第106話 姫乃の心配と龍馬
『ザーザー』
亜美が教えた天気予報は、その通りに動いていた。
大学の玄関前。姫乃は
姫乃はスマホをいじることもなく、この風景を一時間以上も見ていた。
「おい見ろ。ロリリンいるぞ……」
「マジだ……。やっぱちっこくて可愛いなぁ……」
「お前声かけてこいよ。チャンスだぜ?」
「いや、彼氏いんのにそれしたらダメだろ……。もし報告されたりでもしたら俺ぶっ飛ばされそう」
「あー、そう言えばそうだったわ……。羨ましいよなぁ、ロリリンの彼氏」
「だよなぁー……」
学生二人がそんな会話をしながら通り過ぎるも、姫乃は興味を示したりはしていない。まばたきをするだけで小さな体は銅像になったように動いていなかった。
こうして待っている姫乃は大きな不安を抱えていた。……それは龍馬の時間割を把握していないこと。もう帰ったのかもしれないと考えるのは当たり前のことである。
そしてさらに40分。4時限終了のチャイムが鳴り10分が経ち今日の講義が終わった学生が次々と玄関口に見え出す。
人が増えたことでガヤガヤと騒がしくなるこの場。姫乃は気づいていないが、そこには龍馬と雪也もいた。
「今日も疲れたぁ〜なんて達成感からの雨とかマジ萎えるんだが」
「靴とか濡れた時は最悪だよな。外も寒いし」
「龍馬、お前本当にオレと帰らなくて良いのか? 傘忘れてんだろ?」
「それはそうなんだけど、今日はちょっと講義内容も頭に入ってないから自習しときたくてさ」
龍馬の考え事は一夜ばかりで解決するようなものではない。今日の講義は集中できていなかった。その分を埋めるように今日は自習しようと決めていたのだ。
「4連続講義だったってのにタフ過ぎだろ……。オレのノートいるか?」
「大丈夫。ノートには写してるから」
「なら必要ねぇな」
「ありがと」
友達は持っておくべきと言うが、大学では特に実感すること。
もし病気で大学を休んだりしても、次の講義で振り返ったりすることはしない。どんどんと先に進むだけ。
休んだ日の内容を知るにはノートを取ってくれている。そのノートを見せてくれる友達が必要になるのだから。
「って、おい龍馬。あそこにいんのロリリンじゃね?」
「あ……」
雪也が指差す方向に目を向ける龍馬は瞳を少し大きくする。隅に立ってる姫乃を視界に入れたのだ。
「ヒャー、熱いねぇ。あれ絶対お前待ちだろ?」
「いや、俺じゃないとは思うけど……」
「トボけやがって! まさかオレを見送りした真の目的はこれか? この待ち合わせ現場を見せつけるためにな?」
「そ、そんなわけないだろ……。偶然だって」
龍馬は嘘を一つも言っていない。放課後会おうと誘われてはいたが、ちゃんと断ったのだから。
「マ、オレがココにいたら邪魔になんだろうし素直に帰るとするかねぇ。ちゃんとロリリンに声かけてやれよ?」
「あ、あぁ」
「それじゃあな!」
『話していけ』なんて置き土産を残していった雪也は早足で外に出る。折りたたみ傘を開き、正門に向かって歩いていった。
コソッと覗こうだなんて考えない辺り、彼女持ちらしいところである。
「俺に用……なのかな」
雪也と別れ一人になった龍馬は、疑問を抱きながら姫乃の死角に移動する。
この人混みの中で姫乃と会話をしようものなら嫌でも注目を浴びる。代行のバイトをしている分、目立つようなことは避けたい龍馬なのだ。
この場で少し時間を空け、学生がいなくなったタイミングで声かけに向かった。
「姫乃、1人でどうしたんだ?」
「っ、シバ……」
ぼーっとしていたのだろうか。ビクンッとした反応を見せた後、姫乃は上目遣いで見てくる。身長差がある分、これは仕方がないことである。
「姫乃
「シバ忘れたの?」
「まぁね。天気予報が朝と違ってたから俺みたいな人は多いとは思うけど」
疑問に疑問を返すこの方法で姫乃はさらなる確信を得る。龍馬が傘を忘れていることに。
「姫乃も俺と一緒か?」
