第133話 修羅の場

「シバは同棲してるの? いつもお料理作ってもらってるの?」

「は!? ち、ちょっと待って!? 同棲ってなに!?」

 書店内。

 龍馬の腕を掴み、上手に逃げ場を塞ぐ姫乃はこの追求を始めていた。


「昨日、すごく綺麗な女の人連れてた」

 そう、姫乃は見てしまったのだ。得体の知れない女性(カヤ)と龍馬が仲睦まじく買い物をしていたところを。


「いや、それ俺じゃなくない? 多分姫乃の見間違いだと思うけど……」

「そんなことない」

 普段から口数の少ない姫乃だからこそ、この段階で理解するのは難しいこと。そして姫乃の言う『すごく綺麗な人』を指す人物が実の姉だと判断するのも同義である。


 龍馬はカヤを異性として見ているわけではないのだから。


「そんなことないって言われても本当に心当たりはないんだよなぁ」

「正直に話して。姫乃は怒らない」

「と、とりあえず弁明からしていい? 多分これで少しは状況が分かりやすくなると思うから」

「ん、うそ付くのはだめ」


 龍馬は冷静さを必死に作り、真剣な眼差しで見つめてくる姫乃に対抗する。

 そんな姫乃の服装は黒と紫の二色で構成されたワンピース。その銀髪には薄生地のミニハットが付けられ趣味を露わにした格好。

 姫乃の容姿が一際輝くこんな姿で迫られているのだ。それも話の内容を理解することが出来ずに。

 いろんな意味でドギマギしてしまうの仕方がないことだろう。


「まず俺が綺麗な人を連れてたって話だけど……これは本当に姫乃の勘違いだと思う。あのバイトしてるから信じてもらえないかもだけど、俺が異性を隣に連れる機会って本当にないからさ」

「でも、姫乃見た。メガネかけて、ワックスつけてないシバを」

「えっと……俺が連れてたって女性はどんな感じの人だった?」

「モデルさんみたいな人。多分、モデルさん」


 姫乃の言っていることは間違いでもあるが、間違いに近くない目利きを持っている。

 カヤは今までに数十回とモデルにスカウトされている。その度に断っているが手を伸ばせば届きゆる職でもあった。


「本当に心当たりはないんだよ。その証拠に最近誰とメールしたか、その履歴を見せても良いくらいだし」

「……」

 一つ言えるのは確実に姫乃が誤解していること。やましいことはしてないと龍馬は強気な態度だ。これには流石の姫乃も押されつつある。


『あっ、姫乃はその女性をどこで見たの?』

 次に龍馬が言おうとしたセリフはこれ。

 その返しに姫乃が『昨日、スーパー』と、場所を言うことでモデルさんみたいな人……が龍馬の姉、カヤであることを知ることになるはずだった。誤解が完全に解けるはずだったが……タイミングの悪いことにこの現場を見ている者がいた。

 状況はさらに悪化していく。


「——えっ、ちょ、ハァ!?」

「お、おお……愛羅」

 と、ここで登場したのはJKギャルの愛羅だった。


「おおーじゃないんだけど! りょーまセンパイ彼女居たの!? ど、同棲ってなに!? ってか、なんででびるちゃんがココに居んの!? 情報量多すぎなんだけど!」

「お、落ち着け」

「お、落ち着けるわけないじゃん! とりあえずりょーまセンパイから離れてよ! この小悪魔」

「……む」  


 少々声を荒げながら早足で近づいた愛羅は、姫乃の手を取って龍馬から引き剥がした。

 愛羅からすれば自分以外の相手が龍馬に触れる行為は気持ちの良いものではない。攻撃的になってしまうのは自衛のためとも言える。


「……」

「……」

 いきなりの突撃に不信感を全身に滲ませる姫乃に、睨みを返す愛羅。これだけでお互いに似た気持ちを持っていることを察すことが出来るだろう。


「えっと……もう一回言うけど落ち着こう? それが一番良いと思う……」

「りょーまセンパイはちょっと黙ってて! まずコッチ先に終わらせるから」

「いや、終わらせるって何を……」

「黙ってて」

「はい……」

 

