第17話 大学での出会い
「はぁ……流石はひめのだ。情報を全く公開してくれないしぃ。もう2、3日経つのに……」
「秘密主義ここにあり! って感じだねー。あたしがアミ達と同じ学科ならいっぱい話ができるから姫乃っちの頑なさを突破できるとは思うけど!」
とある大学の昼休憩。
経済学科を学ぶ亜美と流通学科を学ぶ風子はテラスでお弁当を広げていた。
少し肌寒い風に暖かな太陽の光。今日の昼間はちょうど良い気温だった。
その話題の中心人物である姫乃は昼休憩に入った瞬間、幽霊のように消えていた。
昼休憩になれば別学科の風子も合流することになる。姫乃は2人からの追求を避けるためにどこかにこっそりと避難したのである。
「ふーこの尋問から逃れられる人はいないもんねぇ」
「あたしのカレシも
「え、嘘でしょ……」
流石にそれはヤバイでしょ……と顔を
「まぁ本当の偶然だったわけだけど……」
「ちょ、なにそれ……。心配して損したんだけど」
「
「全く意味分からないし……。ってか、男好きなふーこが彼氏に尋問できる立場かねぇーと思うわけですよ、ウチは」
「尻に敷く女ってのはこうらしいよ。もちろん二股とかはしない」
「はぁ……。それでもふーこの彼氏さんが可哀想ー。将来鬼嫁じゃん。ひめのを見習ったら? ひめのは尽くすタイプだろうし」
母親から作ってもらったお弁当をパクパク食べ進めながら会話を膨らます亜美。お互いにおしゃべり好きなこともあり会話が止まることは滅多にない。
「あたしも尽くす方だよ? ただちょっと特殊ってなだけで」
「その特殊がダメなんだって……」
「でもでも、特殊にならないとやっていけないわけですよ。あたしのカレシはモテる方だからさ。あたし自身もモテさせて危機感を与えさせてやろうーって」
「出たよふーこの惚気が。いきなり」
「でも実際そうでしょ! 2年の雪也先輩って聞かない!?」
「……正直、聞く」
「ほら! でもまぁ、姫乃っちのカレシには絶対勝てないけどさー」
「そこで奈落落としは酷いなぁ……」
風子が出した言葉を利用する亜美。適応能力は抜群である。
「龍馬君ってさ、どこの大学通ってるんだろ。社会人じゃないと思うし……」
「ここの大学じゃないのは間違いないねぇ。在学してたらふーこの彼氏みたく噂されてるだろうし」
「だよねー」
「あのさぁ、逆のことも考えられない?」
ここで逆の手を打つように亜美は一つの可能性を提示する。
「彼氏のりょうまさんが、付き合ってること秘密にしろって命令してる的な。ひめのって秘密主義だから約束とかちゃんと守るでしょ?」
「ッ! それしかない! 情報をバラさないように姫乃っちに命令する理由……。もうすでに龍馬君は別の女と二股をして——」
「ふーこ、それもう耳にタコができるくらい聞いた。どうしてそこまで疑うのよ……。何度も言うけど、ひめのにもりょうまさんにも失礼だって」
「だってぇ……。日を追うごとに悔しくなってるんだもん! どうしてあの押しに付いてこれたわけ? 初対面で普通引くでしょあれは! どんなことすればあんな対応ができるんだぁー……」
あの時、少しでも優位に立っておちょくってやろうと目論見を立てていた風子だが、今冷静になってわかることがある。
「あたしが逆にクソほどおちょくられてたよね!? 『そういう子嫌いじゃないよ』とかさ! 次には『姫乃のこと大好きだよ』とかなんなのあの高等技術……ッ! 姫乃っちも絶対、『あぁ、またシバは上手く躱してるぅ。風子はバカだねぇー。それにすら気づいてないじゃーん。ぷひひ』とか思ってたって! あーもう悔しいッ!」
風子の中であの出来事は完全敗北と言っても過言ではなかったのだ。
「ちょ、そのセリフやめてよ。姫乃のキャラが崩れるから。ってなにその『ぷひひ』って笑い声。人間じゃないって……」
