第119話 ※R15注意、龍馬と我慢の姫乃
相合い傘をしながら歩くこと何十分。
姫乃が住むオートロック付きのマンション、【メルヴェール】の玄関口に足をつけた二人。
「もう、着いた……」
「ははっ。本当だ」
会話が止まることのなかった帰り道。思った以上に早く着いたのは龍馬も同じこと。
「シバ、近道とかした?」
「普通の道を辿ってきただけだけど……そんなに早かった?」
「ん、とっても早い……」
名残惜しそうに言う姫乃はしょんぼりと俯く。
この場に着いたということは龍馬との別れが迫っているわけでもある。まだ離れたくないなんて気持ちが自然と溢れてくる。
「楽しい時間、あっという間……。なんで?」
「なんでって言われてもなぁ。でも、そう言ってもらえるのは嬉しいよ。今日は誘ってくれてありがとうね。俺も姫乃と一緒で楽しかった」
「ほんと?」
「もちろん」
「うそ言ってたら、姫乃悪いことする」
「お?」
首を上げて龍馬に視線を合わせる姫乃はどこか強気の態度だ。どんな悪いことを考えているのか気になるところである。
「その悪いことってのを教えてもらっていい?」
「シバを姫乃のお家に連れて帰る」
「えっ!? 俺を持ち帰るの……?」
「そう」
「……本気で言ってる?」
「ん、本気」
「……」
「……」
無言で目を合わせること3秒後。
ピンク色の唇を震わせ、先に目を逸らしたのは本気度を示そうとした姫乃である。
「全く姫乃は……。冗談でもそんなことは言わない方がいいよ? 中には本気にする男だっているんだから。はー、姫乃も冗談上手くなったなぁ……」
目は口ほどに物を言う。このことわざは有名だ。
先に視線が外れたことで冗談だと判断した龍馬は安堵の息を漏らしていた。
これこそが勘違いだと知らず。なんと言っても姫乃には冗談の文字が一つも含まれていないのだから。
「ばかシバ」
「ちょ、なんでいきなり暴言!? いや、なにか気に障ったことがあったんだろうけど……」
「シバが鈍感だから」
「それ言われるの今日で二回目なんだよね……」
「みんな思ってる」
「ま、まぁ……そうなんだろうけど……」
喫茶店のマスターにも同じことを言われた龍馬。1日で2度も起こったのなら否定のしようもなくなるのだろう。
「……でも、シバならあんな風に注意するのわかってた」
「俺がそう言うってわかってたとしても試すような真似はしちゃ駄目だって。絶対に思い通りになるってことはないんだから」
「シバ、心配……?」
「そりゃそうだよ。さっきも言ったけど、そんな冗談を本気にする男はいるんだから。姫乃は一人暮らしなんだから特に気をつけとかないと」
姫乃がオートロック付きの高いマンションに住んでいる理由は防犯がしっかりしているからだろう。
設備がしっかりしているのに自身の行動で台無しにしてしまうのはなんとも勿体ないことだ。
「シバは、姫乃がそんなことされたらいや?」
「嫌に決まってるよ。みんなそうだって」
「なら、もう言わないようにする」
「約束だからね」
「……約束の条件、ある」
「えっ? じ、条件!? 約束に条件つけるの?」
「ん」
ここでまた唐突な姫乃が顔を出す。もちろん龍馬の思いを汲み取っている以上、無理難題の条件を出すわけではない。今すぐにでも出来る簡単なことだ。
「シバと文房具、交換したい」
「こ、交換? 文房具ってシャーペンとかだよね? どうしてまた……」
「…………」
その問いに姫乃は押し黙った。今、必死に理由を考えているのである。
「姫乃?」
「……人の文房具使うと、捗るから」
「ま、まぁ言いたいことはわかるんだけど、急だね本当」
「ごめんなさい。でも、交換したい……」
大学終わりの二人は当然ながらペンケースを持ち歩いている。
姫乃はそこに目をつけ、それらしい
「ぶっちゃけ交換くらいなら全然問題ないんだけど……姫乃は俺に隠し事してるよね」
「……っ!?」
龍馬の言葉に小さな肩をビクつかせる姫乃。
嘘がバレた……なんて危機感を募らせるが、それは取り越し苦労でもあった。
「今の時期ってあまり課題は出ないし……急に捗らせたいってなると
「……」
「あっ、もしかして俺の深読みだった?」
「ち、違う」
パチリと目を見開く姫乃は、言葉を詰まらせながら嘘を重ねた。
確かに龍馬の出した答えは辻褄が合う。文房具を交換するために姫乃が乗らない手段はなかったのだ。
「ほらやっぱり……。そんな大事なことは一人で抱え込まないでいいよ。言ってくれればいつでも協力するから」
