第124話 カヤとの対話と今後

「話があるってメール見たよ。まさかこんな早くに決めるなんてね」

「……友達からもアドバイスもらったりしたから」

「それでも二週間、、、くらいはかかるかと思ってた。内容が内容だし」


 自宅。夜飯を囲むカヤは真面目な面持ちで龍馬と対話していた。

 その内容は代行バイトをどうするのか……である。

 リビングにあるテレビは消し、声を遮る物と言えば外を走る自動車くらいだろう。

 張り詰めた空気が充満する中、カヤは表情を変えることなく料理に手をつけている。

 その一方で龍馬は麦茶に口をつけるだけ。とても料理に触れられる精神状態ではない。


 話す側と聞く側。心にゆとりがあるのは間違いなく後者である。


「まぁ決めることに関して早い方が良いんだけどね。アタシの話を聞いて行動に移してくれたってことだし、無許可でしてた分の反省も見られるから」

「……うん」

「でも反省するのは当たり前だから。逆に反抗的な態度を見せようなら家から追い出してたぐらいあるし。……どんな理由で代行のバイトをしてたとしても」

「っ」


 カヤの本気の目は龍馬の肝を冷やす。悪いことをしたと理解しているだけに言い返す言葉はなにもない。


「反省したなら次からちゃんと相談して。本当に取り返しのつかない事態になったらアタシはリョウマを助けられないじゃない。家族としてそれが一番嫌なのよ……」

 10代のうちに両親が先立った家庭。長女であり社会人のカヤは龍馬の保護者に近い立ち位置にいる。

 立派になってほしいとの思いは誰よりも強く、何かあった時には救いたいとの思いも人一倍にある。


「ごめん……」

「謝られても遅いんだけど。リョウマも分かってるでしょうけど」

「……」

「で、それでリョウマはこの先どうするのよ。アタシが聞きたいのはソコなんだけど」


 謝罪の流れを作った後、声色を変えての本題に移る。ここから生まれる圧力は相当なもので、カヤの狙いでもある。

 代行のバイトをしていればコミュニケーション能力も場を言い包める能力も自然と付いてくる。

 パッと出の発言はさせない。考えたことだけを言わせるためのプレッシャー掛けだった。


「考えてきたんでしょ? 早く言って」

「……カヤ姉、やっぱり俺の気持ちは変わらなかった。カヤ姉には悪いと思ってるけどこのバイトは続けるよ」

「ッ! あ、あのねぇ、本当に悪いと思ってるならそうは言えないはずだけど。アタシの気持ちを軽く見ないでよ」

「軽くなんて見てないよ」

「はぁ……」


 無言になった龍馬にカヤはため息を一つ。

 利き手で持っていた箸を置き、会話する姿勢に入ったカヤ。この小さな行動でピリつきが増加する。


「どうしてそこまで意地になるのよ……。トラブルが起こるって分かってるのに続ける理由はなに?」

「……楽しいから続けたいんだよ」

「馬鹿じゃないの? それが先を見据えてないって前に話したよね」


 心配するカヤに対し自分勝手な理由。納得してもらえないのは百も承知。

 だが、こう言う以外にないのだ。このバイトを続ける本当の理由を龍馬は口に出したくないのだから。


「最初は楽しいに決まってるじゃない。異性とデートが出来てお金も貰えて、トラブルも無いに等しいんだから。でも最初だけなんだよ」

 前後に同じ言葉を二回。それほどの強調を見せていた。


「楽しいって理由でアタシが納得するのは一般的なバイトだけ。続ければ続けるだけ負の連鎖が起こるようなリョウマのバイトとは別。そんな甘い考えでどうバイトと向き合っていくつもりなのよ。アタシからすれば向き合うつもりがないって言われてるようなもんだから」

