第130話 とある者と目撃者とカロリーゼロ理論

(今日は何作ろうかな……)

 大学終了後、そのままスーパーに寄った龍馬は陳列された食材を見ながら今日の献立を考えていた。

 毎日一生懸命働いているカヤを想い、栄養バランスのしっかりした料理を出すように心がけている龍馬。料理選びは真剣そのものだ。


(和風……いや、洋風……。うん、洋風でいこう)

 昨日が和風料理だったことからジャンルを変え、一通りベースを決める。

 そうして店内を回っていた矢先である。


「……えっ」

 呆気に取られた声を出し、お魚コーナーの前でピタリと足を止めた龍馬。

 首を傾げながらまばたきを数回。

 龍馬が見たのは鮮度が落ちないように冷却されている生魚を興味深そうに見つめているスーツ姿の女性の横顔。知っている相手だからこその反応だった。


「カ、カヤ姉……?」

「ん? あっ、リョウマじゃん。大学お疲れさま」

 待ち合わせをしたわけでもなく、本当の偶然。

 驚いた様子を見せることもなく、労いの言葉をかけてくる辺りカヤらしい部分が現れているだろう。


「カヤ姉もお疲れ様……って、今日の仕事はどうしたの?」

 普段と比べ退勤時間が早いことは明らか。

「あー、当たり前のことを言うけどズル休みしたわけじゃないからね? 午後から有給を貰えることになって」

「お、有給なんだ。それは良かったね」

「それはそうなんだけど……この状況はアタシ的に良くないんだよね」

「な、なんで?」


 よりにもよってなんでこのタイミングなのよ。と言いたげなのは龍馬じゃなくても分かるだろう。それくらいに表情豊かに表現出来ている。


「ここで龍馬に会っちゃったからサプライズの意味無くなったじゃん」

「えっと……どんなサプライズをするつもりだったの? 考えが付かないんだけど」

「まあ、大して誇れるものじゃないんだけどリョウマにご飯作ろうと思って。有給もらって時間が空いたからね」

「いやいや、料理は俺の役割でもあるから気にしなくて良いのに。今日はゆっくり体を休めてよ」


 次の瞬間に龍馬は知ることになる。今の気遣いが地雷を踏んだのだと。


「なにそれ。アタシの作る料理は食べたくないって言いたいの? 遠回しに」

「ッ!?」

 その声色が瞬く間に暗く、圧のあるものに変わる。

 カヤは粋な計らいで手料理をご馳走しようとしていたわけである。良心を踏みつけられた気分に陥っているのだろう。

 龍馬が取れる行動は一つ。すぐに弁明を始めることだ。


「そんなこと言ってないって! 普通にカヤ姉の料理美味しいし!」

「ならアタシのためだと思ってここは譲りなさい、料理作るの感覚残しとかないとアタシがお嫁に行きにくくなるでしょ。あっ、リョウマがアタシを養ってくれるんなら今日は料理作らないけど……どうする? ずっと一緒に住む?」


 この疑問符を発した途端、カヤの声色は普段通りに戻る。

 次にはしてやったりの笑みを浮かべ、まるで龍馬が取る行動を全て予期していたかのようなカヤである。


「……なら、任せます」

「はーい、今日の料理担当はアタシね」

 流石は代行会社で名を轟かせた伝説の女性、覇道の女神だ。

 依頼者から高評価をもらい続けている龍馬がこんなにもあっさりと完敗する。

 このやり取りで分かるだろう。龍馬がカヤの上に立てる日はそう簡単に訪れないことに……。


「一応言っておくと今日はひき肉のハンバーグを作る予定だから」

「ひき肉の……? 俺はてっきりお魚ハンバーグかと思ってたんだけど。さっきまでお魚吟味ぎんみしてたし」

「あー、それは違う違う。単に生魚を見にきただけよ。普段はリョウマに料理任せてるからスーパーに寄ったりもしないし……そうなって来るとお魚見る機会ってなかなか少ないから」

「そ、それでどうせなら〜ってなったんだ?」

「変? なんか笑いを押し殺してるけど」

「ははっ、ごめんごめん。なんかカヤ姉らしくって」


 厳しいところは本当に厳しいカヤのこうした一面はなんとも微笑ましいもの。

 これで後はレジに向かう流れになるのだが、龍馬にはもう一つツッコミを入れなければいけないことがある。


「あと最初からずっと気になってたことがあるんだけど……買い物カゴに一体何があったの?」

「ん……? 買うやつだけど」

 龍馬はずっと視界に入れている。カヤの買い物カゴの中に黄色のスイーツが溢れかえっていることに。


「それ……プリン?」

「美味しいよね」

「美味しいとは思うけど……買い過ぎだね」

 カヤのカゴには3個入りのプリンが4つ。計12個ぶち込まれている。無駄遣いと言っても過言でないくらいの買い物だろう。


「今日は有給だから贅沢したくって。一緒に食べよ。2パックずつ」

「2パック!? 俺6個も食べられないって。食べられて3つだって」

「じゃあアタシが9個食べる」

「一日で食べるつもり!? 9個だよ!? 」

「スイーツにも魚にも野菜にも鮮度が大事なのよ」

「そんなに食べたら太るよ?」

「プリンはふわふわだしトロトロだからゼロカロリーよ」

「……」

「しかも食べるのにもカロリーを消費するし、今日は有給だから絶対太らないのよ」

「……はい」

 この某芸人さんが考えたカロリーゼロ理論は最強だ。なんと言っても理論に基づいた答えを出しているのだから。これを崩せるものは何もない。


「じゃあそろそろレジ向かおっか。龍馬に負けない料理作るんだから」

「チーズ乗ってたら俺負け宣言するかも」

「ふふっ、期待してて」

「ならその期待を込めて買い物カゴを持たせてもらおうかな」

「……今のは代行の経験が生かされたような発言だねぇ」

「否定は出来ないかも」

「まあアタシはそんなんじゃ落ちないけど」

姉弟きょうだいで落ちてもらったら困るよ」

「確かにね」


  同じタイミングで吹き出す龍馬とカヤ。そんな仲睦まじい様子でレジに向かう二人を、とある者は偶然目にしていた……。

 両手に持っている買い物カゴには数種類のお菓子が入れられており——すぐにTwitterにDMを飛ばすことになる。

 会話を聞き取ることが出来ず、誤解したまま、

『シバと少しお話したいことある。土曜日にバイト先に行っていい?』

 そんな内容を……。


 偶然は重なると言うが、まさにその通りの出来事だった。








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