第126話 愛羅と得する龍馬

「おっ、来た来た」

 時刻は22時10分。

 バイトが終わり外へ出てきた龍馬を視界に入れた愛羅はローファーを鳴らしながら駆け寄っていた。


「ごめん。ちょっと待たせたな」

「10分とか待ったうちに入らないって。それよりもはい、バイトお疲れさま」

「お、おう……」

 エメラルドのような瞳を緩やかにして愛羅が渡したのはまだ温かいペットボトルのお茶。

 自動販売機で買ってきたのであろう物に龍馬は口を丸くさせていた。


「どしたのその反応。驚いてるけど」

「いや、こんな労いしてくれるとは思わなかったからさ。まだ温かいし俺のバイトが終わる頃合いを見て買ってきてくれたってことだろ……?」

「マ、そんなトコだね」

「突然こんなことされると怪しく感じるんだが……毒物とか入れちゃいないよな」

 もちろん本気で言っているわけじゃない。嬉しさを隠すための軽口だ。


「ねー、その疑い方は傷つくんだけど! 毒物とか入ってるわけないじゃん」

「だよな……。すまん」

「マ、惚れ薬は入ってるんだけど。2980円の」

「へぇ……は? うっそだろ!?」


 本気トーンで、なおかつ真顔で言ってくる愛羅に労いの嬉しさが一気に吹き飛ぶ。

 警戒が上塗りされる龍馬は確認のためににキャップ口を回す——と同時にカチャカチャと未開栓特有の音が鳴る。

「……」

 温かいお茶を持ちながら冷めた顔で愛羅を見つめる龍馬。愛羅の冗談だったと判断するには十分だ。


「もういい。ほら、愛羅の家行くぞ。今日も外冷えてるし」

「はーい」

 バイト先で立ち止まるのはここまで。温かいお茶の口をつけた龍馬は愛羅を送り届けるために自宅に向けて足を進め出す。


「にしし、ちょっとは信じたでしょ。惚れ薬」

「まだ続けるのかよその話……」

「続ける続ける」

「まぁ、2980円とか値段刻まれたら信憑性増すだろ……。って言うかお茶のお礼言うタイミングがなくなったんだが」

「お礼なんかイイって。りょーまセンパイはアーシをうちまで送ってくれるんだし……。でも、ぶっちゃけ飲み物あげるくらいじゃ釣り合い取れてないよね。コンビニで何か買う? 奢るけど」

