第68話 二股の全容と花音と一輝
その頃、一輝の姉である
高台から夕焼けをバックにピースサインをしている花音と龍馬。どちらも幸せそうに恥ずかしそうにしているその写真は3年前のデートで撮ったもの。
「はぁ、りょー君だいすき……」
白タイツを穿いた細い脚をバタつかせる
そんな恋い焦がれている花音が居る場所は家族が一番に過ごすリビングでもある。
「……頼む姉貴。そんなことはリビングで言わないでくれ。反応に困るだろ。姉貴の部屋でしてくれよ」
「一人ぼっちで言うのは虚しくなる……」
「またその理由かよ」
空手を現役でしている
「姉貴、腹筋見えてるぞ」
「っ!?」
一輝の指摘にがばっと立ち上がる花音。運動をしているだけあって、花音のお腹は美しいくびれがあり、ほんのり割れてもいる。
へそ出しファッションを取り入れたのなら間違いなく視線を浴びることになるだろう。
「は、恥ずかしいんだからあまり見ないで……」
「服をめくれさせてる姉貴が悪いだろ。『あまり見ないで』ってのもおかしいし、普通は『見るな』だからな?」
「今ぽーってしてて頭が回らない……の。りょー君の写真見てるから」
「姉貴も飽きないよなぁ。毎日毎日」
「うん……。一輝も見る?」
小首を傾けた花音は瑠璃色の瞳を一輝に向けながらスマホを両手で持っている。
「もう何十回、何百回と見せられてるんだが俺……。あれだろ、夕焼けバックの写真だろ?」
「……そう」
「確かに写真映りは良いけど……別れたんなら消せよな。そんな写真を残してるから未練が残るんだろうし」
写真を消す消さないは個々の自由。しかし、花音の場合は進捗も無しに3年も龍馬のことを引きずっている。
早く未練を無くし、別の男に切り替え変えた方がいいと言うのが当たり前の意見でもある。
「思い出の写真だからやだ……。もしりょー君と仲直り出来たら、またこの写真撮りたいの……」
「仲直りって姉貴って楽観視し過ぎなんだよな……。龍馬さんに会ってもただ避けられるだろうし、なんならどのツラ下げてんだって怒られるぜ? あの優しい龍馬さんでも二股した元カノってしか印象ないだろうし」
「でも、あの理由を話したら……」
「罠にハメられたなんてのは信じてはもらえないって。言い訳だって捉えられるのがオチ。仮に話を聞いてもらったとしても、そうなんだ……で終わるだろもう」
一輝は大人の考えが出来るようになってきている年頃。龍馬でもこうなるだろうというのは男としても分かること。
花音は龍馬との復縁を狙っているが、第一、龍馬に彼女がいた場合には仲直りが出来るはずもない。
「一輝が冷たい……」
「姉貴の気持ちも分からないことはないけどさ、『女の意見を聞きたいから買い物付き合ってって言われてる』ってのは相談しないとダメだろ? 姉貴が龍馬さんの立場だったらどう思うよ」
「……」
「それさえしとけば、罠にハメてきたクソなクラスメイトが龍馬さんにあんなメール送らなかっただろうに」
「そう……だよね」
二股を誤解されるような行動を取った花音にも非はある。だが一番の悪者は、別れさせようと計画し、フリーになった花音と付き合おうとしたそのクラスメイトである。
クラスメイトは花音と一緒にいるところを盗撮。その写真を添えて彼氏であった龍馬にこんなメールを飛ばしていたのだから。
『ごめーん! 今お前の? かわいい彼女とデート中だわぁ(笑)もうオレの物だからー! 早く別れてなぁ?(失笑)彼女もそう言ってくれてるしー! バイトもやめていいからさ! 気まずいだろうし(笑)親切なオレがお前の空いた穴埋めてやっからよぉ?』
煽りに煽ったメールだった。
当時、花音は一輝の在学している高校に、龍馬はまた別の高校に通っていた。
同じ高校に通っていたわけではなく龍馬はとある飲食店のバイト先で、花音とそのクラスメイトに出会っていた。
その一件以降、龍馬はすぐに飲食店を辞めた。花音に『別れよう』と、そのメールを送った後にブロック。同じ高校に通っているわけでもなく、龍馬がバイトも辞めたために会える頻度は無くなった。
別れたと知った花音のクラスメイトは、そこからやりたい放題だった。
『元彼、カノンのこと嫌いなんだってよ』
『カノン可哀想。いきなり裏切られてよ』
『あんな彼氏信じられなくね? オレだったらそんなことゼッテェしねぇ』
そんな言葉に揺るがされ、花音は龍馬の通っている高校に顔を出すことはなかった……。いきなり別れを告げられた恐怖から、その理由を聞きに行くこともなかった。
もし、この三人が同じ高校に通っていたのなら顔を会わせる機会が取れていた。もっと別の道を辿っていたのは間違いないだろう。
そして、花音がそのメールに気付いたのは高校卒業してすぐのこと。
そのクラスメイトの女友達から、『あんのクズこんなことしてたんだけど、かのんに教える!』と情報が回ってきたのだ。
もっと早く気付けていたら、花音は龍馬が通っていた高校に足を運んでいただろう。怒られると分かっていても、殴られるとしても、全ては誤解を解くために。
「わたし……最低だ……あは……は」
花音は笑う。嬉しそうなんかにじゃない。口元を震わせながら泣き顔を隠すように。
「……困った人を見過ごせないってのは姉貴の良い性格だって。その善意に漬け込んだやつ、あのクラスメイトが一番悪いさ」
「ぐすっ、うぅ……」
「おいおい泣くなよ……」
こうも未練が残ってしまうのはこの真実を知ってしまったから。
たった一人の男のせいで、こんな別れ方になったから。
だが、そのクラスメイトは計画を全て成功させているわけではなかった。恋愛は人生と同じ甘いものではない。
『元彼のことが忘れられない。ごめんなさい』
ここまでしてクラスメイトは花音に振られたのだ。ただ、
龍馬と別れた後、花音は誰とも付き合ったりなどしていない。
それは
「ほら、これ学園祭の招待券。あげるから泣き止めって」
「ぐすっ、ありがとう……」
「もしあのクラスメイトがいたらぶっ飛ばせよ? 俺は龍馬さん似の男探してやるから」
「うん……」
龍馬側についている一輝だが、しっかりと花音のことも思いやっていた。
三年の月日を超え……元カレ、元カノ、この出会ってしまう日が刻々と近づいていた。
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