第137話 愛羅と龍馬と感謝の言葉
「どうしよ、足震えるくらいに緊張してきた」
「ほーらチキンじゃんやっぱり。オトコなんだからビシッとしてよ」
「待て待て、これはチキンとは別問題だろ」
愛羅の自宅に近付けば近くだけ心臓の音がうるさくなっていく龍馬。緊張で足取りも重くなる。
「マ、そんなに緊張しなくてもへーきだって。今日会うのはアーシのママだけだし。パパがいないだけちょっとマシでしょ?」
「まぁ……気持ち的には。お父さんは仕事で会えないって感じなんだよな?」
「うーん、ぶっちゃけパパがいたら大騒動になるからアーシとママが協力して追い払ったわけだけど」
「え? それどう言う意味?」
『追い払った』と言う不穏なワード。まばたきを早くして聞き返す龍馬。
「アーシのパパって過保護って言うか、なんかそんなのに該当するからさ? どんな理由でもアーシが家にオトコ連れてくるのはムキーってなるわけ」
「な、なるほどなぁ。男としては気持ちは分かるよ」
「アーシのパパね、りょーまセンパイが家に来たらガスガンを撃ち込むつもりだったんだよ? スナイパーみたいな形のやつで」
「……は? そ、それマジで言ってんの? ガスガンでその形ってガラス割れるくらいの威力出ると思うんだけど……」
「だよねー」
「軽いなおい」
男と言うこともありその辺は少し詳しくもある龍馬。ガスガン自体に威力があるが、その中でも両手持ちの型はバケモノ級である。
「そんなわけで今日は追い払ったってわけ。アーシを助けてくれた礼で招き入れるわけだから騒がしくなるようなパパは要らないし」
「追い払ってくれて助かったよ、本当に」
「あー、それ今のパパに言いつけちゃおっかなー。ケンカ売ったね?」
愛羅のお父さんが取ろうとした行動を聞けば、龍馬の発言は保身のためにも当然。が、そこを逆手に取るのは愛羅の得意技だ。
「おいおい、頼むからやめてくれ。ガスガン撃ち込まれるだろ……」
「にしし、それじゃありょーまセンパイ。ちょっとだけそこの公園寄ってこうよ。そしたら黙っててあげるから」
「その条件だったら本当呑みたいんだけど……お母さんが待ってるんじゃないか? 招かれる分、待たすようなことはしたくないんだよな……」
「それなんだけど……ママから連絡が入らないからさ? 料理作り終わったって連絡が。だから少し時間潰した方イイかなって。空腹のりょーまセンパイには申し訳ないけど」
「そう言うことだったのか。我慢できるくらいだから平気。じゃあそうしようか」
「うんっ!」
そうして急遽、二人は小さな公園に向かうことになる。その公園は龍馬と愛羅が初めて契約を交わした思い出の場所でもあった……。
****
「にしし、めっちゃさっむい」
「そりゃ冬場にブランコ漕いだら寒いだろ。この手すり部分も冷えてるし」
キーコと言うような金属同士の摩擦音。
愛羅はブランコをゆっくり漕ぎ、龍馬はブランコに腰を下ろしている。
この公園でゆったりとした時間を過ごしていた。
「……で、どうしたんだよ愛羅」
「どうしたって?」
「お母さんが料理を作り終えてないって理由もあるんだろうけど、俺と何か話したいことがあったから公園に寄りたかったんだろ? なんとなく分かるよ」
「うっわ、せーかいされたし……。顔には出してなかったはずなんだけどよく分かったね?」
ザッ、ザッーー。
漕いでいたブランコを足のブレーキで止めた愛羅は微笑を龍馬に顔を向けた。
隣に座っているため距離は思ったよりも近い。お互いに少し気恥ずかしい思いをする。
「……まぁそれなりに愛羅と関わってるわけだしな、俺も」
「アーシもまだまだだね、鈍感なりょーまセンパイにバレるとか」
「貶すな」
「別にそんなつもりないって。マ、なんて言うか……ママと会う前にりょーまセンパイと真剣に話したくってさ」
「ん?」
