第125話 賢い愛羅とナマゾー
「ねー、りょーまセンパイ見てこれ! ナマゾーって言うんだけどちょーカワイイでしょ」
龍馬のバイト先である書店。
相変わらずの愛羅は話題を尽かすこともなく龍馬に絡んでいた。
そんな元気有り余った愛羅が手に持っているのは二次元っぽい金色のナマズに大きな白髭が蓄えられた意味分からない生物ストラップである。
「どお? 良いでしょ!」
八重歯が見せた笑顔を浮かべる愛羅に龍馬は一言。
「全っ然」
「本気でぶった斬ってきたし……。このキャラ考えた人が可哀想じゃん」
「事実だからしょうがないだろ。ってかこれどこで買ってきたんだよ。なかなか見ないけど」
愛羅の手からストラップを受け取り、まじまじと観察しながらの質問。
「友達からゲーセンに誘われてさ、その時にちっちゃなクレーンゲームで取ってきたの。ちょー楽しかった」
「そりゃあ良かったな」
「りょーまセンパイがガチャポンで選んでくれた巨大ダンゴムシのおかげだかんね? ゲーセンに行った友達はそこから繋がったって感じだからさ」
「愛羅のコミュ力があってこそだと思うけど……嬉しい報告だな。これからも大事にしてくれよ。俺の500円がかかってるんだから」
「当たり前だっての! ってか最後の言わなかったらカッコよかったのに」
「別にカッコつけるために愛羅に渡した物じゃないからな。それ以外に理由があったからだし」
「そ、そうだねっ。そうだったそうだった」
何か思うところがあったのだろう。はにかんだ愛羅にナマゾーストラップを返す龍馬。その時に指先が触れる。
「あ、ごめん。爪当たっちゃった」
「痛くもなかったし平気だって。……あ、ネイル変えたんだな」
「ゲーセンの帰りにみんなで寄ってね。12月に入ったから雪をイメージして塗ってもらったの。ネイリストさんがめっちゃ上手なの。ほら見て!」
きめ細やかな手の甲を表にして自信ありげにネイルを見せてくる愛羅。
白と青がベースで左右の爪には一つずつ雪だるまが描かれている。女子っぽさが溢れたネイルだった。
「ほぅ……」
「感想は?」
「……意地でも似合ってるって言わせる気だな、愛羅」
「褒められるのって嬉しーもん。ねっ、褒めてよ」
何事にも大人の思考が出来る愛羅だが、こう言ったことは年相応で素直な面が現れる。心惹かれるようなギャップだ。
「似合ってるよ。そのナマゾーよりは普通に可愛いし」
「うんっ、あんがと。……あっ! ちなみにゲーセンに行った友達は女子だから。男子はいないかんね」
「別に付け加えるような情報じゃないって」
「ちょっとは気になってたっしょ? ちょっとはくらいは」
「まぁ、気になってないって言ったら嘘になるけど」
「そっかそっか、にしし」
「その笑い方どうにかしろ」
肯定すれば愛羅の顔はからかいたげだ。さっきの『褒めて!』なんて表情は上塗りされている。妙な恥ずかしさが襲ってくる龍馬だ。
「あともう一つ言わせてもらうけど、その格好をどうにかしてくれよ」
「え? そう言われてもこれガッコの制服なんだけど」
「そう言う意味じゃなくてココ。身なりはちゃんと整えてくれ。目のやり場に困るだろ」
龍馬は自身の胸元に人差し指を当てて場所を示す。愛羅に顔を合わせれば合わせるだけ小麦色の谷間が見え隠れしているのだ。
「あー、これワザとワザと。ちょっとオンナらしさを出したくってさ」
「別にそんなことしなくても女子らしさは出てるって、愛羅は」
「でもさ、オトコってこんなファッション好きでしょ?」
「俺は別に好きなわけじゃないけどな。本気で」
「えっ、ちょマジ!? そ、それじゃ意味な……ってなんで!? 理由教えてよ」
何かを言いかけた愛羅は、輝く翡翠の瞳を皿のように大きくして聞いてくる。それも勢いに余って前傾姿勢で。
その動きが胸元をさらに見えさせていることに気づいていない様子だ。
「そりゃあ知り合いがそんな目で見られたりするのは嫌だからだよ。人のファッションに口をツッコむのは野暮だけど、そんな格好だと絡まれる可能性も高まるし」
「ふーん」
「なんだよその返事」
「りょーまセンパイって結構独占欲強いんだ? ……嬉しいかも」
「茶化すな。真面目に言ってるんだから」
「別に茶化してなんかないって! アーシもりょーまセンパイがそんな目で見られてたらヤだしさ……?」
人に心配されることが嬉しいのだろう。感情を隠しきれていない愛羅は目を逸らすように売り物の本を流し見る。
そして、胸元のボタンを両手で閉じてもいた。
「この店なら客層は落ち着いてるから着崩しても問題はないと思うけど、ゲーセンとかは陽気な客が多いんだから気をつけてくれ。絡まれてからじゃ遅いんだからさ」
「その点はだいじょーぶ。アーシだってバカじゃないし」
「いや、そう言われても説得力ないって」
「ココに来てから着崩したって言っても?」
「は、はあ!?」
『なんでそんなことするんだよ』とテンプレートのツッコミが入る前に、悪戯っ子の笑顔を作りながらピンク色の舌を出す。
「からかってやろーっても思ってね。昨日はりょーまセンパイ元気なかったし、これでちょっとはマシになるかなって。なんか漫画とかで流行ってるでしょ? そんな展開。アーシって尽くすタイプだし」
「大切な体使ってそんなことするのは間違ってるけどな。それに俺はもう元気だ」
「アーシが顔出しに来たおかげで?」
「言っとけ言っとけ」
「扱いがザツすぎだって!」
投げやりになったような龍馬だが、愛羅が気遣ってくれた行動を取ってくれたのは強く実感していること。
適当にあしらっているのは間違いないが、穏やかな顔つきになっていた。
「マ、別にイイんだけどさ。ギャフンって言わせた時の顔見るの面白くなるし」
「なんか嫌な予感がするんだが……。変なこと企んじゃいないよな?」
「
「おい否定しろ」
その声は、愛羅の右耳から左耳へ突き抜ける。スルースキルを発動させた愛羅は——
「じゃーん!」
ダンゴムシのお返しを龍馬に渡す。
あの二次元のナマズに大きな白髭が蓄えられた意味分からない生物ストラップ、ナマゾーを。
「…………」
「喜んでる喜んでる」
「この真顔を見てそう捉えるのは愛羅だけだろうな。これ愛羅が気に入ってるストラップじゃないのかよ」
「だってアーシ二つ取ってね。これでりょーまセンパイとお揃いっ!」
その言葉を証明するようにもう一個のナマゾーを見せる愛羅は、小さな顔一杯に愛嬌を溢れさせる。
「アーシの気持ちが篭ってるからちゃんと付けてよ? もし何か聞かれたらJKから貰ったって言ってよね」
「こ、この意味のわからないやつをか……」
「JKとお揃いの背徳感凄いっしょ?」
「……まぁ、貰い物は嬉しいよ。どんなものでも」
「お金と比べたらどっちが嬉しい?」
「どっちも一緒だな」
「もー、そこは嘘でも貰い物って言ってよバーカ」
愛羅が龍馬に渡したナマゾー。それはただのストラップではない。
持っている人同士の恋愛運がアップするとも言われ……モチーフになっているナマズは
そう——愛羅は『お揃い』という手を打っただけでなく『このオトコに近づくな』という牽制の意味も込められたストラップだったのだ。
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