏……」
もともと羨ましく思ってたカップル。今日もっと羨ましくなった。もっと彼氏が欲しくなった。欲しくなった……けど、誰かに告白された時に受け入れる勇気はまだでない。その相手が好きな人でも……。
それくらい罰ゲームだった時が怖い。
もし姫乃から告白をして、受け入れてくれたとしても罰ゲームだったら――もう立ち直れないと思う。
女々しいけど、本当にいやな思い出だから……。
だから、今はお金を出して彼氏役をしてもらうのがいい……。その方が安心できる。
でも……
姫乃には不安がある。それは亜美と風子にデートを見られたこと。
風子は違うクラスだからいいけど、亜美は同じクラス。
大学で追求される。……絶対。
シバとどこで出会ったのか。シバのどこが好きなのか。どっちから告白したのか。とか。
『デートがどうだったか教えてね』とかも言われた。
質問の答えを今のうちから考えても上手く乗り切る自信はなかった。だって、恥ずかしいもん……。うその関係だったとしても……。
『黙秘』
姫乃の頭に浮かんだのがこの2文字。亜美と風子はつまらないと思うけど墓穴を掘らないためにもそれが一番。
明日の追求があるから少し大学には行きたくないけど、それよりも今は――
「また……シバと遊びたいな」
あの代行会社に依頼して良かったって思う。もし、違う代行会社に依頼してたらシバと会えなかったから。
(感触、まだ残ってる……)
『手を繋ごう』って勇気を出してよかった。
正直、また手を繋ぎたい。
なんだろう、不思議な感じがする……。でも、いやな感じじゃない。ほわほわする。どんどん顔が緩んでる気がする。
(彼氏がいる人、こんな気持ちなんだ)
首を左右にふってシャチのぬいぐるみに深く顔を埋める。
「こんな気持ち、恥ずかしいよ……」
ここまで引きずるなんて思わなかった。
今度はいつシバに会おうかなぁって考えた。
寝る前、姫乃はスマホからTwit○erを開いて日課のツイートをする。でも今日は少し違った内容。
『彼氏ほしい!』
でびるちゃんのアカウントで初めての
もちろん、大荒れした。
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