第18話 姫乃の大胆な告白

「……」

 姫乃は感じていた。

 隣からの重圧。何かを訴えたくてたまらない、そんなギロギロとした亜美、、の熱視線を。

 講義中だからであろう、喋りかけてはこないが休憩時間に入ったのなら何かを言われる……姫乃はそう確信していた。


(こわい……)

 何か言われる。その何かがわからないからこそ怖いのだ。

 シャープペンシルを握り、ホワイトボードに書かれている講義内容を模写する。まるっこくて小さめの字。だが……波線で書いたような文字になってしまっている。


 指先が震えているのだ。


 姫乃はゆっくりと深く息を吸い——ちらっと隣の亜美に視線を送る。


「えへぇ」

「……っ!?」

 亜美本人だとは思えない重低声。巨人が人間を見つけた時に見せる恐怖の微笑み。

 姫乃はものすごい勢いで顔を下に向けた。


(逃げなきゃ……。お昼休憩と同じように……)

 亜美を見た瞬間、Lv,5の最大避難警報が身体中から鳴る。

 

 講義が終わるまで残り10分。


 この時間……姫乃が模写する文字は全部、ちぢれたような文字だった。



 ****



「ひめのぉー。いきなり逃げようとするだなんてちょっと酷くなぁい?」

「……用事、あるだけ」

 姫乃は逃げられなかった。

 逃亡しようした瞬間、その行動を予期していたかのように亜美に腕を掴まれたのだ。


 姫乃は小柄。なおかつ運動経験は小中高で行われる体育だけ。それに加えて現在進行形のインドア派。

 当然ながら一般女性よりも筋肉が少なく、ぷにぷにしている。


 その一方で体の動かすことが大好きな亜美は程よい肉つきをしている。身長差だってあり、身体的な能力だって違うのだ。

 一度腕を掴まれたのなら振り払うことができない。それは姫乃本人が一番にわかっていること。


 今の姫乃を例えるならば、網の中に入ってしまった魚。ゴキちゃんほいほいにかかってしまったゴキちゃん。


 ……つまり、逃げ出すことは不可能だということ。


「……」

 亜美に腕を掴まれた状態の姫乃は、無言で、何も抵抗もせず今さっき座っていた席に腰を下ろした。


「ひめの」

「……はい」

 怒られているわけではないが完全に萎縮している姫乃。少しだけ瞳を潤ませている。

 そんな状態を気にすることもせずに亜美は、

「ひめのってば……、あんた……あんた……」

 姫乃を睨むように、睨むようにして——

「ズルいよぉぉおおおおお!」

 物凄い剣幕で大声をあげた。


「……え?」

 その一方であんぐりとした姫乃。いや、いきなりこんなこと言われて状況が飲み込める人はいない。姫乃の反応は皆がすることだろう。


「チートじゃん。発見チート能力、、、、、、、じゃん!! ワックスつけてメガネ取っただけであそこまで激変する!? 髪下ろしてたから最初りょうまさんだって全然分からなかったんだけど! って、隠れカッコいい人を見つける能力あるならウチにも教えてよ!」

「話が見えない……よ」

 この話を聞いて全てを理解できるのは喋っている本人だけ。


「大学じゃ隠を使って外じゃ陽を使う。モテすぎずモテなさすぎずを気遣ってるって一番良いタイプの彼氏じゃんっ! なんでひめのはそんな上玉捕まえてるわけ!?」

「……シバの、こと?」

『彼氏』のワードを聞いて、なんとかそう汲み取った姫乃だが話の9割はまだ理解できていない。


「シバのこと? じゃなくってそうだよ! まさかの同じ大学だったなんて……同じ場所からお家まで一緒に帰れるって本当羨ましいよぉ……。ウチも彼氏ほしいよぉ……」

「同じ……?」

「ひめの、もうとぼけなくていいよ……。ウチとふーこ、さっきりょうまさんと廊下で会ったんだから、、、、、、、、、、

「……え」

 姫乃にとってこれはとぼけているわけでもなんでもない。素の反応である。姫乃ん耳には確かに聞こえたのだ。

『廊下で会った』との亜美の声を。


「え? じゃなくて! もうとぼけなくていいってぇ! りょうまさんどこの大学に通ってるんだろうって話してたら、まさか同じ大学って答えが本人から返ってくるとは……。なんだろこの興奮と共にある複雑な気持ちは……」

「……」

 がくんと肩を落としている亜美を見ながら、姫乃は無表情のまま頭の中で話の整理していた。


(廊下でシバとすれ違った……? 大学……。姫乃と一緒……?)