愛羅の表情がゆっくりと変わる。それと同時に空気が少しピリついた。
『真剣に話したくって』との言葉に偽りはないのだろう、龍馬は軽口を慎んだ。
「まず初めに……アーシとの契約、今まで守ってくれてホントあんがとね、りょーまセンパイ。先にお金渡したから雑に扱われたりするかもって不安あったけど、ムダな杞憂だった。……ホント得したことばっかり。150Kじゃ足りないくらい」
「な、なんだよいきなり……」
愛羅がこんなことを言うのは……今日で龍馬との契約期間が終了するから。
今までの感謝を伝えるのはこのタイミングしかないと思っていたのだろう。
「……アーシって今までガッコとか全然楽しくなかったんだよね。アーシがこんな容姿だからってのもあるけど、大半のクラスメイトは敬遠してる感じあったし、近づいてくると思ったらお金目当ての人もいた。そんな所での勉強とかもつまんないし、家に帰っても一人で寂しかったし……」
「……」
「でも……今はホントに違うんだよね。りょーまセンパイのおかげで」
「や、やめろってそんなこと言うの。俺は特に何もしてないんだから」
「そんな謙遜要らないって。りょーまセンパイは聞いて。アーシも恥ずかしさ我慢して話してんだから……」
ふんっとの擬音語はしっくりくる。愛羅は視線を逸らすように正面を向む。長い金髪が横顔にかかり表情が見えなくなった。
「……あのさ、今までりょーまセンパイのバイトを邪魔してないとか
「言わせてもらうけど本気で迷惑だったな。今もだけど」
「うっわ、ちょっとくらいオブラートに包んでくれてもイイのに」
「謙遜要らないって言ったからな、愛羅が」
「謙遜ってそんな意味じゃないし……。マ、こう言ってくれた方が話しやすくて助かるけど。ソレ分かってて言ってるんだろうけど」
「俺はそこまで気が回らないよ」
当たり前に否定する龍馬だが、愛羅にはそれこそ謙遜だと理解している。
褒められた時にだけ、そうする性格だと知っているのだから。
「あのね、ホントりょーまセンパイのおかげで今はめっちゃ楽しいの。理由は
「そりゃ良かった」
「そんな軽く流さないでよ。りょーまセンパイのおかげなんだから」
「お世辞として受け取っておくよ」
「出たその返し。チキンを否定するならちゃんと受け取ってよ。恥ずかしくなってるのは一緒なんだし」
「……はいはい」
公園には二人っきり。距離も近くこの会話。
愛羅の寂しい日常が減ったのは龍馬としてとても嬉しいこと。そして直接言われた通りに恥ずかしいこと。
「アーシね、将来の夢決めたよ」
「お? それは?」
「ガッコのセンセ。ガッコの楽しさを教えられるようなセンセになって、アーシみたいに困ってる人を助けたいって思った。りょーまセンパイがしたみたいに……さ」
「……良い夢だ」
そこで龍馬はブランコを初めて漕ぎ始めた。体が火照りを少しでも取ろうとしているのだ。
「もう一回言うけどりょーまセンパイのおかげ。いろいろありがと……ホント。今じゃ勉強する意味も見つかったよ」
「俺も愛羅に負けずに大学頑張るよ」
「りょーまセンパイはアーシに勝てないよ? アーシ負けるつもりないから」
「俺も負けるつもりないけど?」
「その自信満々の鼻折ってやるし」
「俺だって折ってやるよ」
「にしし」
「ははっ」
そして、公園で二人して吹き出す。
「あー、なんか暑くなってきたし……」
「愛羅もブランコ漕げよ。少しはマシになるぞ」
「そーする。ちょっと体冷えるまでママから連絡こないように念じとこ」
「ああ、頼んだ」
ここから会話を広げることはなかった。ただブランコを漕いで時間に身を任せるだけ……。
それでも二人には気まずさなんてない。
時折、表情を崩しながら愛羅の母から連絡を待つのであった……。
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