「あのなぁ、前も言ったと思うけどお礼目的でしてるわけじゃないんだって」

「そ、それは分かってるって! でもなんかアレじゃん? モヤモヤする的な」

「一人でモヤモヤしとけ。釣り合いを取るためとかそんな目的で渡される物は受け取らないからな」


 龍馬が頑なになる一番の理由。それは愛羅から一ヶ月契約という名目で15万円を受け取っているから。それ以上の何かを取ろうという思考は持ち合わせていない。

 言い方を変えるなら真意に向き合っているからこそ。


「愛羅は少し勘違いしてないか……? 俺が嫌々付き合ってるって」

「バイトがちょー忙しかった時とかはだりーっとか思ったりするんじゃないの? りょーまセンパイの家って真逆だし」

「逆だって。忙しい時ほど良い気分転換になってるんだよ。愛羅と駄弁りながら帰るのって楽しくないわけじゃないだし」

「そ、そこは『楽しい』ってダイレクトに言って欲しかったんだけど……。アーシめっちゃ喜んでたのに」


 少しどもりながら口を尖らせた愛羅は龍馬の左肩にパンチを喰らわせる。さらにはトンっと軽い体当たり。

 空手をしていた龍馬は体幹がしっかりしている。カウンターをもらったように跳ね返されるのは体の柔らかい愛羅である。


「今日はヤケに攻撃的なんだな? 構ってほしいのか?」

「別にそうじゃないし! りょーまセンパイがイジワルするからだしっ!」

「俺は意地悪だからな」

「もー、開き直るなっての!」

 分かりやすいため息を吐いた直後である。ジト目を作った愛羅は龍馬の服裾をさりげなく握った。


『構ってほしいのか?』という問いに対し、『別にそうじゃないし!』と言った人物とは思えない行動である。


「おい、なんだその掴んでる手。突っ込まれないと思ったら大間違いだぞ」

「りょーまセンパイのイジワルってズルイから仕返ししてるわけ」

「ズルい? ムカつくとかじゃなくて?」

 愛羅のアタックに動揺を隠せているのは代行バイトのおかげだろう。異性との触れ合いに慣れている龍馬ではないのだ。


「な、なんか……りょーまセンパイってイジワルしてもイイトコとイジワルしたらいけないトコ見極めてるでしょ? それって出来る人少ないし」

「見極めてるって言い方はかなり大袈裟だと思うぞ? なんとなくって言い方の方が正しいな」

「でもそれが全部当たってるからズルイって感じるわけ。だって、この手を振り払ってもイイのにそうしなかったでしょ? アーシ振り払って欲しくなかったもん。イジワルだったとしてもさ」


 裾を掴んでいる手を上下左右に動かして『この手』を強調する愛羅。


「それは褒めてる……のか?」

「褒めてないって言ったら振り払われるだろうから褒めてるって言っとく。気持ち的には通常の2倍くらい」

「それ言ったら意味ないと思うんだが……そりゃどーもって言っとく」

「今なら特別にアーシの手を握ってもイイ券あげるけど……する? もう夜も遅いし誰も見られないしさ」

「ほらよ。俺には遠慮しなくていいぞ」

「ん、え……? 何これ」


 気遣いの長けた龍馬だからこそ、愛羅の発言に勘違いをする。龍馬が渡したのはホットのお茶である。


「俺の手を握るよりもこのお茶を握った方が暖が取れるだろうしな。変に気を遣うなって」

「はぁー……。これだからりょーまセンパイはバカって言われるんだし。ふつーの人なら気付くでしょマジでぇ……。結構勇気振り絞ったんだけど!」

「な、なんだよ」

「べ、別になんでもないし……。とりあえずお茶あんがと。受け取っとく」

「元々は愛羅のだからなぁ、それ」


 予想もしてなかったアクションを取られる愛羅は呆れながらも少し嬉しそうにお茶を受け取った。

 その人らしいこと、、、、、、、、を体感するのは微笑ましくなるのもでもある。気になっている相手ならば特にだ。


「りょーまセンパイ、このお茶もらっていい? 渡しておいてこんなこと言うのもなんだけどさ」

「それ俺の飲みかけだから汚いって。ほら、目の前自販機あるし代わりに俺が奢るよ」

「それだと労った意味無くなるから……あ! アーシがもう一個りょーまセンパイの買うってのでどお?」

「何言ってるんだよ。それだと愛羅のお茶の方が少なくなるだろ? 温かさも違うだろうし、損得が発生するだろ」

「今はこのくらいの量がちょーどイイんだよね、アーシ。ただ喉を潤す的な感じだし。残すのももったいないし……だからさっ、お願い」


 急にこんなことを言う愛羅にはちゃんとした目的がある。それは分量や温かさ、もったいないとかではない。

 全てそれらしい理由を言っているだけ。

 

「まぁ、そこまで言うならそれでいいけど。めっちゃ小さいこと言うけど得するの俺だし」

「じゃあこのお茶はアーシのになるからねっ!?」

「その代わり俺の奢ってくれよ、もう一個」

「うん! やったっ!」

「そ、そんなにお茶飲みたかったのか? なんか嬉しそうだけど」

「贅沢言うならココア」

「……はいはい」


 そうして自動販売機と面合わせるする二人。

 果たして本当に特をしたのは龍馬なのだろうか。喫茶店でした姫乃と同じ行動を取る愛羅であった……。

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