第69話 愛羅と学園祭①

アイツ、、、と一緒の高校……なんだよな、愛羅は」

 元カノも通っていた光成こうせい高等学校。

 龍馬はその正門を視界に入れていた。このしんみりとした気持ちとは裏腹に、光成高等学校は華やかに彩られている。


 今日は学園祭である。その行事を象徴するように正門の大きな立て掛けには『学園祭』と達筆で書かれていた。

 進学校でもあり、スポーツにも力を入れているこの高校の敷地面積は広く、学科で分かれているのであろう大きな校舎が2つ。他を圧倒したような綺麗な外装でもある。


「10時……。そろそろだな」

 これが愛羅との約束時間。


『ごめん、10時に来てってアーシ言ったけどちょい待たせるかも』

『ゆっくりで大丈夫だから焦ってコケたりするなよ』

『そんなドジじゃないし! あんがと』


 これが光成高等学校に向かっている時に愛羅とやり取りした内容。

 少し遅れるらしいが、先に着いておくことに越したことはない。


 龍馬はワックスにコンタクトと遊びやバイトに行く時の服装。学園祭ということもあり普段以上に髪のセットと、ネットで調べながらの服選びに時間をかけた。

 Twitrerのフォロワー数が2500人もいる愛羅。この高校での人気も間違いなくだろう。


 愛羅との落差を少しでも埋めるように、ネックレスと腕時計も装着。カーキー色のフェスターコートで大人っぽさを前に出したファッションをした龍馬は、

「すみません、こちらに入場したいのですが……」

 少しの緊張を隠しながら正門前にいる男性職員に声をかける。


「招待券をお願いします」

「はい」

 愛羅からもらった招待券はすぐ取り出せるようにポケットの中。半分に折ったチケットを広げて龍馬は手渡す。


「ありがとうございます。こちらが控えになります。もしこちらをなくされますと再入場ができなくなりますのでご注意ください」

「分かりました」


 職員から控え部分を受け取った龍馬はようやく正門に足を踏み入れた。

 元カノの学園祭に一度だけ参加したことのある龍馬は参加二回目。それでも馴染みのない高校には違いない。


 ウキウキとした探検心のようなものがある。

 今すぐにでも模擬店や屋台を回りたい気持ちもあるが、行動に移すのは愛羅と合流してから。


 龍馬は愛羅との待ち合わせ場所である第一校舎の前で待機する。

 その少し先には学生が運営している模擬店があった。

 パン、焼きそば、豚汁、焼き鳥、フランクフルト。カフェメニューなら、ホットケーキ、フレンチトースト、ドーナツ、ホットサンドウィッチ。


 この寒い時期の学園祭だけあってやはり身体が温まる店が多い。

 カップルで学園祭を回る生徒もいるだろうが、今見ただけでこれほどあるのだから十分すぎるほどのラインナップ。きっと大満足なデートを楽しむことができるだろう。


(何から手を付けていこうか……)