 途端に姫乃の胸はざわついた。

 話の整理し、一つの結論しか結びたったのだから。


「会ったなんて……うそ」

「ひめの相手に嘘ついても意味ないでしょー」

「冗談は……いい」

「本当だって! 本当に会って喋りもしたから! っていつまでとぼけるの!? もう証拠あるし! いや、出せないけど間違いなくいたから!!」

「……な、なんで……」

 頭の中じゃもう答えが出ている。亜美の大童な様子を見るだけでもわかっている。


 しかし、姫乃は受け止めたくなかったのだ。恋人代行サービスの代行者と依頼者が同じ大学に通っている……なんて現実を。

 厄介な問題が降りかかってくるのは……予想するまでもないのだから。


「ってかさ、ひめのが驚いてる理由がさっぱりなんだけど! どういうこと!?」

「……っ!!」

 デットヒートした亜美は、驚嘆な反応をした姫乃に訝しの表情を見せていた。

 それはそうだ。姫乃は彼氏であるはずの龍馬が同じ大学にいると知らない風な態度を取ってしまったのだから。


 鈍い相手だったとしても、こればかりはやり過ごすのは不可能だろう。


「……」

 危機感が募る姫乃……。

『彼氏がいらない』と見栄を張ってしまった以上、姫乃にとって絶対にバレるわけにはいかないのだ。この恋人代行という関係を……。


 姫乃が今やることはただ一つだけ。いや、やる道はこれしかなかったのだ。


「シバは……姫乃の……だから」

「へ!?」

 あの時と同様、“彼女のフリ”をすること。

 黙秘を貫いていた姫乃が殻を破る刻、だった。


『ひめのが驚いてる理由がさっぱりなんだけど! どういうこと!?』に対する話の繋がりを気にする余裕はこれっぽっちもない。

 この手の話題に関して姫乃は超絶の不器用である。勢いで乗り切るしか方法はない。自身でもわかっていることだった。


「いや、ウチが言いたいのは——」

「誰にも、渡さない……から」

「いやいや、渡すって言ったら逆に困るって!?」

「シバは姫乃のこと……好き……だよ」


「いやいや、知ってるって!」

「姫乃も……好き……だから」

「それも知ってるからね!?」

「姫乃とシバは……ちゃんと……付き合ってるんだから……」

「う、うん……?」


 ここで妙なスイッチが入っていることに、亜美は気づく。

 みるみるうちに顔を真っ赤にしている姫乃は必死なのだ。彼氏彼女の関係が嘘だとバレないようにすることで必死なのだ。


「シバと、お、お話もして……て、手も繋いで……」

「ひめの……さん?」

「……姫乃、ほんとに彼氏いるんだからっ」

 姫乃の声量の絶頂だった。……その可愛らしい声での告白は教室に響き渡ってしまう……。


『なんだ今の……』

 と、教室で雑談していた者は口を閉ざし……コトの根源である姫乃に集中砲火するように顔が向けられる。


 5秒、6秒と静黙が生まれ……次第に騒ぎが起こった。


「はぁ!? い、今……姫乃ちゃん、彼氏いるって言ったか……」

「わ、我らのロリリンに……彼氏……だと……」

「嘘……だよな、嘘だと言ってくれ……! なぁ、嘘だって言ってくれよぉおおお!」

 

 教室内の、主に男達がわめき散らす事態に発展する。


「あーあーぁ。やっちゃった」

「〜〜〜っっぅ」

 声にならない声が唇から漏れる姫乃に、目尻を下げて同情する亜美。


「……ば、ばかぁ……」

「なんでぇ!?」

 そんな亜美に向かって弱々しい暴言を吐いた姫乃は、両手で顔を押さえて教室を飛び去っていった……。


「行っちゃったよ……はぁ」

 姫乃の小さな後ろ姿を見て小さなため息。……その後、納得の表情が浮かばせた亜美。


「顔……朱肉みたいに真っ赤になってたけど、そういうこと……か」

 あれだけ大胆な想いを打ち明けてきたのは、亜美が知る中で初めてのこと。それだけに強い気持ちを持っているということ……。


(あんな顔して告白したら……誰でも落ちるって。反則技じゃん……)

 あの表情で姫乃は龍馬に告白をし落としたのだろうと亜美の中でスッと腑に落ちたのである……。


 ただ、この大学中に広まってしまった。

 ロリリンこと、柏木姫乃には彼氏がいる……と。

 

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