第141話 愛羅ママの応援

「もうママ、マジでやめてって! もういいでしょそんな褒めてることバラさなくて!!」

「まだまだあるわよ〜?」

「だからもういいんだって! それ以上変なこと言ったらママ追い出すから!」

「それは酷いわよ……。お外は寒いんだから」

「全部言う方が酷いでしょ! じゃあもうこの話は禁止ね、禁止。折衷せっちゅう案ってことで」

「でも〜、私はまだ龍馬さんとお話したいの」

「じゃあ別の話題に変えたらいいじゃん! わざわざアーシの話でしなくていいの!」

「でも……盛り上がるじゃない?」

「アーシが耐えらんないの!」


 ふわふわと要領の掴めない愛羅ママと、ずかずか踏み込んでいく愛羅。険悪な雰囲気はなく、仲の良さをかもし出しながらもお互いが譲ることはない。

 この二人のやり取りは見るだけで面白かった。


「ま、まぁ……いろいろ聞いたので俺はもうお腹いっぱいです」

「あら、そう?」

「ほら! りょーまセンパイもこう言ってるんだからもう終わり!」



 今までの話を簡単にまとめればこうである。


 龍馬のことを嬉しそうに話していたこと。褒めていたこと。……それも、何度も同じ内容のことを。

 家族で食事を食べる時、龍馬がプレゼントしたダンゴムシを近くに置いていたこと。そして、今も大事に扱っていること。

 学校では龍馬のことについてからかわれていること。


 最初微笑ましい話ばかりだった。顔を真っ赤にしながらも照れを隠したいのだろうご飯を口いっぱいに入れていた愛羅。そして、ここぞとばかりにちょっかいを出していた龍馬だったが……このシナリオを描いていたように最後に爆弾を落とした愛羅ママだったのだ。


