第16話 愛羅の翌日と龍馬のマフラー

 翌日の金曜日。気温は8度。体全身が冷える寒さ。

 高校に向かう生徒は手のひらに息を吹き込んだり、両手で肩をさすったりして暖を取ろうとしている。

 そんな中、愛羅は違った。

 寒気なんて忘れるほどのご機嫌さで学校までの道のりを歩いていた。

 

 そのご機嫌な理由——愛羅の首には巻かれているものがある。

 それは昨日、龍馬が忘れていったBurberryバーバリーのマフラー。


(いいねコレ。めっちゃいい……)

 顔の下半分をマフラーで覆いちょっとニヤける。暖かくてまだいい匂いが残っている。これがあるだけで寂しさなんて吹っ飛ぶ気持ちだった。


 高校についても愛羅はマフラーを巻いたまま教室に入る。


「おはー」

「おはよーう」

 愛羅の高校登校時間は朝課外の30分前。教室の席はまだガラガラ。数人のクラスメイトはいつも通りのメンバー。みんな挨拶を返してくれる。


「おー愛羅」

「ちょ、どしたのその声……めっちゃガラガラじゃん。ウケるんだけど」

 教室の個人ロッカーの中に荷物を入れながら声をかけてきたのは陽キャグループの1人、一輝だった。

 残りグループの翔二と三郎はまだ来ていない……というよりも、一輝は愛羅に惚れている。

 少しでも愛羅と会話できるように、毎日スマホのアラームを早めに設定して学校に登校しているのだ。


「昨日カラオケ行っただろ? それで歌いすぎたんだ」

「バカじゃん……。のど飴ちゃんと買いなよ? けっこー酷いからその声。お金なければ出すよ?」

「大丈夫。ありがとな……」

 細く整った眉をハの字気味に変えて心配の表情を浮かべる愛羅。

 ギャルの容姿をしつつも中身はみんなとは変わらない。むしろ寂しい立場に居続けていたからこそ、超がつくほどの思いやりがあるのだ。


「でもさ、めっちゃ歌ったってコトはスッキリしたっしょ?」

「あ、あぁ……」

「なら良かったじゃん。喉潰した甲斐があるって」

「……」


 愛羅がモテている。

 愛羅に彼氏の影がある。

 愛羅にカラオケを断られた。

 失恋気味。


 この複数の理由から一輝が爆歌いしたことなど、笑みを見せる愛羅本人は知る由もない。


「って、さっきから思ってたけど……愛羅そのマフラーしてたっけ?」

 愛羅の首元に指を差す一輝。

「あ、気づいた? いいっしょこれ。めっちゃあったかいの」

「それ、どうしたんだ……?」

 一輝の顔に影が差す。

 男関係……なんて嫌な予感ビンビンの一輝は声のトーンが自然と落ちているが、ガラガラのために違和感はない。


「自分で買った……とか?」

「違う違う。貸してもらってるだけ……ど、今度ちょーだいっておねだりするつもり。これないとアーシにとって不便になってさ。お守り的な」

 巻いているマフラー両手でぎゅっと握って優しい目をさせる愛羅。その行動は『もう誰にも渡さないぞ』というような感じ。


「……」

 そんな愛羅を直視する一輝は呆然としていた。


(は? クソ幸せそうにしてるんだが……。え、なにあの表情。今まで見たことないんだけど……。誰にマフラー貸してもらったらそうなるんだ? 女? いや、女なわけないよ……な? じゃあ、男……? 男ッ!?)