「ううん、持ってきてる」
「……え? じゃあどうして帰らないんだ? 傘があれば雨でも帰れると思うけど」
あの
「シバ、あの……」
「どうした?」
「……姫乃わがまま、言う」
「言うと?」
「えと……姫乃、シバと一緒に帰りたい……」
「ッ!?」
遠慮がちに手を伸ばし、龍馬の裾をギュッと掴んだ姫乃。真っ直ぐに見続けるのは恥ずかしいのか、チラチラと見ながら一生懸命に思いを伝えた。
「ど、どうしてまた……」
「シバが、心配……だから」
「お、俺が?」
「ん……。心配」
今の顔を誰にも見られないように下を向きながら声を発す姫乃。裾を掴んでいる手は少し震えていた。それほどに勇気を振り絞っているのだ。
「も、もしかしてそれでわざわざ俺を待っててくれた……?」
「そう……だよ」
コクっと頭を下げる姫乃はすぐに言葉を続ける。
「でも、無理言わない……。姫乃わがまま言ってる……から。シバの言ったこと、無視した……から」
「い、いや、俺を心配してくれてるんだから気にしないでいいよ」
「でも……ごめんなさい。姫乃、心配って伝えたかった……」
「謝らなくていいって。逆にありがとう。姫乃の気持ちは本当に嬉しいよ」
自分勝手だ! と姫乃を怒り散らす者もいるかもしれない。しかし、こんなにも弱々しく謝っている姫乃を見たらその気は絶対に無くなるだろう。
もっと言えば龍馬は穏やかな気持ちでいた。姫乃の優しさを深く感じていたんだ。先ほどまで難しい顔を見せていた龍馬だが、今はもう微笑が浮かんでいる。こうして心配してくれて、さらにはずっと待っていてくれたのだ。嬉しくないはずがない。
「えっと……都合の良いこと言うんだけどさ、姫乃ってこれから時間空いてる?」
「ん、ある」
「じゃあ良かったらなんだけど、今から俺と一緒にご飯行かない……?」
「ごはん……?」
「憂さ晴らしって言うか……そんなのに付き合ってくれたら嬉しいかなって」
これから自習するなんて考えていた龍馬だったが、もうこんな状態である。家に帰って勉強しようと思い直していた。あの考え事を含め。
「いいよ」
「ありがとう、助かるよ」
「お金、どのくらい?」
そして龍馬が礼を言った瞬間に爆弾を飛ばしてくる姫乃。代行の件があるからだろう、ナチュラルに聞いてきたのだ。
「いやいやいや! 俺からの頼みなんだからいらないよ。そもそも会社を通してないんだし、今日は友達として付き合ってほしい」
「ん、つきあう」
会話が告白のアレっぽい。そう考えているのは——この中で返事をしている1人だけ。
「雨降ってるし近場でどこか良いところあるかな……。姫乃もいることだし、甘いものがあるところだったら良いんだけど」
「ある。喫茶店」
「本当? じゃあそこ行こっか」
「綺麗なお姉さんもいた」
「そ、それを言われてもなぁ……」
戸惑いの表情を見せながら額を掻く龍馬。
男だけのノリだったら『行くしかない!』なんてツッコミで溢れてるだろうが、今は姫乃と二人きりなのだ。
そうして、
「じゃあ俺はトイレ行ってくるよ」
「顔変える?」
「あはは、顔は変えれないからワックスとかつけてくるよ」
「ん、待ってる」
あとは龍馬が男子トイレでセットをするだけなのだが、姫乃は一つ忘れている。
「そ、それなんだけど……姫乃。俺の裾から手離してもらわないと……」
「っっ!? ご、ごめんなさい……」
今の今までずっとこの体勢だった。玄関口に学生がいなくなるまで待ったのは正解である。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ば、ばいばい」
「バイバイ」
姫乃おなじみの挨拶。
耳を赤くしている姫乃に手を振る龍馬は、一階にある男子トイレに向かった。
神様のイタズラはすぐそこに迫っていた。
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