 最後に言われたのはこれ。

『パパなんかと比べ物になんないかんね、オトコとして』……と愛羅が直接愚痴グチったと。


 次に聞いた話、父親は愛娘の愛羅に男の影を絶対につけたくないマンらしい。

 その結果は言うまでもなく、男である龍馬に真っ黒い敵意を向けているのだと……。

 いつでも襲撃できるように違法スレスレの改造エアガンを用意しているのだと……。


「あの……それでですけど、愛羅のお父さんを止めたりしてくれたりは……?」

「パパは止めてもすぐ動き出すんだって。バカだから」

「ふふっ、嫉妬しちゃって可愛いわよね。昔も今も変わらないのよ」

「あの嫉妬ってどうにかなんないの? 社長してんのにマジで子どもっぽいんだけど……」

「そこがいいところでしょう?」

「ぜんっぜん!」

 思春期に入っている愛羅は父親に対して煙たげである。家に帰れない日が多いからだろうか、帰宅した日にはうざったいほどに可愛がるのだろう。


「あ、あはは……。えっと、さっき気づいたんですけどそれですよね? 例の改造エアガンというのは……」

 食事を共にすること数十分後。緊張もほぐれた頃合いで龍馬は気づいたことがあった。

 窓際のカーテンと同化して立てられていたボルトアクション式のエアガンのスナイパーライフルを……。

 銃口も長く、銃自体もゴツい。両手でなければ持てないだろう見た目をしている。なぜ、この落ち着きのあるリビングにあるのか答えは見えなかった。


「そうなの。お父さんの遺言として置いていてね」

「ゆ、遺言ですか!?」

「ええ、『明日、ぱぱが心臓発作でこの世を去るかもしれない! だからコイツをリビングに置いててくれ〜!』ってお願いをされたの」

「アーシが説明するけど、逝った時にりょーまセンパイをすぐ撃てるようになんだって。霊体で撃つつもりらしいよ」

「な、なにその執念……」

「本当は遺言なんて聞くつもりなかったのだけれど、男の子ってこういうのが好きだから飾ってみたの」

「あ、な、なるほど……です」

 本当に善意なのだろう。にっこりと微笑みながら伝えてくる愛羅ママだ。

 ふわふわしている。愛羅と違って本当にふわふわしている。


「アーシは飾らなくていいって言ったんだよ? でもママが『好きだと思うの〜』って聞かなかったわけ」

「なるほどなぁ……」

 本当に善意だったのだろう。さらに気持ちのいい笑みを見せてくる愛羅ママだった。

 怖さが倍増しているだなんて本音を伝えることはできなかった。


 そうしてさらに数十分が過ぎた頃である。


「あっ、そうそう。龍馬さんに聞きたいことがあったの」

「は、はい? なんですか?」

 グラタンを食べている龍馬に両手を合わせて前置きを作る愛羅ママだった。


「龍馬さんは今、経済系の大学に通っていて、今が大学の2年生だと聞いているのだけれど間違いはないかしら?」

「そうですね、間違いないです」

 突として始まった大学の話である。


「経済関連ってことは計算系は得意なのかしら? たくさんの数字を計算したり」

「人並みに……ですかね。そろばんを習っていたわけじゃないので計算機かPCの表計算を使うことにはなります」

「PCでの文書作成はどうかしら」

「そうですね、こちらも人並みにはできると思います」

「なるほどなるほど〜。となればある程度の資格を持っていそうね?」

「よ、よくわかりましたね!? 文書作成とデータ活用で共に2級を持ってます」

「2級っ。あら、あらら……それは凄いわ……。たくさん勉強しているのね」

「何回か不合格にはなりましたけどね……」

「ふふっ、難しい試験だからしょうがないわよ。一度で合格できる方がおかしいくらいだもの」

「ねえママ、2級ってそんなにヤバいの? マ、あれだけママが驚くってことは相当なんだろうけど……」

『説明をして』と含ませた愛羅に、ママは迷いなく答えた。


「簡単に説明をすると、誰の指示も受けずにこなすことができるレベルね。正確に言えば部門責任者、もしくは部門責任者の補佐ができるくらいの水準に設定されているわ」

「えっマジで!? りょーまセンパイスゴ!」

「大学じゃ1級を取ってる人もいるからまだまだだけどね」

 謙遜をしつつ『どうしてこんなことを聞くのだろうか?』と、当然の疑問が浮かぶ龍馬であるが、その理由はすぐに知ることになる……。


「大学の卒業後になるのだけれど……龍馬さんはどのような企業に就職したいと考えているのか希望を聞かせてもらってもいいかしら」

「そう、ですね……」

 食事を囲んでいる緩い空間だからこそ気づかないことがある。今、まるで面接をされているかのように……。


「生々しいお話になっちゃうんですけど……一番は収入が多い企業で、二番は勤務時間よりも働きやすい環境です」

「ふふふっ、なるほど〜」

 それが愛羅ママ……いや、株式会社ジングウ家具工業、副社長としての最終質問だった。


「それじゃあ本題に入るけれど……龍馬さんの卒業後、私たちの会社に勤めるってのはどうかしら」

「……え?」

「高年収に管理された勤務時間、働きやすい環境。全てを保証するわ」

「マ、ママ!? りょーまセンパイ雇うつもりなの!?」

「ふふっ。こんなに真面目な方なら今すぐにでもほしい人材よ」

「…………」

 

 龍馬は唖然としたまま顔を硬直させる。それほどに予想もしていなかった提案だったのだ。


「さて、この条件でどうかしら龍馬さん」

 そして、その緊張を解くように愛羅ママは優しく微笑んだ。


『今すぐにでもほしい人材』その言葉に嘘は入っていない。しかし、隠しているものはあった。

 それは自身の持つ会社に勤めさせることで強い関係を結ばせること……。

 いい仕事環境であればあるだけ切れることはなく、愛羅との関係、、、、、、も繋ぎ止めることができる。


 一切口にはしないが、愛羅ママはしっかりと応援しているのだ。

 愛娘の——恋心を。

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