 そう悟った瞬間に力が一瞬で抜けてしまう。四つん這いに崩れ落ちそうな体をなんとか制御する。


「へ、へぇ……」

 そう反応をするのが精一杯。いや、この反応ができたのは男だと確定したわけではないからである。


「もうさ、コレ外さないで授業受けてみよっかな。怒られそーだけど」

「……そ、そんなに外したくないのか?」

「めっちゃ乙女的なコトいうけど、大切な人のモノってやっぱ離したくないじゃん?」

「——グハァッ!」

 途端、一輝は心臓を抑え蛙が踏み潰されたような声を吐く。

『大切な人のモノ』このワードは一輝の心を一番にエグったのだ。


「ぐは?」

「……い、いや……なんでもない」

「あ、スカートの上に置いとけばセンセにも何も言われないっか。膝かけって言えばどうにかなりそーだし」

「そ、それがいいと思うぞ……」

 何事もないように装う一輝だが冷や汗がダラダラと流れている。精神的ダメージを与えるのには十分な一言だったのだ。


「あ、そうだ。このマフラー嗅いでみる? めっちゃいい匂いがするって!」

「だ、大丈夫だ……」

 愛羅のマフラーなら一輝は嗅いでいただろうが、これは“愛羅の大切な人のモノ”のなのだ。なかなかに複雑な心境。嗅ぐという気にはなれなかった。


「もったいないのー。んーっ」

 大好きな相手の匂いを嗅いでいるように甘い声を漏らしている愛羅は表情筋が緩みきっていた。こんな光景は今まで誰も見たことがない。このマフラーの気に入りようがぷんぷんと出ている。


「な、なぁ愛羅……。き、昨日俺たちとのカラオケ断っただろ? そ、その用事って一体なんだったんだ?」

 引きつった顔で探りを入れる一輝はまだ諦めてはいないのだ。

 愛羅の言う“大切な人”が同性の女である可能性を。もしそうならば一輝は救われるのだ。


「そんなに気になってんの?」

「そ、そりゃあ……。俺、愛羅とカラオケ行きたかったわけだし……」

 もじもじと視線を逸らしながら言う一輝。


「ん? 一輝はアーシのこと好きなん?」

「そ、そそそそんなわけないだろ! 友達としてだよ!」

「そんな取り乱さなくてもいいっしょ。って、今のは一輝が悪いかんね? なんかそんな雰囲気出してきてたし」

 

 愛羅は告白をされた経験もナンパをされた経験もある。そして、人を見る目を持っている。鈍感なんて部類には入らない。


「そ、それは愛羅の勘違いだって」

「あちゃ、自意識過剰出したやつ? ごめごめ」

「べ、別に俺は気にしないからいいけど……。そ、それで用事ってのはなんなんだ……?」

「んー。……簡単に説明すればアーシを守ってくれるヒーローに会いに行って、ちょっとした約束した感じ」


 頭の回転の早い愛羅は濁した言い方で一輝に伝える。これはこれで間違っていない。


 そのヒーローにお金を出してお兄ちゃん役をしてもらう。

 法を犯しているわけではないが、言いふらしていいことじゃないのは愛羅自身が一番わかっている。

 こんな関係は特殊。第三者からのトラブルは絶対に起こしてはいけない。もしいざこざが発生すれば契約破棄の可能性だってある。


 先のことをしっかりと見据えているからこそ愛羅は秘密にするのだ。


「ヒ、ヒーロー……?」

「そ。アーシのことを一番にわかってて、アーシのことをなんだかんだ甘やかしてくれる。……もう、(お兄ちゃんとして)大好きな人って言った方が正しいのかもしんない。ヤバ、照れるし……」

 あはは、と面映ゆい表情の愛羅。その一方で、

「そうか……。そうなんだな……」


 一輝は唇を噛み締めて暗い表情をさせた。

 大切な人が同性の女である可能性が霧散した、大切な人が男だと確信した瞬間だったのだ。


「……あんがとね、一輝。その気持ちは嬉しーからさ」

「え?」

 なんの前触れもなく一輝との距離を縮め、そんな言葉を言いながら肩にぽんと手を置く愛羅。


『アーシ、こう見えてめっちゃ鋭いから』

 そう前置きしてニンマリと口角を上げて暴露する。

「一輝の想いってやつ? アーシにはバレバレだかんね、バーカ」

「なぁっ!? な……なァァァアアアアアッッ!!!!!!」

 瞬時、一輝の絶叫がこの教室を震わせた。だがしかしそれは仕方がないこと……。好意と言う名の想いが本人にバレていたのだから。



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