第136話 チキンの反撃

「お疲れさーま。今日のバイト途中からめっちゃ忙しくなってなかった?」

「いや、本当にあれはヤバかったな。久々の大波だったよ……。俺までレジに入らないとお客さん回せなかったし。ごめんな、退勤するの遅くなって」

「コレばっかりは仕方ないでしょ」

 現在の時刻は13時25分。

 龍馬のシフト時間は13時までだが、客の入店率が大幅に増えたことで25分の残業を行なっていたのである。


「あれだね、バイト中にアーシ達と駄弁ってーのサボってたからその分のバランス調整」

「はははっ、言われてみればそうかもな」

 店内が忙しくなったことを見越した愛羅は一言も喋りに来なかった。その気遣いは龍馬からしても本当に助かったこと。


 そんな二人の向かい先は予定を組んでいた愛羅家である。


「ね、りょーまセンパイ頑張ったからご褒美に何か買ってあげよっか? ハーゲンダッツとかどお?」

「いらない。ってか冬にはアイスは食べないだろ。体冷えるし」

「ふつーに食べるでしょ! 美味しいじゃん!」

「美味しいのは美味しいけど……俺が食べるのは夏だけだな。ってかこの年になると甘いものを頻繁に食べることは無くなるんだよぁ。菓子パンとかも食べなくなるし」

「病気じゃんそれ」

「違うわ!」


 20歳の龍馬だが、子どもの頃と比べ甘い物を食べる頻度は大幅に減った。

 買い物に行ったとしても自分から甘いものを買うことは滅多にない。食べる時は友達が勧めてきた時が大半である。


「じゃあさ、メロンパンも食べないの?」

「ああ」

「チョココロネも!?」

「あー、チョコソース系は一番手を付けたくないかも」

「じゃあ和菓子とかも!?」

「それを食べたのはいつだっけな……。思い出せないくらいには食べてないかな」

「信じらんないんだけど……。甘いもの食べてこそ幸せな気分になれるってもんでしょ」

「その気持ちは分かるけど、自分からはあんまり気が向かないって言うかなぁ。愛羅ももう少し歳重ねたら俺と同じになるかもな?」


 歳を重ねれば嗜好しこうが変わったりする。龍馬はこの一人なのだろう。


「んー、そんなことになるとは全然思えないけど……別にそうなってもイイかなー。りょーまセンパイとおそろになるってことだし」

「な、なんだよその捉え方は……」

「にしし、今ちょっとドキッてしたでしょ?」

「べ、別に」

「ウソつき!」

「本当だよ本当」

「じゃあなんでどもったか説明願おうかなー?」

タンが絡んだんだよ」

「もー、言い逃れ苦しすぎだって!」


 そんな狙ったようなことをしなくても愛羅の容姿は人並み以上に優れている。正直に言えば、ふとした瞬間に鼓動が早くなることが多々ある龍馬だ。


 足を進めながら肩を揃えて歩く二人。

 楽しそうな雰囲気は周りから見ても分かるほどである。


「……愛羅、今さら言うのもなんだけど今日はありがとうな」

「え? なにがありがとうなの?」

「聞き返さなくてもどうせ分かってるだろ? 察しの良い愛羅なら」

「まーね。これで間違ってたらめっちゃ恥ずかしいけど代行ってやつでしょ?」

「ああ、愛羅が我慢して引いてくれたからなんとか穏便に済んだよ」


 あの時、愛羅の対応がなかったら龍馬は姫乃とギスギスした関係を作っていただろう……。プライベートでビジネスの話。

 誤解からの発言だが、そのミスはかなり大きい。もしこれが大学中のことだったら取り返しが付かないところに発展するのだから。


「……別に礼言われるようなことじゃないって。アーシはそうした方がイイって思ったからそうしただけだし」

「そう言ってくれると助かるよ」

 笑みを浮かべて本心を口に出す。 

 年下の愛羅だが、かなり大人びた性格と雰囲気を持っている。だからであろうか、龍馬は愛羅と落ち着いて楽に接することが出来ている。


 そして、ある程度の話を続けたところでとある質問をする。


「あのさ愛羅。これは別に答えなくても良いんだけど…………愛羅って姫乃に何したの? ほら、二人で話してる時に」

「え? な、なにその質問。アーシがでびるちゃんをイジメたような感じじゃん。でびるちゃんが何か言ってきたわけ?」

 ピクリと眉を上げた愛羅は少し怪訝な表情を見せる。


「いや、そんなことは思ってないんだけど……姫乃が漫画本を持ってレジに来た時に真剣な顔で『アイラさんには気をつけて』って忠告してきたからさ。だから愛羅が何か言ったのかなって思って」

