第134話 side龍馬。続く場

 い、いやいやなにその二人の目……。怖すぎるんだけど初めて見るんだけど!?

 店長……見て見ぬフリしないでよ!? 助けてよ……! 冷や汗ハンカチで拭いてるけど一番拭きたいの俺だからッ!

 

 彼女とか同棲とか言われても本当に知らないんだよ。俺が知りたいくらいだよ……!

 ドッペルゲンガーを見たんじゃない? とかふざけた説明しか出来ないんだけど。でも俺的にこれが一番しっくりくる答えだし! 

 でもこんなこと言ったら間違いなくなにかされる。そのなにかは想像付かないけど……。


 この俺の無言が姫乃と愛羅の不信感を募らせてしまった。


「シバ、いつまで黙ってる」

「ウソ付いたならウソついてるって言った方がマシだよ? でびるちゃん怒らないって言ってるし」

「いや、愛羅も怒らないで欲しいんだけど……」

「ウソ付いてたら仕方ないっしょ。その覚悟が出来てない方が悪いんだし」


 本当に愛羅の発言にはぐうの音も出ない……。でも嘘付いてないんだよ! 俺の全財産掛けても良いくらいなんだから。めっちゃケチな俺が!


「俺から言えることは姫乃が本当に誤解してるってことだけなんだって! ウソも付いてないって!」

「……怪しい」

「アーシもそう思う」

「ちょっとくらい信じてくれよ……。俺だって説明出来るならしたいくらいなんだから」

「それ、やましいことがあって説明は出来ないけど、誤魔化すためにどうにか説明したいってこと?」

「なんだよその捉え方は……! いや、確かにそんな捉え方も出来るけどこの状況でそんな意味含ませた発言出来るわけないだろ」


 愛羅は頭回りすぎだって。こんなピリピリした空気で相手を翻弄するようなセリフ言えないって。

 俺に余裕なんてないんだから……。こんな狼狽うろたええてるところ見れば分かると思うけど。


「もしかしてシバと一緒にいたモデルさん、恋愛禁止の人……? だから言えない?」

「恋愛禁止のモデル事務所って言ったらエルスプロモーションだけどまさかソコ!? 超大手じゃん……」

「もー、違うって」

 否定すればするだけ、受身になればなるだけありもしない情報を引き出される。

 もう……恐怖と隣り合わせになるけど俺から攻めるしかない。そうじゃないとこの問題は収拾が付かないと思う。


「姫乃に一つ聞きたいんだけど、俺を見たのっていつ?」

「りょーまセンパイの目、変わったね」

「うるさい」

 俺が気持ちを切り替えたところまで察した愛羅。一体、どれだけ鋭ければそうなるんだか……。


「姫乃が見たのは昨日」

「ん? き、昨日……? 昨日って行ったら俺……大学とスーパー以外に行ってないんだけど」

「ん、姫乃が見たのスーパー。お菓子買ってる時に見た」

「スーパー……ね。あぁー!」


 その瞬間、俺は安堵の声を漏らす。姫乃が誤解しているいる人物にようやく辿り着くことが出来たのだから。

 って、冷静になれば最初からコレを言っとけば早期解決出来てたじゃないか……。いや、姫乃と一対一の時に言おうとしてたし! 愛羅が凄いタイミングで割り込んできたってことか……。