「ありがとう……」
善意の塊をぶつけてくる龍馬に後ろめたさが襲ってくる。
姫乃はいつもより大きく頭を下げて感謝の気持ちを伝えていた。これが嘘をついた姫乃に出来る精一杯のこと。
「ってか、俺がごめん。そんな状況なのに長話しちゃって」
「そ、それは謝るの違う。だめ」
「ははっ、それならありがとう……で」
「ん、どういたしまして」
これでも姫乃は超がつくほどストイックな人間である。
締め切りに遅れるようなことはしない。もし間に合わないようなら外出は一切しない。寝る時間も食事の時間も削る。
時間に余裕がある時にしか遊びに行くことはしないのだ。
——つまり、龍馬と出かけている今日はそういうこと。締め切りの目処は十二分に立っているわけである。
「じゃあ文房具交換しようか。シャーペンで大丈夫?」
「姫乃それがいい」
「俺、黒と赤しかないんだけど大丈夫? もしかしたら姫乃の趣味じゃないかも」
「平気。姫乃はピンクと黄色」
「……そ、それ男が使ってても変じゃない?」
「大丈夫……かも」
「今の返事怪しくない!?」
姫乃の家はなんとも女の子らしい。文房具も同じようになっているだろう。
ちょっとした不安を抱える龍馬だが、予定通りに姫乃とシャープペンシルの交換を行う。
姫乃は太めのシャープペンシルを選び、龍馬は男でも使えそうなキャラクターデザイン入りのシャープペンシルを選ぶ。
そして、お互いのペンケースに
「……姫乃、大切にする」
「俺も大切にさせてもらうよ」
もし、姫乃とシャープペンシルを交換した事実が発覚したのなら龍馬は大学でタコ殴りにされることだろう。
絶対に秘密にしなければならないことだ。
「よしっと……。それじゃ俺は帰ることにするよ。姫乃の邪魔をするわけにもいかないしね」
「……わかった」
「また大学でね、姫乃」
「ん、シバは気をつけて」
そのタイミングで姫乃は右手を差し出した。手の形はパーである。
「えっ?」
「ばいばいの握手しよ」
「ぷっははっ、全くもう……」
予想もしてないことばかりやられる龍馬は、抑えきれていない笑みのまま姫乃の小さい手を握る。
もっちりと温かな手を包み込む感触と、ゴツゴツとした手で包まれる感触。お互いの感覚は違う。
「……」
「1、2、3」
と、声に出しながら上下に手を振った龍馬は手を離した。
「それじゃ、バイバイ姫乃」
「……ん、ばいばいシバ」
それが別れ際の挨拶。
龍馬の背中が見せなくなるまで玄関から見送る姫乃は気づくことがある。
「やっぱり歩くの早い……」
この場に到着するまでずっと歩幅を合わせてくれていた。……そのさりげない気遣いだけで姫乃の胸はきゅっと締め付けられる。
「もぅぅ……なんで……」
そんな苦しそうな声を吐露する姫乃は苦虫を噛みしめた顔で右目を瞑る。
もう片方の左目は、じわっと何かが垂れた感触のある下腹部に向いていた。
あの衝動を我慢するように服裾を握る姫乃は急いでエレベーターに乗り込み、5階のボタンを押して扉を閉める。
その瞬間、姫乃は龍馬と交換したシャープペンシルを取り出しオレンジに光る階数表示器を見つめ続ける……。
階が上に進むほど尿意を我慢するように内股を擦り合わせる姫乃の頰は、みるみるうちに赤くなる。熱っぽく、色っぽい吐息が鉄の箱に漏れていく。
『チーン』
その音が鳴れば、自室のある5階。
507号室に早足で向かう姫乃は、玄関に鍵を挿し自宅に入る。
「はぁ……はぁぅ……」
走っていたわけではないが、心臓の締め付けが姫乃を苦しくさせていた。
背負ったバッグを下ろし、ゴソゴソと中から取り出したのは——1枚のタオル。
それは喫茶店に着いた時、雨で肩が濡れていた龍馬を拭いたタオル……。
「姫乃、なんで……なの……」
うっすらと龍馬の匂い移りがあるタオルを抱え、玄関先の廊下で前のめりにへたり込む姫乃は、もう我慢の限界だった。
両膝を床に、お尻を突き上げる姫乃は鍵を閉めることも靴を脱ぐことも忘れている……。
「ぅ、うっ……んぅっ」
白のストッキングの上から龍馬と交換したシャープペンシルをあそこに押し付ける姫乃は、声を漏らさないようにタオルを噛んだ。
その行為時間は3分。姫乃が今までで一番早い手淫……。
穿いていたショーツと白のストッキングは燃えるゴミに、龍馬のシャープペンシルは中性洗剤で洗うことになる……。
行為後、お風呂に入る姫乃の顔は虚無に包まれていた……。
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