第135話 イケない会話

「ふーん、その代行、、ってやつはアーシには教えられない二人の秘密なんだ」

 龍馬と姫乃の無言にある程度のことを察したのだろう。むすっと腕を組み胸を押し上げる愛羅。

 整った眉はピクピクと動いており、綺麗なツリ目は見事な半開きになっている。

 役者顔負けの表情である。


「……ごめん愛羅。愛羅には悪いけどこればっかりは教えられないよ」


 愛羅の勘の鋭さは龍馬が一番に分かっている。だんまりを決め込んで刺激するよりは正直に向き合った方が正しい道。

 愛羅が嫌な気持ちになることを承知した上で……。

 それでも、龍馬はこのバイトをしていることを内緒にしたいのだ。たった一人の相手でも代行人だと知られるのを防ぐために。


「ね、りょーまセンパイ。今、アーシの性格見通して言ったでしょ」

「それくらいに言えないことなんだ。本当にごめん」

「……」

「……」

 重苦しい空気で話し合う愛羅と龍馬。


「……愛羅」

「もー! あっそッ! ならもうイイッ!」

 時間を空け、愛羅は感情に身を任せたように吐く。

 そんな二人をキョロキョロと交互に見つめる姫乃の顔は『ごめんなさい』の感情が詰まっている。布団叩きではたけばホコリのようにボンボンと落ちてくるだろう。


「ごめんな、本当……」

「別にイイし……。秘密にしたいことの一つや二つ、誰にでもあるだろうしさ……」

 そして、次には落ち着いた声に戻り下を向く愛羅。

 正直、龍馬には愛羅が許してもらえる流れが見えていた。


 いつの日のことかバイト終わりにラーメンを食べ、その帰りにさかのぼる。

 愛羅は龍馬に送られたでびるちゃんからのDMを偶然目に入れるも、覗き見ることもなく送信するまでずっと待っていたことがあった。


 その時に愛羅はこう言ったのだ。

『プライベートなんだし許可無しに覗いちゃダメっしょ。メール見たかったけど見られたくない気持ちも分かるし……。秘密とかあるでしょ誰にでも』


 この歳にしてしっかりとした線引きが出来ていた。その件を龍馬は確認していた。

 愛羅の言う通り、その性格を見通して言っているからこそ『ごめんな、本当……』と3度に渡って謝っていたのだ。


「も、もうイイって。ぶっちゃけりょーまセンパイの同棲とか彼女とかそこら辺の誤解解けただけでアーシは十分だし……」

 が、愛羅だって完全な大人ではない。声に変化はないが、やり切れていない顔を滲ませていた。


「……」

 これには龍馬も胸が締め付けられる。あとで何かお礼を……と大きな借りを覚えるほどだ。


「……じゃ、とりあえず話も終わったことだしアーシはちょっと参考書見てくる。マ……その間、りょーまセンパイはでびるちゃんと二人っきりになるんだしちょっとくらい話したら? それで少しは元気にさせて。コレ命令だから」


 でびるちゃんのファンだからか、それ以外にも理由があるのか、チラッと姫乃を見た愛羅はそれだけ言い残し、遠い位置にある参考書のコーナーにゆっくりと歩いて行った。

 愛羅は気付いたのだ。姫乃がドジを踏んだことにより反省した面持ちを……。


 いつの間にか、愛羅の背中も見えなくなっていた。


「ふぅ……助かったな、姫乃」

 二人になったところで龍馬は何事もなく姫乃に投げかけた。


「助かってなんかないよ……。姫乃のせい……」

「いや、そんなことはないだろ? あのことは何も言わずに済んだんだし」

「シバ、ほんとにごめんなさい……。姫乃ほんとに勘違いした……」

「いやいや、ワザとじゃないってことはちゃんと伝わってるし謝る必要はないよ。穏便に済んだことに違いないんだから」


 これまでの過程を穏便と例えるのは不適切ではあるが、姫乃を元気付かせるためには正しいチョイスだろう。

 愛羅に命令されたこともあり、龍馬には使命感が芽生えていた。


「なんて言うか、あのミスは仕方ないって。俺と愛羅って年の差あるし、家に行くとかなってたし。アレだと勘違いするには十分な理由だと思うから」

「……」

 ここで愛羅との出会いなどを聞いてこないあたり、姫乃は本当に反省しているのだろう。


「まぁ、反省を口にするならプライベートであの話はしない方が良いってことだな。もちろん俺を含めてだけど」

「…………」

「いやぁ、今日は良い勉強になったよ。これからは俺も姫乃も気をつけて行こうな」

「な、なんでシバは怒らないの……。姫乃、こんなこと一度だけじゃない……。たくさん迷惑かけてる……のに」

「えー? いや、本当は怒りたいよ? 姫乃にも……自分自身にも」

「……っ」


 優しすぎるとも言われる龍馬だが一人の人間であり、ちゃんと沸点はある。

 なんでも許すなんてわけもなく、何事に対しても不満を抱かないわけではない。


「でもさ姫乃、過ぎたことをネチネチ言ってもお互いに良いことなんて何一つないでしょ? これは前にも言ったと思うけどさ」

 そして、龍馬は優しい声色で言葉を続ける。

「この考えが出来るようになった理由はあって……ネチネチ文句言ってたら姉にめっちゃ怒られてね? 追加の説教と終いには『男が廃るぞ』とかなにやかんや言われて……中学の俺には効いたなぁ、はははっ」


