第10話 有名人、ロリリン

「へぇ、空いてる曜日を聞かれたならデート成功だろ。それに3時間で1万円って破格すぎじゃねぇか。良かったな!」

 その翌日の朝、龍馬は恋人代行の件を雪也ゆきやに話していた。というより強制的に言わされていた。


『紹介したんだから少しくらい良いだろ?』なんて感じで。

 実際にはその通り。そのおかげで1万円を稼げた龍馬側からすれば受け身の立場に回る他ない。


「んで、相手はどんな感じだったんだ?」

「一つ年下の学生さんだったよ」

「そうじゃなくて可愛い系か美人系かを聞いてんだ。男としてはそっちが気になる」

「あぁ……可愛い系だと思う。着てた服もゴスロリって言うファッションをしてて似合ってたし」

 あんな服装を間近で見たのは今まで初めてのこと。細部にまでこだわった造りをしていたあの服。オーダーメイドで作っているのだろうか、姫乃のファッションは今でも脳裏に焼き付いている。


「ほう?」

「それも彼氏がいない方が不思議ってくらいに顔整っててさ、正直、デート中は緊張してたよ」

「チッ、役得かよ。それで金もらえてデートまでできるとか羨ましいかよ」

「雪也の彼女がその言葉聞いたら怒るよ」

「ま、まぁー冗談だがな? 冗談。ははは。……秘密にしろよ」

 ベシベシ龍馬の肩を叩く雪也は口元を引きつらせたまま空笑いをする。そして、真顔の本気マジトーンで口添えをした。

 彼女を怒らせると怖い。その事実は目の前にいる人物雪也から直接聞いているわけである。


 それでいてしっかりと保険をかけているのか、龍馬は雪也の彼女を知らなければ本名すら知らない。

 知っているのは一つ。名前に『風』が付いていることだけ。これだけでサーチするのは不可能である。


「そ、それで性格はどうだったんだよ。その可愛い依頼者さんのよ」

 あからさまな話題変換だが、これ以上雪也の彼女の件にツッコミを入れても話は進まない。龍馬は素直に乗ることにした。


「ちょっと無口だったけど接しやすかったかな。話も少しは弾んだ方だと思うから」

「やっぱり、依頼者ってのは集合場所に行って初めてわかるもんなのか?」

「まぁ……代行会社からは依頼者さんの特徴しか教えられなかったからさ」

「へぇ……。でも実際、恋人代行とか利用する人いんだな。会社に名前登録して1週間後ぐらいで仕事回ってきたわけだろ」

「そうだけど……ただタイミングが良かっただけだと思うよ? 依頼者側に立って考えてみると代行金はやっぱり高額だし、気軽にはできないだろうから」


 3時間の代行をしたとしても、会社の仲介料を含めて17,500円。

 そして、代行中の費用は全て依頼者持ちになる。時間の使い方によっては簡単に3万円を超えることもあるだろう。

 バイトなどの稼ぎがなければ頼めることではない。


「まー、楽しめたか? 初めての代行バイトは」

「楽しかったことは楽しかったんだけど慣れない仕事だから疲れたよ……。お金を稼ぐのって本当に大変だって改めて実感したぐらいで」

「そりゃあ初対面のデートって状況だもんな。楽して金が手に入る仕事がありゃ良いんだが」

「確かに」

 なんて、労働をしている誰もが共感する話題で盛り上がる龍馬と雪也。楽してお金が手に入る。そんなものは宝くじのような運に任せたものがほとんどだろう。


「ってか、話を聞いて思ったんだが——」

「ん?」

「その依頼者ってロリリン、、、、に似てんのな。一つ年下、可愛い系、無口、ゴスロリファッションって。あとは表情筋死んでたらドッペルゲンガーレベルだ」

「え? ろり、りん……?」

「ロリリンだよロリリン。1年にいるだろ」

「いや、全く分からない……」


 断言されても分からないものは分からない。

 それよりも、『ロリリン』だなんて変なあだ名だと龍馬は思っていた。もしかしたらいじめられてそんなあだ名がつけられているんじゃないか……なんて心配してしまう。


「一応、この大学の有名人だぜ?」

「それはその……ロリってことで?」

 ロリから取ったロリリンだと誰もが想像できる。有名人=人気があるということでいじめられているんじゃないか……なんて心配要素も霧散する。


「その通り。今度見に行ってみろよ。もし仲良くなれたりしたらその依頼者の参考になんじゃね? マジで特徴似てるし」

「一理あるかもだけどやめとくよ。見に行ったところでその人と仲良くなれるほどの自信はないから」

 可愛い女性や綺麗な女性を見ると目の保養になる。それを理解しているが覗きにいく時間を使うほど龍馬には興味がないのだ。


「冷めてんのなぁ。この年になれば可愛い女がいるって情報聞いただけで直行ダッシュしてもおかしくねぇのに」

「客観的に見て、直行ダッシュする方がおかしい人だと思う」

「男として正しい行動をするなら直行ダッシュだろ」

「……まぁ」

 思春期真っ盛りの中学や高校時、そんな男子が高割合を占めていた。雪也の言っていることはあながち間違ってはいない。


「でもさ、もしそのロリリンって人が昨日の依頼人だったらって想像すると冷や汗が止まらないよ。昨日は恋人のように接して、次は他人のように接するわけで……。絶対気まずいだろうし、いや……普通にヤバい」

「ははっ、同じ大学の先輩後輩が恋人代行の〜なんて偶然あるはずねぇよ。どんな確率だよ」

「そ、そうだよな……」


 この恋人代行のバイトをしていることは、姉であるカヤにすら言えていないのだ。雪也のようにこのバイトを紹介してもらった相手ならまだしも、この大学の在学生にバレると変な噂が立つ恐れがある。


 龍馬も、依頼者の姫乃も。

 また依頼者と代行者が同じ大学に通っているなんてことになれば――厄介ごとが必ず発生する。

 それも、人生の中で上位に君臨するほどの……だ。

 昨日は依頼者姫乃の友達に見られている。なんの違和感も与えずに潜り抜けることはそう簡単にできることではない。


「まー、安心していい」

「あ、安心って?」

 雪也の言葉通り、龍馬の不安は杞憂に変わる。


「そのロリリンは彼氏とか言うもんに興味がねぇんだよ。恋人の代行を頼むなんてのは絶対ない」

「な、なんだよそのオチ……」

 不安の解消で、気を張っていた肩を緩ませる。

 ほっと安心しきった息を吐く龍馬だが……そのロリリンとこの大学でバッタリ会ってしまうなど知る由もない。





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