第50話 雪也と風子と複雑状況

 火曜日の昼休憩。

 学生食堂でトンカツを食べている龍馬の親友、雪也は彼女の風子と一緒に過ごしていた。

 今朝からこの大学はとある喧騒が訪れていた。


「ふーちゃん、昨日の聞いた?」

「ち、ちょっと、大学じゃその名前呼ぶの禁止だって。恥ずかしいじゃん……。う、嬉しいから悪くはないけど……」

「恥ずかしがってるふーちゃん可愛かわうぃー」

「ゆっきぶっ飛ばすよ」

「すまん、ちょっと調子乗った」


 風子という彼女と一緒。また、この大学の名物のトンカツが美味しいこともあり、食堂には合わないテンションになっている雪也。


「噂ってあれでしょ? あたしの友達の姫乃っちがゆっきよりもカッコい〜カレシと帰ってたってやつ」

「おい余計なもんが入ってんぞ」

「ぜんっぜん余計じゃないし。数日間も一緒に帰ってくれなかったじゃん。文句くらい言わせて」


 風子は焼き魚の背骨を綺麗に取りながら、ふん! と鼻息を荒くした。

 彼氏と一緒に帰れないというのは、彼女として不満が溜まることの一つである。

 もしかして別の女と帰っているんじゃないか? なんて不安も募る。良いことなんて何もない。


「そりゃ悪いけどバイト連チャンだったんだよ」

「しょうがないから許すけど、アイス1個だから」

「この寒い時期にアイス食べんのか?」

「こたつで食べるアイスは格別なの」


 風子は甘いもの、アイスが大好物だ。

 こうした話題になれば風子はすぐ快活になる。彼女の生き生きした顔は雪也にとっては嬉しくもあり微笑ましくもある。


「しょうがねぇからハーゲンダッツ奢ってやるよ」

「おおー! 二個で!」

「ふざけんな一個だ!」


 コンビニでハーゲンダッツを買えば1カップ300円もする。

 それが2カップになれば600円だ。

 差し入れ等なら躊躇なく出す金額だが、この場合は雪也の反応は正しい。


「ってかさ、ロリリンに一体何があったんだろうな。彼氏に興味がねぇ! で有名だからオレびっくりしたんだぜ?」

「お? 情報通のゆっきが知らないのって珍しいじゃん」

「ふーちゃんは知ってんのか?」

「そりゃあ姫乃っちの友達だからさ。気になる?」

「当たり前だ」


 彼氏に興味ないと公言していた姫乃が、昨日彼氏と帰っていた事実。

 直接的な関わりがない雪也だが、どんな心境があったのか当然気になること。


「ハーゲンダッツもう一個追加行っちゃえばあたしの硬い口が開くかも?」

「クッソ、結局二個になる運命なのかよ……」

「あと、一緒にお買い物をする! も追加で」

「分かった分かった。二個奢るから教えてくれ」

「っし! 言質取ったからねー!」

 風子は今までにないくらいに顔をニヤニヤさせていた。

 高級アイスを二個も獲得しただけでなく、雪也とコンビニデートも出来るのだ。風子にとっては後者が何よりも嬉しいことである。


「じゃあアイス確定! ってことで話すけど、『カレシに興味がない』って姫乃っちが言ってた理由は元々彼氏がいたからなんだよねー!」

「はぁ!? それマジかよ!?」


 風子は真実を知らないのだ。姫乃はただ見栄を張っているだけだと。

 彼氏など存在しない。ただ、お金の関係でそうなっていることを。


「だからね、他の男から言い寄られないようにするための口実なんだって!」

「なるほどなぁ。まー、あんだけ可愛いなら彼氏いても不思議じゃないわな」

「あたしと姫乃っちどっちが可愛い?」


 雪也の彼女、風子は聞く。——微笑んでいるのだが、目に殺気がこもった顔で。


「そりゃお前だよ。ロリリンて答えた日にはオレは墓場直行だ」

「良い判断だねぇ」

 ここまでの軽口を言い合えるのがこの二人なのだが、内心の雪也はビクビクである。


「だがまー、ロリリンの彼氏は大胆だよな。この大学に乗り込んでくるんだからよ。顔がいいからってちょい調子乗りすぎじゃねぇか?」

