第49話 龍馬と姫乃sideのメール
「優しい社長さんで助かった……」
テーブルやベッドなどの必要品が揃えられた自室。カーペットにスマホを置く龍馬は安堵の息を吐いていた。
失礼な電話だったにも関わらず、話は穏便に進んだ。怒られることも責められることもなく、優しい対応だった。
あとは姫乃が恋人代行の電話を会社に入れた時に事実確認をするだけ。
これでルールの問題は解消された。
だがしかし、龍馬にはさらなる問題が襲いかかっている。
「お、俺が姫乃にしないとなんだよな……」
龍馬は言ったのだ。
『でびるちゃんの力になれるなら、このくらいはしないと』と。
姫乃の要望に応えようと必死になった龍馬だが、恋人代行会社からのルールの再確認メールのタイミングもあって心に余裕がなかった。
結果、肝心なことが抜けてしまっていた。
——会社からの許可が取れた場合、責任を持って龍馬が遂行しないといけないことに。
『経験はあるの? 平常心で出来るの? ちゃんと満足させられるの?』
電話で話した社長の声が脳内で繰り返される。
「やばいよなぁ……本当」
姫乃は5つの要望を出していた。
壁ドン、頭なで、ハグ、お姫様抱っこ。そして……押し倒し。
最後は論外だ。いくら依頼とは言え限度がある。そこは姫乃に了承してもらうとしても、前の四つはやらなければならないこと。
平常心で……そんな自信は龍馬には無い。経験したことのないものばかりなのだから。
ちゃんと姫乃を満足させられるのか、漫画のための勉強をさせられるのか、その不安で心臓が押し潰されていた。
「って、姫乃は俺にそんなことされて嬉しいのか……? いや、漫画のためにするんだから嬉しいわけないよな……」
一人でそう悟り、悲しくなる龍馬。
いくらメンタルが強い者でもこの現実からは逃避したくなるだろう。
代行者からしたら、依頼者が別の目的のために嫌々しているのと、嬉しくしているのでは気持ちの持ちようが全然違うのだから。
(でもこればかりは仕方ない……)
そんな泣き言は胸の内に留めなければならない。
姫乃が嫌々しているとは言え、要望を叶えることにより龍馬は大きな収入を得ることが出来るのだから。
「あとは姫乃に連絡……だな」
姫乃と一緒に帰っている時に、龍馬は念押しされているのだ。
『電話終わったらメールして』と。
姫乃にとって一番重要なことは、会社の許可を取れたのか、取れなかったのかである。
少しでも早く報告を聞きたいのだろう。
カーペットからスマホを取ってTwit○erアプリを開いた龍馬は、連絡を待っているであろう姫乃にダイレクトメッセージを打ち込こんでいく。
——龍馬は姫乃という後輩を勘違いしている。
嫌いな相手にお金を払うことはしない。
当たり前である。
漫画のレベルアップをさせたいとはいえ、嫌いな相手に頭なでを要求したりはしない。
これも当たり前である。
『電話終わったらメールして』と言ったのは、夜、龍馬とメールのやり取りをしたかったからである。
****
『ぷらぷらぷら』
お気に入りのピンク色のゲーミングチェアに座ってる姫乃。
床につかない足を揺らしながら、シバから送られきたメールに返事を打っていた。
『シバどうだった?』
『会社から許可は取れたよ。あとは代行の電話を会社にする時に事実確認があるらしいから、そこだけお願いね』
『ん、分かった。ありがとう』
シバとのメール。おうちからするのは今日が初めて。
姫乃の太ももには、もう一つお気に入りの120cmサイズのシャチの巨大ぬいぐるみを置いてる。
このシャチの巨大ぬいぐるみは姫乃が寝る時の抱き枕になる。椅子に座っている時は姫乃のお腹から太ももを温めてくれる。
何ヶ月も使っているから、綿が
