第120話 深刻の龍馬と偶然の愛羅
「……」
姫乃と別れ、貸してもらった折りたたみ傘をさしながら帰路に着く龍馬だが、その顔は真顔。今日のことを思い出したような楽しそうな笑みは作られていなかった。
龍馬が一番に理解しているのだ。姉のカヤから言われた
龍馬は馬鹿ではない。今の悩みと向き合おうとしているからこそ真剣になる。その脳裏にはカヤの言葉が次々と流れ続けていた。
『リョウマはお金を稼ぐためだけにこのバイトをしてる。でも依頼者は違うのよ。恋人が欲しい欲求があるから、異性と関わり合いたいからそのサービスを利用する』
『お金を稼ぐ、ただそれだけでバイトしてるリョウマがわかるはずないよね。依頼者を満足させなきゃって気持ちしかないだろうから』
『もう一度言うよ。依頼者は恋人が欲しい欲求があるから、異性と関わり合いたいからそのサービスを利用するの。だから指名されるってことはどう言うことなのか、もう理解してくれる?』
『信じられないなんて顔してるけど、それが現実なの。そもそも
『指名してくれた依頼者全員がリョウマに想いを伝えて来たらどうするの? ——アタシはもしものことを聞いてる』
指名してくる人には好意がある……と。
「そんなことが、あるんだよな……」
自惚れるわけじゃない。
このバイトでお金を稼げているのは依頼者の恋人が欲しいと言う需要と、それを叶える会社の供給があるから。
そこに働いていれば、需要を叶える一人になり指名をされたのなら、異性として見られているのはあり得ない話ではない。依頼者側の立場になって考えればむしろ自然でもある。
「……ふぅ」
感情的になりながらも最悪の事態にならないようにと忠告してくれた姉のカヤ。あの時の表情は今でも忘れることができなかった。
「一体、俺はどうすればいいんだか……」
合間合間に頭を回転させてはいるが、今のところ解決法は見当たらないに等しかった。
もし、このバイトを続けている最中に依頼者から想いを伝えられたのなら——、
お金を稼ぐことを一番に考えたのなら、『今は代行をしているから』と先延ばしにして指名をされ続けることなのだろう。
しかし、この答えはこのバイトを辞めた場合には『付き合える』と取れる。
そして依頼者からの想い断ったのなら——、
指名される人数が減り今の収入が減る。だが、こればかりは仕方がないことで一番にトラブルにならない方法……
今現在、指名してくれている二人。姫乃と葉月だ。
だが、龍馬はリアルでも姫乃と関わっている。あのバイトをしていると知られている。
それでいて葉月はカヤの上司だという新事実。
もし断ったのなら、カヤに何かしらの影響が出るのかもしれない……。
『アタシは前に警告したよね。でも、リョウマが守ってくれなかったら取り替えしのつかないところまで来た。だからリョウマがどう向き合うか、その答えが見つかったらもう好きにしていいんじゃない? もう個人のことじゃなくなったからアタシはどうしようも出来なくなったよ』
カヤの言葉が全て胸に刺さっていく。一度言われた時に辞めていたら、こんな問題を抱えることもなかったのだろう。
そんな心の重荷を抱えることで足取りがゆっくりになっていた時だった。
「あーっ! りょーまセンパイじゃん!」
「……」
快活な声音。聞き慣れたギャル口調が背中から真横から掛けられ、足を止める
チラッと横目で確認すれば腰まである金髪と褐色肌、主張のあるルーズソックス。右手には大きな買い物袋がある。
もう一つ言うなら『りょーまセンパイ』と呼ぶ相手は一人だけ。声掛けてきた相手が誰なのか把握する龍馬は……ノーリアクションで歩き出す。
少し酷い対応だがこれが二人の間にあるJKギャル、愛羅とのノリである。
「でたー、りょーまセンパイの無視! それ人前でされると恥ずいんだから」
「……買い物か? 愛羅」
「ねー、意地悪して『買い物か』ってマイペース過ぎ! 偶然の出会いなんだからもっとこー、ワーイ的な感じになってよ」
「生憎、今はそんな気分じゃないんだ。それにバイト先でも毎回会うし新鮮みがない」
「ちょ、ありえないくらいにぶった斬るじゃん」
野菜が見える買い物袋を揺らしながらムっとした顔で近づいてくる愛羅。
ほのかに甘い香水の匂いが漂ってくる。ファッションや見た目を大事にしている愛羅だ。良い香水を使っているのだろう。
「悪い悪い。ってまたミニスカート履いてるし。もう12月なんだが……」
「寒いけど頑張ってんの。偉いでしょ」
「偉いかどうかは知らんが頑張る必要ないだろ……前にも言ったと思うけど風邪引くぞ」
「マ、そのためのルーズソックスって言うか。コレ結構分厚くてあったかくて。生地触ってみる? 脚触るのはダメだけど」
