第139話 愛羅ママとの対面

「りょーまセンパイ緊張しすぎだって。もっとリラックスリラックス」

「あ、愛羅のお母さんに会うんだぞ? 緊張しないわけないだろ……!」

「はーあ。これだからチキンは」


 愛羅のスマホに母親からの連絡が入った後、2人はその自宅に向かっていた。

 愛羅と母親と会うのは初めての龍馬なのだ。心臓がうるさくなるのも仕方がないこと。


「気持ちはわかるけど挙動不審すぎなんだって。職質されても知らないかんね?」

「職質!? そのレベルなのか!?」

「余裕でね。しかもりょーまセンパイはJKを隣に連れてるんだからそういう系だって誤解される可能性って十分あるよ?」

「いやいや、その時は愛羅が庇ってくれるから大丈夫だろ」

「へ?」

 擁護してくれるだろうと確信的な言い方をした龍馬に対し、愛羅は形のいい眉を上げて小首を傾げた。

『何言ってんの?』と、表情で表しながらピンク色の口から続けて言葉を発す。


「動揺してるとこを観察するに決まってんじゃん。庇うのなんてもったいないじゃん。楽しいところをアーシが潰すみたいで」

「おいおいおいおい」

「でも安心してよ。交番連れていかれるようなら助けるから」

「頼むから最初から助けてくれ。そんなことしたらおまわりさんに迷惑がかかるだろ?」

「という口実で保身に入ってるでしょ」

「それもある」

「にしし、それしかないじゃん。マ、特別に助けたげるから安心してよ」

 完全にからかわれている龍馬だが、そんな会話をする愛羅は八重歯を浮かべているほどに楽しそうだ。


「不安にさせてきたのは愛羅だろうに。職質とか助けないとか」

「それもそうだけど、センパイが堂々としてれば問題ないんだって。別にアーシのママに彼氏を紹介するとかじゃなくて、学園祭の件で助けてくれたことのお礼するだけだし。あ、彼氏として紹介してもいいけど」

「そんな冗談は取り返しがつかなくなるから後悔するぞ?」

『彼氏がいる』と見栄を張り続け、後に引けなくなったのが姫乃なのだ。心当たりがあるからこその注意をする。


「りょーまセンパイこそ後悔しないの? 今ならかぁいいJKを彼女にできるけど」

「何言ってるんだか。契約があるんだからそれ以上の関係にはならないって。ちゃんとそこら辺の線引きをしてるから」

「ふぅん、線引き……ね。じゃあさ、じゃあ——」

「……」

「……」

 ここで愛羅の紡ごうとした言葉が止まった。龍馬が目を合わせればすぐに顔を逸らされる。

「ど、どうしたんだ愛羅?」

「ううん、なんでもない」

「いやいや、今何か口にしようとしただろ絶対」

「してないって!」

 確かに、愛羅はとあることを口に出そうとした。しかし返事、、を聞くのが怖かったのだ。


『——じゃあ、契約が切れたら彼女にしてくれる可能性はあるの?』と。

 それはもう想いを伝えたも同然の言葉。返事次第では関係が一瞬で崩れるかもしれない言葉。

 冷静な状態にある今、そんな賭けに出られる愛羅ではないのだ。


「いや、絶対何か言おうとしてた」

「はぁ……。ただママのいる前でりょーまセンパイをどうからかってやろうかって考えてただけだって」

「ちょ!? こんなに緊張してるのにそれはタチ悪いぞ!?」

「にしし、りょーまセンパイ日頃の行いが悪いからじゃない?」

「品行方正だぞ俺は。ポイ捨てとかもしてないし」

「ポイ捨て以前に品行方正ならこんな契約結んだりしないっしょ」

「……正論言うな」

 頭の回転の早い愛羅はそれっぽいクッションを挟むことで当たり前に誤魔化していたが、『にしし』の笑みはどことなく不器用だった。先ほどの件が引っかかり上手く笑えてはいなかったのだ。


「ねえりょーまセンパイ」

「ん?」

「なんかモヤモヤする」

「さっき俺をいじめたからだろうな。神様が仕返ししてくれたんだろう」

「はいはい。それならりょーまセンパイはもう事故るくらいあるよ? 罪作りなオトコとして」

「なんだよそれ」

「マ、いずれわかると思うけどねー。……でびるちゃんですら落としてるくせに」

 後ろの言葉は口パクのレベルだ。龍馬に聞こえるはずもなく、気づかれるはずもない。

 そんなことがありながら歩道を進むこと15分。


 入り口に車を収納するシャッターゲートがあり、自然石の張材塀で囲まれた大きな一軒家。そんな高級住宅にたどり着く。ここは愛羅の自宅だ。


「や、やばい。いよいよだ……」

「いよいよだんねぇ」

 シャッターゲートの隣にある黒色の門を手慣れたように開ける愛羅は、龍馬を招き入れて玄関扉まで案内する。


「あ、一つだけりょーまセンパイに注意させてよ」

「な、なんだよこの状況で……」

「アーシのママってかなりの美人だから狙わないでよ? それ約束ね」

「ばっ! 愛羅のお父さんもいるのにそんな真似するか!」

「にしし、それならいいんだけどね? じゃ、玄関開けるから」

「す、少し待ってくれ愛羅。俺に深呼吸をさせてく——」

「どーん!」

 可愛らしい声とは裏腹に、愛羅の取った行動は実に残酷である。心を落ち着かせようと深呼吸をしようとした龍馬を阻止するように玄関扉を引いたのだ。


「んっ!?」

「ママー! りょーまセンパイ連れてきたよーっ!」

 途端、玄関から大声をあげて母親を呼ぶ愛羅は白い歯を見せてニンマリとしてやったりの顔を作る。完全な意地悪を遂行したのだ。


「えっ、ちょ、早ッ!?」

「3、2、1——」

 そのカウントダウンは正確だった。

 リビングと廊下を繋ぐ扉が開かれ——エプロンをした女性が現れる。


「あ、あらぁ〜! 2人ともおかえりなさ〜い」

 そして、ほわほわとした口調でホコリ取りのスリッパを履いたまま、茶髪のポニーテール、そして胸を揺らして駆けてくる。

 色白の肌。愛羅と同じ翡翠色で、柔らかい瞳。口元には小さなほくろが一つ。小顔でエプロン越しでも分かるスタイルの良さ。

 落ち着きがあり、それでいて扇情的な雰囲気を纏っている愛羅の母親だった。


「ふふふっ、どうも初めまして龍馬さん。お会いできて光栄です」

「は、はじめまして……。こ、こちらこそです」

 丁寧に頭を下げられ、龍馬も挨拶を交わす。

 流石は社長の奥さんといったところだろうか、その綺麗な動作に見惚れてしまうほど。


 この日、愛羅の母親と初めて対面を果たしたのだ。

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