「……向き合い方ならちゃんと考えてる。このバイトを続けたいのは本気なんだ」

「じゃあ聞かせてもらうけど、もし告白されたりしたらどうするのよ。そこまで言うんだから説明出来ないとか言わせないからね」


 サシでの飲みでカヤは聞いているのだ。

 直属の上司である葉月が龍馬に送ったあの暗号、『33322すき』が誑かし目的ではなく本気の内容だったことに……。


 依頼者の一人である葉月の感情を知っているからこそ真剣になる。その時はいつ訪れてもおかしくはない。

 そして、龍馬を想う相手はきっと他にも——。

 カヤがここまで思考を巡らせるのは代行者という立場を理解しているからであり、一番のトラブルになるとの懸念があるから。


「……もし告白された時は断るよ。依頼者に関わらず」

「こ、断るってリョウマの性格じゃどう考えても無理じゃない。相手を傷つけさせたくないからって返事を先伸ばしにして取り返しのつかない状況になるだけ」

「そんなことないから」

「口だけならなんとでも言えるでしょ。バイトを続けたいって思いだけでソコを変われるわけないじゃん」


 人間はそう簡単には変われない。

 龍馬の優しすぎる性格は誇れることだが、同時に不便なことでもある。彼女というような想い人が居なければ告白をスッパリ断れない。これがカヤの考えであったが——

「俺、気になってる人……いるから」

「は、はあぁーっ!?」

 龍馬のカミングアウトで一瞬で崩れ去った。


「だから俺は断れるよ。このバイトを続けるためにはそれくらいの覚悟が必要だと思う。……今までの俺が甘かったよ」

「ほ、本気で言ってる?」

「これだけ迷惑かけたんだから嘘はつかないよ。告白を断ることで指名が外れたり、リアルの関わりが崩れたりするかもだけど……それでも俺は受け入れられるから」


 この瞬間、優位に立つのは龍馬だ。カヤを驚かせたことにより空気がガラっと変わったのだ。


「か、簡単に言い過ぎ。それは告白を断れるって条件があるからでしょ」

「もし断れないようなら俺はこのバイトを辞めるよ。そうじゃなきゃカヤ姉にも示しがつかないから」

「……ッ」

 嘘を言っていないのは明白。それほどに龍馬の顔には決心が見えている。カヤが返せる言葉は大幅に減っていた。


「これならカヤ姉の言うトラブルは抑えられると思う」

「……ちゃんと守れたらの話だけど?」

「絶対に守る。約束するよ」

「……」

「次、何か問題があった時にはちゃんとカヤ姉に相談もする」

「……」

「お願い、カヤ姉」

「あぁー、もう全く……ッ!」

 

 我慢の限界が来たのか眉間にしわを寄せたカヤは天井を見上げた。ちゃんとした考えを導き出した龍馬に押し負けたのだ。


「……リョウマ」

「なに?」

「周りとの関係がギクシャクなっても、変な噂立てられるようになっても、それでも良いの? トラブルはもっとあるんだよ。告白してきた相手に未練が残ってるようならストーカー被害にだって……」

「全部覚悟してるよ」

「か、覚悟って言われても……」


 逸らすことのない龍馬の眼差しを不安そうに見るカヤ。

 絶対に引かないなんて意志が瞳に宿っている。この龍馬になったからにはもう敵わない。


「カヤ姉……お願いだから」

「……もー! 分かったよ……。その覚悟が出来てるんならアタシは止めない。ただ、このバイトで悩みごとが出たら必ず相談して。アタシが力になるから」

「うん、ありがとう……」

「はぁー、手のかかる弟は本当に大ッ変なんだから」

 それまでにない大きな息を吐いたカヤはテーブルにあるスマホを取って立ち上がった。


「ちょっとアタシは電話かけてくるよ。ちょっと用事入ってた」

「わかった。温め直して待ってる」

「待たなくて良いって!」

「ははっ、じゃあそうするね」


 カヤが電話をかける先は代行会社。龍馬の休止期間を解除の連絡を行うのだ。


「あ、最後に一つだけ教えてよリョウマ」

「なに?」

 玄関に繋がる扉に手をかけたカヤはニンマリと微笑みながら言った。

「リョウマの気になってる人って……誰?」

「そ、それは教えないって!」

「つまんないのー」


 これがカヤが電話する前の会話。

『ガチャン』

 扉を閉めたカヤはスマホを操作しながら玄関に向かう。


「はぁ……。何やってんだかアタシは」

 一人の空間。それは独り言。


(楽しいからって馬鹿言わないでよ……。アタシを楽させたいからバイト続けたいんでしょ……。ちゃんと言ってくれたら言い負かせられたのに……)

 龍馬の優しさはずっと感じていた。最後の押しに負けこのバイトを許してしまったのがカヤの後悔。


「あんな顔してくるってズルイよリョウマ……」

 スマホの明かりに照らされる顔はなんとも寂しげであった。



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