第140話 一室とご飯
挨拶を交わし、リビングに案内された龍馬だがすぐに呆気に取られてしまう。
首を左右に見渡してしまうほど広すぎる一室。ワックスが塗られた光沢のある黒茶のフローリング。壁の一面は複数色のレンガ壁になっており、白絨毯の上には厚みのあるソファーが4つ。長方形をしたガラス張りテーブルの側面を囲むように並べられている。
部屋の端には二階に繋がる螺旋階段も備えられ、背丈のある観葉植物も置かれている。
薄明かりにアロマが焚かれた落ち着きのある立派な部屋に目を大きくさ背続ける龍馬だが、愛羅のこの声で我に返る。
「って、ママ張り切りすぎだって! 3人でこの量はやばいでしょ!」
「そう〜? 少ないかなぁって思って」
「少ないかなぁじゃないって! 見ればわかるでしょ! りょーまセンパイが無理するじゃんっ!」
「あ、あはは……」
愛羅は人差し指で差しながら声を上げている。その先にあるのはガラス張りのテーブルの置かれている料理だ。
まだ出来たてなのだろう、チキン南蛮、豚の生姜焼き、アスパラのベーコン巻き、グラタン、冬野菜の揚げ物、ほうれん草のおひたしに生ハムのサラダ。
品数ならまだしも、3人で食べるにはあまりにも多い量が並べられている。
あとはここに白米も追加されるだろう。正直、これは龍馬も苦笑いするしかない量だ。
「でも〜、愛羅ちゃんがたくさん食べることを考えての量でもあるのよ? 少量だったら愛羅ちゃんが全部独り占めするもの」
「そ、そんな食い意地張ってないんだけどっ!」
「ふふっ、ですので龍馬さんも遠慮をせずに食べてくださいね? なんせこんなにたくさん作っていますから」
「あっ、はい。ありがとうございます」
分量が少なければ少ないだけ周りに行き渡っているか気を遣う。遠慮もする。口には出していないが、その2点をしっかりと対策してくれている愛羅ママなのだ。
「あんまり無理しないでいいかんね、りょーまセンパイ。罰ゲームってレベルの量作ってることに違いないんだから」
「でも……今回は食べる量、愛羅に負けないかもしれない」
「お、言ったね? 食べ放題の時にアーシの食べっぷり見てるはずだけど?」
「だって見てみろ。お世辞抜きで美味しそうなんだって」
高級感漂う室内も関係してるだろう、値の張るレストランで食事をするような雰囲気が漂っている。
「ふふっ、ありがとうございます。では冷める前に食べてしまいましょうか」
「じゃあアーシお箸とか持ってくる! あとご飯も!」
「俺も何か手伝うよ。何もしないのは心苦しいし」
「んー、それじゃありょーまセンパイは座っててよ。そこのソファーに」
「え!? それだと何も手伝えないんだけど……」
「そうですね〜、お姉さんを見せたい愛羅ちゃんなのでお言葉に甘えてくださいませんか? 龍馬さん」
「なっ!? 別にそんなんじゃないんだけどっ!」
「あははっ、そういうことでしたか。それではその通りにさせていただきます」
「だ、だから違うって!! マジで勘違いすんなし!」
大きな瞳を何度もまばたきをさせて落ち着きを無くす愛羅。さすがは母親だろう、ほわほわしていながらも娘の胸中をしっかり見抜いているのだから。
「ふふっ、準備は愛羅ちゃんに任せて……龍馬さんは私とお話しをしておきましょうか。お互いに手持ち無沙汰になりましたので」
「あははっ、そうですね」
「ちょ、それずるいってママ! ママは手伝ってよっ!」
幼き頃には母親を亡くした龍馬なのだ。このような家族の輪に入るのは言葉にできないほどに好ましかった。
そんな優しい空間で昼ご飯を囲むことになる。
****
「お、おいおいおいおい! なんだその量!?」
「にしし、さっきアーシをからかったお返しだし。りょーまセンパイはバイト終わりでもあるから拒否権なーし」
「あらまぁ〜……」
龍馬の目の前に置かれるのは盛り盛りに注がれた炊きたての白米である。
こうなったのにも当然のワケがあり——
『アーシがお米注ぐよ。ほら貸して』
と、気の利いた声をかけてくれた愛羅は半ば強引に空の茶碗を奪ったのだ。ふと感じた嫌な予感は当たった。
愛羅はしゃもじを使い、お米を盛り続けたのだ。結果、お茶碗の中に山ができてしまったわけである。
「ぼけーってしてるけど、ママもおんなじ量を注ぐかんね。アーシをからかってきたから」
「それでいいけど……食べられなかったら残りは愛羅ちゃんが食べるのよ? 捨てるのはもったいないもの」
「そ、それはずるくない!? 捨てるのはもったいないけど」
「ずるくないわよ〜。だって食べられない量を注ぐ側に責任があるでしょう?」
「……正論じゃん」
愛羅がもったいない精神を持っているのはママの教育にあった。そして、今までの流れを見るに愛羅が絶対に勝てない存在、それが母親なのだろう。ふわふわした性格で抜けているところだらけのように思うが、そんなことはない。
素で接しているののは間違いないのだろうが、ふわふわとした性格と鋭い思考と観察眼が相交わり、能ある鷹は爪を隠す——のようである。
「もし龍馬さんも食べられなくなったら愛羅ちゃんを頼ってくださいね〜?」
「ですね、そうすることにします」
「べ、別にそれでもいいけどりょーまセンパイはイジワルしないでよ? まだ食べられるのにアーシに渡したりさ」
「さすがにそんなことはしないって。ってかできない。愛羅のお母さんがこんなに手の
テーブルに並べられている量を見れば味を確認するまでもない。ここまで力を入れてくれた料理に対してそんな失礼な真似を取るこはできないのだ。
「心配ではありますけどね〜? 龍馬さんのお料理の腕に負けていないか」
「いやぁ、圧勝されてると思います……って、え? あ、あの……ど、どうして俺が料理作ることを知っ——あ、犯人は愛羅か」
深く考えるまでもない。龍馬が料理を嗜んでいることを知っている人物は一人しかいない。
「にしし、料理自慢してくるからママに教えちゃった」
「別に自慢とかしてないんだが!? ただ作ってるって言ったくらいだって」
「そうだっけー?」
完全にしらばっくれている愛羅。
「な、なんかその様子だと良からぬことまで教えてそうだなぁ……愛羅は」
「ふふっ、安心してください龍馬さん。それはもう良いことしか聞いていませんから〜」
「ちょ!?」
「え?」
「愛羅ちゃんはですね〜、にっこりしながら嬉しそうに私に報告してくるんです」
「あの……ちょっとそれ詳しく聞きたいです」
「マ、ママ!? その話はマジでダメだってホント!! そんなことしたらママのこと嫌いになるからっ!」
優勢だった愛羅だが、ママが関わったことで一気に劣勢に変わる。
耳を真っ赤にしながら必死な抵抗を見せているが、それが逆にママのスイッチを押す。
「ふふっ、愛羅ちゃんはですね〜」
それはもう楽しそうな表情でチクリ始めたのだ。
さすがは親子だ——と、この時思う。
愛羅に似たところを見つけた龍馬だったのだ。
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