片足を宙に浮かせて黒のスニーカーをチョンと龍馬に向ける愛羅。もし今ここで風が吹いたなら、お互いが気まずくなるだろう。
そして、ルーズソックスを触ろうとしても一緒である。
「あのなぁ、もっと警戒心を持ってくれよ。俺がその靴下触ろうとしたら大事なところ
「りょーまセンパイならそんなことしないっしょ? なんか変なとこ歪んでるし」
「いや、するけど。俺も男だし」
半分冗談、半分本気。この酌量で言う龍馬。危機感を持たせたい龍馬だが、正直必要のないことでもある。
賢い愛羅がその指摘に気づかないはずがない。ケロンとした様子を見るに試した行動だったのだろう。
「あっ、するんだ。でも……流石は大学生ってね? このエッチセンパイ」
「はいはい」
「簡単に流すなし! ってかりょーまセンパイもう雨止んでるし、傘閉じていいんじゃない?」
「え? あぁ……本当だ」
傘の持ち手とは逆の手を伸ばし、雨を確認するが手のひらに雨粒は落ちてこない。パラパラに降っていた雨は気づかずうちに止んでいた。
「あと、その傘オンナものだし……。もしかしなくてもりょーまセンパイさっきまでオンナといたでしょ? 多分、可愛い系」
「まぁ友達だけどな。雨に濡れたら髪が傷むってことで貸してくれてさ」
「ふーん」
「なんだよその返事」
「なんか牽制されてるってさ……? もしそうだったら相手くっそエグいけど」
「意味わからん」
勘が鋭すぎるというのは時たま厄介なもの。考えてもいないことを変に解釈してしまうのだから。
だが、今回を含め愛羅は同じ相手に2度攻撃を受けているわけでもある。
龍馬のtwitter初フォロー人物、ラブコメ漫画家のでびるちゃんに……。
「でもなんかさ、りょーまセンパイの周り優しいオンナの人多くない? ……腹黒いアーシの立ち位置ないんだけど」
「腹黒かったとしても優しさの度合いの方が大きいだろ。愛羅は」
「……な、なにその褒め方。レベルアップしてるのマジ困るんだけど……」
「照れることないだろ。事実言ってるだけだし」
「じ、事実だから困るっての」
「そんなもんか……?」
「ば、場合によりけりだけど……」
お世辞なら簡単に流せるだろうが、本気で言われたのなら素直に受け止めるしかなくなる。照れたところをあまり見せたくない愛羅からしてお世辞の方が都合が良かったのだ。
「まぁいいや。この寒さだし長話するのはアレだな。愛羅、その買い物袋俺が持つよ。家まで送ってく」
「え? いやイイって今日は。りょーまセンパイ、オンナの人と遊んできたばっかなんでしょ? 腰とか痛くなってると思うし」
「変な想像しないでくれ。ただの飯食いに行っただけだから」
「マ、それはじょーだんとしてなんか思い詰めてる顔してたからさ。多分、一人の時間を作った方がイイよ」
愛羅は手に持つ買い物袋を背後に隠した後、八重歯を見せながら表情を緩める。高校生らしくない大人げな対応だった。
「お、俺……そんな顔してたか?」
「声かける前の横顔だけどね。一瞬誰だか分からなかったくらいだし。……だから今の取り繕い方にビックリしてる。それされちゃほとんど分かんない」
「……そ、そうか」
「声かけたらどうにかなるかなーって思ってたけどやっぱりダメっぽいからさ。もしかしたらりょーまセンパイと遊んだオンナの人もアーシと同じ気持ちだったのかもね」
「……」
「ってなわけで、時には自分を大事にしてよーって後輩からの願い。あ、今日はアーシがりょーまセンパイ送るのもアリだけど?」
「断る」
「あははっ、そー言うと思った。だから今日はゆっくり休んでよ」
「……わかった。ありがとうな」
全てを見通した上での『一人の時間を作れ』と提案してくれた愛羅。この能力だけは絶対に敵わないと龍馬は思う。
「もしアレだったらまた連絡してよ。予定を別の日に組むことも出来るからさ」
「予定……?」
「あっ、まだアーシのライン見てなかった? 今週の土曜日、アーシのお家に来てーって連絡。学園祭の時にアーシ助けてもらったでしょ? そのお礼とかでママが会いたがっててさ」
「あぁ……その予定か。いや大丈夫。お母さんも忙しいだろうし時間作るよ」
「ならイイんだけど……バイト終わりにそのままーって感じでだいじょぶ?」
「了解。じゃあそんな感じで」
「あんがと」
クリスマス前に愛羅の親御さんと会う、その予定が決まる。
「じゃ、俺はそろそろ帰るよ。愛羅も気を付けてな」
「お互いさまで。それじゃ、りょーまセンパイがバイトしてる時にまたお邪魔しに行くからねーっ!」
「来んな」
「ヤーだ!」
最後は明るい話題で別れる二人。
この土曜日が来る前に悩みを解決しておかなければ……。なんて思いを噛みしめる龍馬だった。
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