「みんな勘違いしてるけど、実際は違うんだよねー。姫乃っちのカレシ、この大学にいるよ」

「はぁ!? 流石に嘘だろそれ。もしそうなら合法ロリン団が泣きながら彼氏んとこにぶん殴り行ってる情報出てるだろうし」


 この大学には二つの同盟派閥が存在している。合法ロリン団とロリリン信仰隊だ。

 この二つを簡単にまとめるならこうだ。

 ——ロリリン信仰隊は遠くからそっと見守る平和主義者。

 ——合法ロリン団は、姫乃を狙おうとする男を狩るガチムチ討伐者。

 性癖がバレてしまうということでどちらも5〜10人ほどの集まりだが、この大学ではなかなかの有名どころである。


「あ、それは大学にいる時には変装してるからだよ」

「変装? ますます気に食わねぇな。目立つ格好したらモテちゃうーってかよ。まーロリリン落としてんだから、実際そうなんだろうが……」

「ゆっきも見たらびっくりするよ。隠と陽を使い分けてるギャップが凄くて」

「ん? ふーちゃんは見たことあんのか? ロリリンの彼氏」

「だから言ったじゃん。ゆっきよりもカッコい〜カレシと帰ってたって」

「あれマジのやつかよクソ!」


 彼女の一番が良いというのは誰にだってある感情。雪也としてはなかなかキツい現実であった。


「でも、あたしはゆっきの方が好きだけど」

「お、おう……。そうじゃなきゃ困る……」


 いきなり大人しくなる雪也は、コップに注いでいた冷水を一気に流し込む。


「うっわー、照れちゃってー!」

「照れてねぇし! で、そのいけすかねぇ奴は一体どこのどいつだ。顔拝みに行ってやる!」

「あははっ、これは予想になるけど……ゆっきの同い年か一つ上の先輩だと思うんだよねぇ。龍馬君って言うんだけど」

「——は?」

 突と言われる聞き慣れた名前。いや、親友の名前に驚きすぎた雪也はこれ以上の反応をすることが出来なかった。

 今、お箸でトンカツを掴んでいたならそのトンカツは重力に従うように落ちていっただろう。


「だから龍馬君って言うの! 長い前髪とメガネが特徴だね! 大学では……陰の呼吸、霧纏かげまとい!」

「ふーちゃんの言ってる意味は何となく分かった」

 あの某漫画、某アニメに影響を受けている風子。最近ハマっているらしい。

 場を盛り上げさせるためにボケてくれたのだろうが、雪也はそれどころじゃない。


「が、学部は分かるか?」

「一回すれ違ったことあるんだけど、ゆっきと一緒だと思うよ? 経済の教科書持ってたから」

「そ、そうか……。そうか……」

 雪也の中で確信が生まれた。生まれてしまった。姫乃の彼氏の存在に。


「ど、どんな状況になってんだこれ……」

「どうしたのゆっき」

「いや、なんでもない……」


 雪也の頭は情報量でいっぱいになっていた。

 龍馬から一度聞いた、恋人代行初めての依頼者の特徴。それは姫乃にそっくりだった。

 この話を整理したのなら、龍馬が初めて恋人代行をした相手が彼氏に興味がないと言っていた姫乃になり、同じ大学同士でマッチングしたことになる。


 こうして整理してもなお、理解が追いつかないのにまさかの付き合っているときた。


「そ、それはどうして分かったんだ?」

「だって、付き合ってるって教えてくれたから」

「そ、そうか……」


 友達にまで付き合っているとのアピール。雪也の中で二人がデキているとの可能性が高まる。


「ふーちゃん」

「どうしたの?」

「とりあえずオレ達はそっとしておこうな。騒がれるは二人にとって嫌なことだろうからよ」

「ゆっきの様子なんだか変だよ……?」

「ん、んなことはねぇよ」


 そうして、豪快にトンカツを口に入れた雪也。

(リョウマのことだからなにかしらの考えがあんだろうし……恋路にツッコミはいれらんねぇし……。オレに相談してくるまで待つのが一番だよな……)


 そうして今はまだ穏便にするだろう方向に舵を切る雪也であった。

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