「あー」

 当然、愛羅には心当たりがある。気をつけて、、、、、の意味を。


 龍馬のいないところでこんな会話をしていたのだから。


『代行ってチョロい秘密よりもっと凄い秘密、すぐにアーシが作ってやるし。今日りょーまセンパイが家に来るついでにね』

『……シ、シバはそんなえっちなこと、しない』

『へー、エッチなこと挙げるってことはされたくないんだ? じゃあアーシがりょーまセンパイにエッチなことして姫乃に反撃してあげるから』

『ッ!?』

『だから今日はモヤモヤさせながら漫画描かせてやるし。覚悟しろってね』


 そして舌を出した挑発を——。

 姫乃が本気と捉えるには十分である。


「もしかしたらアーシのカッコがギャル寄りだから警戒したのかもね。ほら、でびるちゃんってアーシの家にりょーまセンパイが来るって話は知ってるし。でびるちゃんって案外エッチだからそんな捉え方もするし」


 しれっと龍馬に忠告した姫乃にダイレクトアタックする愛羅。


「言っとくけど脅したようなこととか怖いことは言ってないかんね? アーシでびるちゃんのファンであることには違いないし、嫌われたくないってのはあるし」

「その言葉は信じるしかないなぁ。姫乃が描いた18禁の本買って売り上げに貢献してるくらいだし……」

「う、うっさいしそれ! 早く忘れろしっ!」

「殴んな殴んな!」

 昼間から道中で肩パンを数発入れてくる。イチャイチャしているのは誰の目にも止まる。龍馬には突き刺さっているものがある。紛れもない——殺意だ。


「マジであっりえない! JKにソレ言うのセクハラ。ママに訴えるから」

「そ、それ盾にするのはズルいだろ! 久々に俺が愛羅をイジれる話題なのに」

「イジるのは体だけにしろし。そんな口だけだからチキンなんだしりょーまセンパイは!」


 友達に18禁の話題をイジられるのは平気な愛羅だが、その相手が龍馬となればまた別問題。

 効果抜群のイジリに顔を真っ赤にして最大限の抵抗をする。


「そんな冗談言ってると誰かに食われるからなー」

「ほら出たチキン発言!」

「チキンじゃないからなー俺は。ただ理性が強い方ってなだけで」

「へー! じゃあアーシが食べられる前に先にりょーまセンパイが食べてよ。ほら、チキンじゃなければりょーまセンパイが取ることって一つしかないよねー? アーシが許可してんだし!」

 なんとか流れを掴んだ愛羅はカウンターに出る。これで優位になると思ったのは……間違いである。


「分かった。その発言に責任取ってもらうから」

 真横から聞こえるケロっとした声。


「……」

「……」

 静寂に聞こえる無性に響いて聞こえる足音。


「…………」

「……え? い、今分かったって……」

「ん?」

「マ、マジで言ってんの!?」

「そうだけど」

 まさかの答え。龍馬の顔は真顔のまま。本当に、本当に愛羅の言ったことを実行しているように……。


「え、あ……ちょ、そ、それはま、待ってよ。お、お風呂……とか、は、入りたい……し」

「タクシー呼ぶか? 多分15分くらい走らせればあると思うけど」

「どっ、どどどこ向かうわけ!?」

「いや、お風呂入れるところだけど」

「な、ななななにしようとしてんのっ!? ちょ、ちょっと待ってってアーシ言ってるってばぁ!」

「チキンって言ったのは誰だっけ。食べてって言ったのは誰だっけ。許可したのは誰だっけなぁ」

「そ、それは違う! 冗談だからぁっ! す、すすするとしてもアーシの流れでやらせてって!」


 予想外の展開が次々と起こっているのは間違いない。目をぐるぐるさせて両手をフリフリ、慌てて弁明しようとしている愛羅。

 そう……愛羅は今までこんなことを一度も経験したことがないのだ。主導権を握っていないこの状況には手も足も出ない。


「ふぅ……」

 そんな愛羅を見て息を吐く龍馬。それはまるでスイッチを切るかのように。

 からかう、、、、のはここまでである。


「分かったか愛羅。一つの冗談でここまで付け込まれるんだ。そんな体を使った冗談とか煽るようなことは言うんじゃない。前にもこんなやり取りしたと思うが……もう少しそこら辺は成長してくれ」

「は、はぁーーッ!?」

 この注意で理解しただろう。今までの発言は本気でないことに……。


「ふ、ふざっけんなし! だからチキンなんだしっ! バカバーーーカ!!」

「あ? さっき俺が言ったこと分かってないようだな」

「もうイイ! やれるもんならやってみろしッ!!」


 と、その注意方法で愛羅にさらなる熱を注いでしまった龍馬でもある……。

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