 ここに来てピリついた空気の中、想像だにしなかった3人体制が作られる。今日は一段と攻撃性を持った愛羅は龍馬の口を塞いだ後、姫乃に敵対した。まるで龍馬が二股を行い、片方の彼女にバレたような状況である。

 そして客の数人はこの光景に目をやり、元凶の龍馬に軽蔑の眼差しを向けている。中には修羅場だ! と楽しそうな顔で野次馬している客もいる。


「ね、これどう言うこと? 早く教えてよでびるちゃん」

「……まず姫乃、そんな変な名前知らない。でびるちゃんとか知らない」

 でびるちゃん。これを直に言われるのは恥ずかしいだろう。そんな気持ちから否定する姫乃に愛羅はさらなる熱を帯びる。


「嘘付くなしっ。コミケで会ったし、R-18漫画売ってたし!」

「っっ!! う、売ってないっ。そんなの知らないっ」

「りょーまセンパイ、これマジだからね。なんか家庭教師ものと幼馴染ものの同人誌売ってた」

「シ、シバに言わないでっ」

 

 この容姿とR-18を描くギャップ。この新情報には思わず顔を逸らす龍馬。

 姫乃は顔を赤くして動揺した様子。『言わないで』と言った時点で自白したようなもの。愛羅の作戦にまんまと引っ掛かってしまったわけである


「……そ、そもそもなんであなたがここにいる。コミケでJkコスプレしてた人が」

 下手な話題変換をする姫乃だが、この状況下じゃ仕方ないだろう。


「えっ!? でびるちゃんアーシのこと覚えてくれてたの!? って、コスプレじゃないっての! 現役バリバリのJkだし!」

「うそ。あんなにカメコをあしらってた人がそんなはずない」

「ふ、ふんっ。今はそんな話はしなくていいっての!」

 

 姫乃の描く漫画のファンの一人であり、ツイッターもフォローしている愛羅。そんな作者からの直褒めに満更でもない様子。


「ア、アーシが聞きたいのはりょーまセンパイのこと! りょーまセンパイに彼女居るとか、同棲とかそこら辺教えて!」

「なんでそんなこと気にする? 気にする理由なに」

「ッ!?」


 次に完璧な仕返しをしたのはジト目で睨む姫乃である。

 気になる理由など……一つしかないようなもの。だが、素直にソレを言えるはずもない。


「教えないのは、フェアじゃない」

「み、見返りがいるってわけ!? しかも狙って言ってるっしょそれ!」

「姫乃がなにを狙う?」

「くっ」

 おっとりととぼける姫乃に、頭を回転させてなんとか代案を浮かばせた愛羅。

 それは機転が利いているだけでなく、姫乃にマウントを取れるものでもあった。


 そして、これこそ口を閉じている龍馬を窮地におとしいれることになる。


「気にならないわけないじゃん! だって今日りょーまセンパイはアーシの家に来るんだしっ!」

「え」

 途端である。ギロッと恐ろしい顔で龍馬を見る姫乃。虹彩を消した姫乃はダークマター暗黒物質の双眸に変化させた。それはまるで人を殺しそうなほどに怖い目。

 姫乃からすれば、見境なく女に手を出しているような現場を捉えたようなもの。龍馬から聞いていたこととは真逆。

 先ほどだって『異性を隣に連れる機会って本当にない』なんて言ってたのだ。


「シバ、これはどういう意味」

「え、あの……そ、それは……」

「ってかりょーまセンパイ、同棲とかどう言う意味? アーシそんなの聞いてなかったんだけど。よく考えたらコレ本人に聞いた方が早いじゃん」

「え、えっと……だからそれがまだあんまり分かってなくて……」

 そして、伝染したように愛羅まで暗黒物質ダークマターを取り入れた瞳で見つめてくる。

 今まで一対一で話していたにも関わらず突然の共闘。突として龍馬を追い詰める。


『あ、あいつ女を見境みさかいなしに取っ替え引っ替えかよ……』

『お、終わったなあの男……』

『もう怖くて見てらんねぇ……』

『うへへ、ごちそうさまでした』

 雌雄がついた瞬間に野次馬が去っていく。


 そしてこの誤解はどう解けばいいのか、顔を真っ青にしながら考える龍馬である。

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