 この暗い空気を跳ね飛ばすために、昔話をしながら笑顔、笑声えごえを作る龍馬。代行を重ねて本当に上手くなったものだ。


「だから姫乃も気持ち切り替えていこ。そんな顔してるとみんな心配するって。……特に姫乃の、でびるちゃんの大ファンの愛羅がね」

「わ、分かった……。切り替える……」

 姫乃も察しの良い方だ。龍馬が一番願っていることを理解してくれる。


「少しは元気出た?」

「ん、ありがとうシバ……」

「どういたしまして」


 最後に姫乃を励ますように、その小さな肩をぽんぽんと叩く龍馬。

 肌の柔らかさに加えて肩の骨の感触も伝わる。


「シバ、姫乃……その、少しアイラさんのところ行ってくる……。シバはお仕事してて……」

「お、おう……? 分かったけど……喧嘩だけはしないようにね?」

「ん」

 何を思ったのか、龍馬に背を向けた姫乃はパタパタと早足で愛羅がいるだろう参考書のコーナーに向かって行った。



 ****



「あ、アイラ……さん」

「ん? 名前呼び……って、なんででびるちゃん一人? りょーまセンパイは?」


 姫乃が動いたことでここでも作られる。

 龍馬のいない、女同士の二人きりの空間が……。


「シ、シバはお仕事に戻ってもらった……」

「へー、ちょっと意外。でびるちゃんとりょーまセンパイが二人で来ると思ってたから」


 時間潰し読んでいたのだろう数学の参考書を本棚に戻す愛羅は、人差し指で金髪を巻きながら姫乃と向かい合った。


「で、どうしたの? アーシに何か言いたいことがあるからりょーまセンパイを仕事に戻らせてココに来たんだろうけど」

「う、うん……。言いたいこと言う」

「なに?」

「えっと、その……」

「な、なにマジで……。パッと言ってくれないと怖いんだけど」


 姫乃の独特な話し方に警戒する愛羅だが次の瞬間、呆気に取られることになる。


「あ、アイラさん……ありがとう……」

「ん? な、なんでアーシに礼するわけ?」

「アイラさんがあのこと、追求しなかったから……姫乃、シバに許してもらえた……」

「あのことってなに? アーシがさっぱりな代行の件?」

『ビクッ』


 ついさっきミスしたせいで過剰に反応してしまう姫乃。本当に分かりやすいものだ。


「マ、礼の内容は理解したけど、もしかしなくてもそれだけ言いにきたわけ?」

「そ、そう。姫乃、とても助かった……」

「あのね、勘違いしてるようだからハッキリさせるけど別にでびるちゃんを助けたわけじゃないから。どちらかと言えばりょーまセンパイのためだし」

「それでも、姫乃は助かった……」

「も、もー……」


 突き放そうとした愛羅だが、姫乃の擦り寄りにタジタジになってしまう。

 相手はあのラブコメ漫画家であるでびるちゃん。推しの漫画家なのだ。こればかりはどうしようもないだろう。


「マ、その礼は受け取っとく。受け取らないのは失礼だし」

「ん、ありがとう……アイラさん」

「ただ、これだけは言っとくけどアーシは姫乃、、ってオンナはこれからも助けるつもりはないから。に塩送るような真似はしないし、そんな余裕ないし」

「……っ」


 コミケで年齢制限がかかった同人誌を暴露させられたことの復讐はここで始まる。

 やられたらやり返す。それが愛羅なのだ。


「代行ってチョロい秘密よりもっと凄い秘密、すぐにアーシが作ってやるし。今日りょーまセンパイが家に来るついでにね」

「……シ、シバはそんなえっちなこと、しない」


 抵抗の姫乃。家に来る=そんなことと捉えるのはR-18を描く姫乃らしいことである。


「へー、エッチなこと挙げるってことはされたくないんだ? じゃあアーシがりょーまセンパイにエッチなことして姫乃に反撃してあげるよ」

「ッ!?」

「だから今日はモヤモヤさせながら漫画描かせてやるし。覚悟しろってね」

 べーっと細い舌を出し完全に挑発する愛羅はニヤリと微笑む。

 姫乃が元気を取り戻していると悟ったからこそ、この攻撃を行ったのである……。

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