「これでもあたし年上にはモテる方なのに! あんなおちょくり初めて受けたんだけど!」
お金のために演技をしていた龍馬に何日も狂わされている風子。姫乃のキャラを崩してしまうほどに無念な思いをしていたのだ。
「今日はよく喋るねぇ。絶好調じゃん」
「絶・不・調! モヤモヤァッ!!」
そこに溜まる鬱憤を吐き出す風子。今の声はアニメに入っていてもおかしくないほどに力があった。
「もーそんな大声出したらお弁当にツバ飛ぶって」
「アミにとってご褒美でしょ!?」
「なわけあるかっ!」
芸能人並みの高速のやり取り。平常通りの風子と亜美なのであった。
****
昼休憩終了まで残り5分弱。
お弁当を食べ終えた亜美と風子は大学のテラスを抜けて廊下を歩いていた。
「はー! スッキリスッキリ!」
「ふーこはそうだろうけど、ウチは逆なんだよねぇ……」
あの後も不満を爆発させた風子。ずっと受け身に回っていた亜美は心身的負担が溜まっていた。
「ごめんってー! 今度悩み相談乗るからさ!」
「それよりもウチは彼氏がほしいっ! はぁ……りょうまさんの男友達紹介してくれないかなぁー。ひめのにコレ言ったらどうにかしてくれないかな」
「それ反則でしょ……。って、やめてた方がいいって。龍馬君の友達なら、龍馬君と同等のやつ出てくる可能性あるじゃん」
「それでよくない?」
「違う違う! そうなれば絶対やられっぱなしの恋愛になるって。ソースはあたし」
「……そうだけど、そんな恋愛も面白いと思うんだよねぇ……って、こんなのは贅沢か!」
「贅沢だっ!」
当たり前! というようにベチッと亜美のおしりを叩いた最中だった。——突と目を見開く風子。
普段よりも大きな声を出して片手を手をあげた。
「あー!
「おぉ! りょうまさんこの前ぶりですー!」
「お、二人とも。よく俺だって分かったね」
風子に続き、亜美と龍馬が『お!』と片手をあげ、当たり前に廊下で止まる三人。
「龍馬君今日はワックスつけてないんですかー? しかもメガネかけてるし! イオンで会った時とめっちゃキャラ違う!!」
「別人みたい……。凄い……」
「毎日となるとめんどくさくてね……。遊びに行く時だけつけるようにしてて」
「あー、なるほど! でもメガネ取ってワックスつけてた方がイケてますよ? 失礼だけど今のままじゃ清潔感があまりないです! あのイヨンの時はバチバチにありましたから! ね、アミ?」
「うん。絶対普段からつけてた方がいいと思います。それか髪を切ってみるとか!」
「あはは、そう言われると悪い気はしないね。考えておくよ」
次の講義まで残り5分ほど。手短な会話をする三人。
早めに講義の教室に行かないと……というのは学生の皆が無意識に体に刷り込まれていることである。
「それじゃ、講義があるから俺は行くね。二人とも頑張って」
「龍馬君もー!」
「がんばりますー!」
——知り合い同士の会話。
——自然に、ナチュラルに。
——そのまま背を向ける龍馬と二人。
そうして廊下を数歩進んだところで……、
「え?」
「あ?」
「へ?」
上から順に、龍馬、亜美、風子。
三者三様の声が同じタイミングで発される。何かがおかしいと再び足を止めてゆっくりと振り返る三人。……絡み合う視線。
『……』
2、3秒の間が空き——皆、大きな口が開かれた。
「なっ、な、なぁぁあああ!!!!」
「ぇぇぇええええええええ!!!!」
「なんでぇぇぇぇええええ!!!!」
『なんでここにいる!?』
なんて言うまでもないリアクション。
互いの大学を知ってしまう偶然の出会い。
龍馬にとって、姫乃にとって、厄介ごとを生む最悪の出会いであった。
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