第67話 でびるちゃんの牽制と愛羅のツバつけ
「ほら、アーシもでびるちゃんさんフォローしてるけど返してもらってないし! なにそれめっちゃズルイんだけど」
愛羅はでびるちゃんをフォローしている画面を見せてくる。
でびるちゃんの名前の下に、『フォローされています』という文字はない。
つまり、愛羅だけがフォローし、でびるちゃんは愛羅のことをフォローしていないと言うこと。
Twitrerではよくあることでもある。
「ズルいとか言われても俺にもいろいろあるんだよ」
恋人の代行をしているからフォローをしてもらえている。なんてのは死んでも言えない。でびるちゃんに妙な風波を立てるわけにはいかないのだから。
一度信頼を失えば龍馬への依頼はなくなる。お金を稼ぐためにもここは黙っておく。
「初めてのフォロワーがでびるちゃんさんってもうヤバすぎでしょ……。え、りょーまセンパイってでびるちゃんさんとリアルで会ってるでしょ」
「いや、なんかフォローもらえたから返したんだ」
「明らかなウソじゃん! りょーまセンパイからするならまだしも、有名人から初期アカウントをフォローするはずないし! ツイートもしてないし、むちゃくちゃIDじゃ検索に引っかかるわけないでしょ」
「……」
愛羅の言い分に黙ってしまった理由。『確かに』と胸中で同意してしまったのだ。
ある程度Twitterをかじっている人物なら有名人からフォローされることが、特に初期アカウントをフォローする確率など天文学的な数字。
でびるちゃんは仕事用のアカウント。フォローをしている相手は同業者や漫画の出版社しかいない。その中にリアルアカウントである龍馬がフォローされているのは実におかしいこと。
何かしらの訳が存在しているのは隠しようもないのだ。
「もう会ってるってことは分かってるからさ、どんな関係だか教えて」
「……友達だよ、友達。仲良くさせてもらってるんだ」
誤魔化しが効かない状況だからこそ言えるところは言う、この考えにシフトチェンジした龍馬。何も教えてもらえないから……なんて愛羅の追撃は悪化を防げる。
「りょーまセンパイって、絶対でびるちゃんさんのこと狙ってるでしょ」
「……それはどうだろうな」
ここで否定をし、恋人代行しているところを愛羅に見られたのなら必ずズレが生じる。
龍馬は姫乃のことを考慮しつつ冷静に対処していた。
「濁すなし。ちっちゃめの可愛いオンナの子がりょーまセンパイのタイプだとか初めて知ったし」
「……ん? 愛羅はでびるちゃんのこと知ってるのか?」
今の愛羅の口ぶりはでびるちゃんのことを知っているようであった。
「今年のコミケに参加した時に一番最初に会いに行ったから。アーシが好きな漫画家さんだから言うけど、でびるちゃんさんの人気ホントスゴイんだよ? 自分の作品はすぐ完売だし、完売後はゴスロリ衣装着て別のサークルの売り子としてもやってたりだし」
「めっちゃ働くんだな……」
ゴスロリ衣装を周りに見せたいのだろう姫乃だが、かなりタフな体を持っていることには違いない。
「でびるちゃんさんが売り子になったトコは売り上げ二倍になるとか言われてる」
「まぁ、男性客ホイホイではあるだろうな……」
ああ言った系統が好きな男性は一定数いる。
特に、でびるちゃんおよび姫乃は見た目が幼げで可愛い顔をしている。そんな姫乃が売り子をしたら当然の結果が出るだろう。
「でびるちゃんさんは写真撮影NGだから、ネットに写真が出回らないけどコミケに参加した人とか、そっちの業界じゃ『ちっちゃ天でびる』って言われてるくらいに可愛いって有名なんだし。Twitrerで検索すれば『ヤバ可愛い』とかめっちゃ出てくるよ?」
「お、おう……。それよりも気になったのが『ちっちゃ天でびる』なんだけど……。なんだそのエビ天うどんみたいな名前……」
「ちっちゃな天使悪魔だけど……ってのも知らないのにフォローされてるのがマジウザい!」
でびるちゃんのファンからすれば、フォローをされるだけで昇天しそうなほど嬉しくなるもの。どんなに気持ちを偽っても羨ましい他ないのだ。
「それに関しては申し訳なく思わないこともないけど、ちっちゃな天使悪魔? もうごっちゃごちゃになってないかそれ」
「でびるちゃんの隣になったサークルから見たら、でびるちゃんは悪魔的存在。売り子に回ったらちっちゃな天使的存在、だから全部合わせてちっちゃな天使悪魔、そこからちっちゃ天でびるってわけ」
「なるほど……な」