 全てを理解した時、そして悪いことは何もしてない分、今の余裕は海の広さくらいにあると思う。


「放心の返事……。やっぱりモデルさんと一緒にいた証拠。シバ諦めた感じだった」

「アーシも少しはそー見えたかな。買い物にモデル連れるとかヤバすぎでしょ。オトコレベル高すぎ……」

「違う違う! ようやく誤解が解けるって安心したんだよ」

「うそつき」

「いや、だって——そのモデルって勘違いしてる相手、俺の姉だから。本当に」

「え?」

「は?」

 当然の真顔で声色も真剣にした俺。途端、姫乃も愛羅は雷に打たれたような顔をした。

 うん、今の表情を写真に撮ってネットにあげたらかなりの反響がもらえると思う。

 でもそうなるもの仕方ないよなぁ。モデルだって勘違いしてた相手が俺の姉って言われてるんだから。


「あ、あの人がシバのお姉さん……なの?」

 一番衝撃を受けているのは姫乃だ。紫の瞳がこぼれ落ちそうなくらいに大きくしている。ピンク色の唇をぱくぱくしていた。

「えっと……でびるちゃん。コレマジだと思う」

 そして愛羅は俺の表情を見て理解してくれた。こうしたところで茶化さない辺りはとても助かる。


「ようやく味方してくれたか……愛羅。もし信じられないようなら姉に紹介するけど」

「そ、それはいい……。緊張……するし」

「あ、アーシも同じく……」

「まぁ、初対面の相手と会うってなったらそうだよな。でももし信じられないようならいつでも紹介するから」


 愛羅が初対面の相手に緊張するってのはちょっと意外だけど。

 まぁ、姉って立場の相手とならそうなっても不思議じゃない……か。


「はぁ、でもこれでようやく解決したよ」

「シバ、ごめんなさい……。姫乃の勘違い……」

「アーシもごめん。もうちょっとりょーまセンパイの話に耳傾けるべきだった」

「別に謝らなくて良いって。もう終わったことだから」

 これに怒るほど俺は短気じゃない。嫌われたくもないしなやっぱり。


「姫乃ほんとに安心した。シバがあの格好で代行してるとも思ったから」

「あーそこに引っかかって必死になってたのか。流石に代行する時はコンタクトとワックスで行くって。図に乗るわけじゃないけど、こっちの方が印象が良く映るのは分かってるつもりだし」

「う、うん……っ」


 なんか嬉しそうに頷いてくれる姫乃。髪飾りが揺れて甘い匂いが漂ってくる。愛羅は愛羅で良い匂いだから……ここだけめっちゃお花畑みたいな匂いがする。

 どうしたらその女子の匂いって出せるのか謎だ。


「……ねえ、二人で盛り上がってるとこ悪いんだけど」

 この落ち着きを取り戻した空気。いきなりトゲのある声色を見せたのは愛羅だった。


「二人の言ってる代行ってなんのこと?」

「ん? あなたシバのお客さんじゃない……? コミケで姫乃の本、買ってくれたあなた。薄い本」

「ちょ、な、なんのことだしそれ! アーシ買ったのそれじゃないし!」

「姫乃は覚えてる。そしてあなたJKって言ってた。……今18歳?」

「ッ!?」


 一瞬の慌てた愛羅の挙動。これを姫乃は見逃していなかった。


「年齢制限無視して買うのはだめ。法律で禁止されてる」

「別にアーシ以外にも買ってる人いるし! で、でびるちゃんもどーせ未成年でそんな動画とか見てるはずだし!」

「みっ、見てない……。シバ、この人えっちい……」

「そんな本書いてるでびるちゃんに言われたくないんだけど! ってかアーシは興味があったってよりもファンだから買っただけ!」

「見て、くれてないの……? 姫乃頑張って描いたのに……」

「ぅ……。も、もー!! 見たよ見た! 良かった! ってかりょーまセンパイの前で話す内容じゃないでしょ!! マジでやめてよ……ッ!」


 先にコミケの本を暴露されたことで愛羅を攻撃し始めた姫乃だが、俺はその会話を聞き入れることは出来なかった。

 俺が一緒になったことで取り返しのつかない失言をしてしまったのだから……。

  

「そ、それよりっ! 代行ってなんのこと? アーシがお客さんってなに? 今のニュアンスは書店の客とかじゃなかったし」

「……」

 この勢いでの流れ弾。愛羅の発言で姫乃も気づいたのだろう。ハッとした顔で、謝罪を含んだ顔で俺を見てくる……。


 うん、大学生の俺と女子校生が一緒でなおかつ愛羅の家に遊びに行くってなってたらそう勘違いもするよな……。

 ただ、一人で責任負った顔はしなくて良いって姫乃。俺もその話に乗っちゃったから。


 ただ、一つだけ。勘の良すぎる愛羅相手にこればかりはどうしようもないかもしれない。

 



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