第138話 愛羅と龍馬と将来と

 公園のブランコを漕ぐこと10分。愛羅はスマホに向かって悪口を吐いていた。


「ってかママの連絡おっそ! りょーまセンパイが空腹で泣いちゃうじゃん」

「多分、気合いを入れて作ってくれているんだろうなぁ……って20歳をなめんな。そのくらいじゃ泣かん」

「ウソつき。この前『お腹空いた〜』って泣いてたじゃん」

「雑な捏造だなおい」

「にしし、素直になりなって」


 親の連絡が来るのにもう少し時間がかかる。そう判断したのだろう、愛羅はあからさまな話題作りをしてくる。もちろんその気遣いに乗る龍馬である。


「ほぅ。じゃあ素直になってここでギャン泣きしていいか? 『お腹空いたー!』って大声出しながらジタバタしてやる」

「別にいいけど、その時アーシはりょーまセンパイから距離おくかんね? 100……じゃなくて200メートルくらい」

「完全に他人のフリするつもりかよ……。素直にならせるだけならせといて見捨てるのは酷いだろ」

「マ、泣き疲れたりょーまセンパイをアーシの家に監禁するから安心してよ。充実した衣食住を提供してあげるからさ」


 ニンマリと口角を上げて尖った八重歯を見せる愛羅。本気でやりそうな顔を作っているのが怖いところだ。


「監禁ってこんな思考の持ち主が教師を目指すのか……。教員の未来は暗いもんだ」

 先ほど、愛羅は龍馬が関心するほどの素晴らしい発言をした。

『ガッコの楽しさを教えられるようなセンセになって、アーシみたいに困ってる人を助けたいって思った』

 それなのにも関わらずこの言い草は酷い以外にないだろう。

「もちろん仕事は真面目にするって。それにそっちの方が面白いでしょ」

「何が面白くなるんだ?」

「とりあえず授業はピシッとして、教え子たちからの評判をめちゃあげるわけ。でもプライベートじゃセンパイに手錠と足枷あしかせつけて自由を奪ってるみたいな裏の顔がある的な」

「うん、何も面白くないな。俺は」


 そのような漫画があれば確かにウケが出るかもしれない。しかし監禁される側としてはウケの『ウ』の文字も出ないだろう。出ても苦笑いだ。


「あ、そいえばりょーまセンパイに聞きたいことあるんだけど」

「いまさらだな? なんだ?」

「りょーまセンパイの将来の夢ってなんなの? 大学に通ってるってことはやっぱり決まってる感じなんでしょ?」

 将来の話をしていたからか、龍馬の進路も気になっていた愛羅だ。


「まぁ……そうだな。経済の大学通ってるからその関係で銀行員になれたらって思ってる」

「ぎ、銀行員!? ガチでお金稼ごうとしてるタイプじゃん!」

「経済力ってのは俺の中で一番に必要なことだからな。だからそこを目指してる」

「りょーまセンパイってそんなに頭いいわけ……? なんかバカっぽいけど」

「失礼な! ってあんまり自慢できるわけじゃないけど今は半分より少し上くらいだ。平均はなんとか超えてる」

「へー、大学でそれってふつーに凄いじゃん。でも銀行員レベルだとまだキツい方じゃないの? 詳しいことは分かんないけど」

「愛羅の言う通り今のままじゃキツイけど、今のうちから勉強量を増やしてるからなんとかってところにまでにはいけると思う……ってか絶対行く。俺って家族にお金を出してもらって大学通ってるからその分のお金を早く返したいから」


 20歳の龍馬だが、その家族はもう1人しかいない。それは姉であるカヤだ。恋人代行のバイトをしたのも、より稼ぎの大きな職業につきたいのも全てカヤが関わっていること。


「あー、出た不意に見せるガチ顔。ちょっとカッコいい系のやつ」

「ちょっとは余計だ。喜ばせるならそこは抜いてくれ」

「マ、そんだけ本気なら銀行員なれそーだとは思うけどね。りょーまセンパイってお金に超がめついからそれだけで他よりもアド取ってるだろうし」

「どうする? 俺よりもケチでお金にがめついヤツがいたら」

「そんなのいたらもう人間じゃないでしょ。アーシが蹴って追い払う」

「そのレベルかよ俺は」

 愛羅に人間判定されている龍馬は、そのギリギリのラインに立っていることになる。蹴りを逃れているのがその証拠だろう。


「でもさ? お金だけじゃなくて自分なりのやり甲斐を見つけないと長く続かないかもよ。いくら銀行員だったとしてもさ」

「それならお金を稼ぐってことをやり甲斐にするつもり」

「あー、なるほどそっち方向でいけばいいのか。頭イイね」

「まず銀行員になれるかわからないけど、もしなれたらそうするよ」

 多少の努力では銀行員になることはできない。龍馬の大学では銀行員の枠を狙っている学生でうじゃうじゃしているくらいなのだから。


「んー、じゃあ次これ聞いちゃおっかな。家族に学費を返したら次に何をするか。やっぱり高級車を買いたい的な?」

「貯金だ」

「ぷっ!」

 笑いをこらえるつもりだったのか、口から吹き出している愛羅だ。


「貯金って! 今まで我慢してきたんだからドーンと使えばいいのに!」

「そうしたい気持ちも山々だけど、貯金しておくことに越したことはないからな。社長令嬢の愛羅にはしっくりこないだろうけど余裕を持って生きていきたい」

「じゃあ貯金を崩すこともないんだ?」

「いや、そんなことはない。俺に家族ができた時に全部使うつもり。そのための貯金でもあるし」

「え? あのドケチなりょーまセンパイがお金を全部使うの!?」

 大きな瞳をパチパチさせ、ネイルの施した細い手を口に当てて驚いている愛羅。かなり失礼な反応だが今までの積み重ねがある分、仕方がないことだろう。


「そこは当たり前だって。子どもも欲しいしさ」

「あー、それはアーシも欲しいね!」

「愛羅は知ってるか? 子ども1人を成人させるまでに必要な養育費は2000万円以上だって」

「え、そんな高いの!?」

「ああ、だから貯金は切り崩すよ。やっぱりプレゼントもいろいろ買ってあげたいし、あとは家も必要になるし……。奥さんには金銭面の心配をさせたくないな」

 貯金があるだけで心のゆとりは全然違うものだ。ずっと付き合い続けていくそんな相手には少しでも苦労をかけさせたくない龍馬だった。


「あ、あのさ……とりあえずJK相手にイイオトコアピールしないでよ。並大抵のオトコじゃ満足できなくなるじゃん。アーシが。それ狙って言ってるなら蹴るかんね?」

「狙ってもないんだが。それに愛羅なら俺よりもいい人がたくさん寄ってくるって。だから心配する必要は何もないぞ」

「……ウソばっかり」

 ——ボソリ。


「ん? なにか言った?」

「なんでもなーい!」

 龍馬には聞こえていないが本心を口に出せた愛羅は再びブランコを漕ぎ始めた。


 愛羅には龍馬のいいところが次々と脳裏に浮かんでいた。

 優しい。頼りになる。甘えさせてくれる。将来を考えている——

 ポンポンポンポンと考える間もなく出てくる。


 愛羅は空を見上げながらチラッと龍馬に視線を送った。

 それは、龍馬の伴侶となる女性を羨むように。

『俺よりもいい人がたくさん寄ってくる』

 その意見を否定するために口に出した『ウソばっかり』だったのだ。


 その数分後、『ご飯できたよ〜!』なんて親からのメールが愛羅に届いたのである。

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