有名人は集客力の塊だ。そんな強敵が隣で漫画を売っていたら悪魔にも映るだろう。
名前だけ聞いたのなら『天使悪魔』のワードに疑問を覚えるが、名付け理由を聞けばスッと胸に落ちる。
「そんな有名人にフォローされてるとか、りょーまセンパイってやっぱモテるんじゃん……」
「有名人からフォローもらってるのとモテるのは関係ないだろ……。愛羅くらいのフォローとフォロワーの数が違ければそうなんだろうけど、俺のよーく見てみろ。2だぞ?」
「見せなくて良いって。出来たてじゃないけど、ホヤホヤアカウントは」
弁解をするために龍馬は愛羅にプロフィール画面を見せた瞬間——ありえないタイミングでそれは起こった。
下側から青い吹き出しに囲まれた文字、『でびるちゃんからメッセージが届いています』との通知が飛んできたのだ。。その通知で龍馬のダイレクトメッセージ、DMのマークが①になる。
「は?」
愛羅は龍馬の手首を力一杯掴み、なんで? と言いたげに顔を見上げてくる。やましいメールがバレたかのような感覚に襲われる龍馬。
「噂をすればでびるちゃんからDMとかやばいでしょ……。ね、見せて」
「プライベートなんだから見せられるか」
手首を返し愛羅の手を解いた龍馬は体を半回転させ、画面を見られないようにDMを確認する。
『昨日はありがとう。またお家に遊びにきて。ケーキ美味しかった。また食べる』
簡素な文。それでも十分に仲の良さを匂わせる。
『俺の方こそ。了解、また近々』
愛羅が隣にいる状況。龍馬は手短にメールを打ちスマホをポケットに入れて向かい合う。
……そこに居た愛羅は珍しく頰を膨らませていた。
「む、無理やり覗かなかったんだな……愛羅」
「プライベートなんだし許可無しに覗いちゃダメっしょ。メール見たかったけど見られたくない気持ちも分かるし……。秘密とかあるでしょ誰にでも」
「はぁ……、本当高校生らしくないよな愛羅は」
自制出来て偉いとの気持ちを込めて、風船のようになった柔らかいほっぺを二回ほど突く龍馬。
「ほっぺた突くなし。……ってかさ、アーシふつーに高校生らしいけど」
「そ、そんなこと思わないけど俺は」
「りょーまセンパイのことだから、どーせアーシがめっちゃモヤモヤしてるコトなんて気づいてないでしょ」
今度の愛羅は口を尖らせる。拗ねているのは見ての通り。
「流石は漫画家さんだなってアーシ思った。でびるちゃんがなんでりょーまセンパイを仕事アカウント
「それは仲が良いからだろ?」
「違うし。……牽制と唾付けに決まってんじゃん」
「は?」
「……名前の通りめっちゃ
今まで『でびるちゃんさん』と言っていた愛羅だが、今では『でびるちゃん』となる。
牽制と唾付け。確信のあるかのように言っているがこれは全て女の勘。
愛羅の輝く翡翠の双眼には確かな敵意が溢れているも、その真相は本人しか知り得ない。
「もうグズグズしてらんないじゃん……。りょーまセンパイ、来週の土曜日空いてる? ヤ、絶対空けて」
「まぁ、バイトも大学もないし今のところ空いてるけど……」
「じゃあその日だけ空けといて。アーシのガッコで学園祭あるから」
「そ、そこを一緒に回ろう……と?」
「そうに決まってんじゃん。はいこれ招待券。当日正門にある受付で渡せば中入れるから」
元より今日渡すつもりだった愛羅は、ポケットの中から半分に折った招待券を龍馬の懐に移し変える。
「無くしたらコロスから」
「物騒なこと言わなくでくれよ……」
「じゃ、早く帰ろ。ちょっとよーじ思い出したし」
「ちょ、うおっ!」
唐突であった。愛羅は傘を持っている龍馬の腕にギュッと抱きついてきたのだ。
「別に前にもしたんだから照れなくても良いっしょ。これで距離縮まってお互い濡れないしさ」
「そ、それは良いんだけど……愛羅のが、その……当たってるんだが……」
龍馬はどこかマズそうに顔を背ける。今、愛羅のぽよんとした二つの丘に腕が巻き込まれているのだ。
「わ、わざと当ててんの……。アーシも牽制とかツバつけとかないとだしさ……」
「さっきからそれなんだよ」
「……マ、りょーまセンパイは渡さないってコト」
ペロリと赤い舌を出して唇を舐める愛羅は、どこか楽しそうに、恥ずかしそうに、そして焦っていた。
独占欲が強い。それは愛羅だって一緒。
龍馬は愛羅のお兄ちゃん。寂しさを紛らわせてくれる唯一の人物なのだから。
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