 食欲をそそる模擬店のいい匂いが漂ってくる。朝食を軽くしか取っていない龍馬の狙いはもちろん食べ物。愛羅とどのようなルートで回ろうか考えていた——その矢先だった。


「あれれ、お兄さんぼっちなう?」

 背後から『なう=今』と、そんな声が飛ばされる。

「いや、なうってもう古いだろ」

 からかうような『お兄さん』のフレーズ。愛羅だと思った龍馬は普段通りの口調で振り返る……がしかし、そこにいたのは全く知らない女子生徒だった。


「ども!」

「は?」

 目があった瞬間に敬礼をされる。

 愛羅と同じくらいの身長だろうか。緋色の瞳、黒髪には金色の太いメッシュが一本入っている。


 左右の頰には黒のなでらかな三本線のペイント。アイラインがしっかりと引かれ、カチューシャは猫の三角耳。猫をイメージした化粧をしているが、服装はシワのない制服。

 背中にはギターケースを背負ったそんなツッコミ満載の相手。


「お前は誰だ……」

 もう丁寧な口調を使うどころじゃない。この疑問が一番大きい。


「ほー、いきなりタメ口やっちゃ? お兄さん距離縮めるのてげ早いっちゃね。顔だけに」

「て、てげ?」

「伝わらんと!?」

「いや、少し待ってくれ……」


 『顔だけに』なんて発言はこの女子生徒のイントネーションと方言で相殺される。

 龍馬はスマホを使って一番わからなかったワード、『てげ 意味』と検索をかけた。

 この女子生徒に直接意味を聞くことを避けた理由。失礼であるが嘘を言われそうだと龍馬は感じていた。


 その『てげ』の意味の検索結果、『とても、すごく』もしくは『適当』という意味だった。この言い回しを考えれば前者、「距離縮めるのすごく早いね」となる。


「……すまん。丁寧な口調は慣れてなくてな」

「だいじょぶだいじょぶ。お兄ちゃんはそれが一番似合っちょると……思う!」

「間が気になったけどとりあえず流すことにするよ」

 人違いをしていたなんて今更恥ずかしいこと。ここは適当に誤魔化すことにする。相手も砕けた口調を使っていることから、特には問題がないことでもある。


「それでそれでお兄さん、今一人なう?」

「もしかしなくても学園祭でナンパか……?」

「ううん、一人ぼっちやったけん声かけてみたとよ。学園祭だし楽しまなきゃだし!」

「そう言うことか……。まぁ、今は一人だな」

「じゃあ一緒に模擬店回らん? ステージまでまだ時間があるけん暇やとよね」

「斬新だな……。世間一般的にはそれをナンパって言うんだが」


 恋人代行を始める前の龍馬だったら、このナンパをされてただけで慌てふためいていただろう。

 こうも落ち着き払っていられるのは異性との関わりが増えたからである。


「お誘いはありがたいけど先約があるんだよ」

「じゃあ待ち合わせしてると? なうで?」

「あぁ、そう言うこと」

「どうしてもダメやと!?」

「悪いけど、俺にとってはそっちの方が大切だからな。正直、少しでも早く合流して学園祭を楽しみたいくらいだ」


 いくら誘われてもどんなに粘られても龍馬は折れることはない。

 龍馬にとって愛羅との先約は本当に大事なこと。

 お金をもらって契約を交わしているからではなく、一番距離が近いであろう愛羅と今日を楽しみたかったから。私情を挟むが優先順位が一番にあるからこそ、強固な芯になっている。


「じゃあもう諦めちゃる……」

「わざわざ声かけてくれてありがとうな」

「まっこちその通りよ!」

「え?」


 最後は方言バリバリでギターを背負った女子生徒は走り去っていった。


「な、なんだったんだか……今の」

 出鼻から少し大変な思いをした龍馬は、その後スマホを見て愛羅がやってくるまで時間を潰すことになる。


『悪いけど俺にとってはそっちの方が大切だからな。正直、少しでも早く合流して楽しみたいくらいだ』

 そんな龍馬の本心を学園祭用で丁寧な化粧をした愛羅に聞かれていたなど知る由もない……。



 ****



『第一お兄さん発見! 場所は第一校舎玄関前! カーキー色のコート着てた! てっげ高評価!』

『こっちも発見した〜! 場所は西側体育館入り口。金髪白パーカー! めっちゃイカツイ! タイプだけど怖くて声かけるの無理!』

『俺も見つけたぞ! ドーナツの模擬店に片目が隠れた赤い髪の美人お姉さん!』

『私はとりあえず第一校舎前のイケメン見に行くー!』


 ここは、即席で作られたイケメンビショ発見報告のL○NEグループ。総数41人。高校生らしいこのグループに龍馬はすぐ目をつけられていた。


 これが愛羅を嫉妬させる火種にもなってしまう。

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