シバにちょうだいって言われてもあげない。
『シバ、会社から何か言われた?』
『そりゃもういっぱい』
『酷いこと、言われた?』
姫乃はドキッとしながらすぐ文字を打つ。
シバは大丈夫かな。悪いこと言われてないかな。心配の気持ちになって。
『それが生意気言ってるんじゃないよ! 立場分かってんのか! みたいな感じのこと』
『ごめんなさい……』
シバからのメッセージを見て姫乃は悲しくなる。
姫乃のわがままでシバは怒られたから。シバは何も悪いことしてないから。
『姫乃のせい。ほんとにごめんなさい』
『まぁ冗談だけどね。穏便に済んだよ』
『ほんとに、冗談?』
シバは優しいから、わざとこうして言ってるかも。
だからもう一回だけ聞く。
『本当に冗談』
『じゃあシバは土下座』
『えっ!?』
『姫乃心配したのに、シバはいじわる。冗談言っていいところじゃない』
姫乃、ほんとに心配したけど、シバが怒られてなかったのが嬉しい。安心した。
でも、なんでシバは姫乃にこんないじわるしてくるのに……楽しくなってくる。また、顔が緩んでくる……。
姫乃、今までこんなことなかったのに、最近は少しおかしい。なんでシバの時だけこうなる……。
『ご、ごめん! 謝る!』
『もうシバを蹴りころす』
姫乃はシバとメール続けたいから、わざとこう送る。
『殺』って漢字はイヤだから、ひらがなで打って。
なにも怒ってないけど、こんなのを送ったらシバが構ってくれること分かってるから。
『ちょ二股するぐらい酷いレベルだった!?』
『ん、そのくらい酷い』
『えっと、どうすれば怒りを鎮めてくれる?』
『シバは大人しく姫乃にやられてたらいい』
『
『姫乃、絶対ころすマンになった』
姫乃の力じゃそんなの無理なのにちゃんと乗ってくれる。そんなところ少し嬉しい……。
『因みに……どうやって俺を蹴り殺すの?』
『言葉通りいっぱい蹴ってみる』
『ほぉ……その後は?』
『踏む』
漫画でもこんな展開がいっぱいある。身体に一番効く順番でもあるんだと思う。
『姫乃が踏んだら相手はマッサージになりそうだね』
『どうして』
『姫乃は軽いから』
『痛いとこ踏む』
『そ、そこは本当に考え直した方がいいよ? 小さな力でも悶絶するからさ……』
『姫乃そんなところ考えてないっ』
シバがバカなこと言う。いきなり言う……。
姫乃、怪獣のところなんか考えてなかったのに。
うぅ、顔が熱くなってきた……。
『えっ、違うところ考えてた!? 本当それはごめん!』
『シバ、姫乃にセクハラした』
『いや、そんなつもりないんだって!』
『でも、セクハラしたの間違いない』
『そこはごめん。本当にごめん』
『シバにバツ与える』
姫乃にセクハラした責任はちゃんと取ってもらう。
シバが怪獣のこと言うから、身体も熱くなってきてる……。
全部シバのせい……。
『罰……? え、なに?』
『姫乃、明後日シバに依頼する』
『明後日!? き、急だね』
『ん、バツだから』
『水曜日は予定ないからいいけど……その、漫画のための勉強はどこでするつもりなの? あんなのは人前じゃできないよね?』
『姫乃のおうちでする』
『えっ!? 姫乃の家!?』
『ん』
壁ドンは姫乃が一番体験したい。あと、シバのおっきな手で頭も撫でてほしい……。
こんなの見られるイヤだから、姫乃のおうちが一番。
『そ、それはその……いろいろマズいでしょ』
『なんで』
『いや、何か問題あったりしたらさ』
『シバは姫乃襲う……?』
『いや、そんなことは出来ないけど。お金のこともあるし』
『じゃあ大丈夫』
『大丈夫じゃないよ。友達として言わせてもらうけどそう簡単に男を信用しちゃダメだって。姫乃は一人暮らしなんだから』
『ん』
姫乃は大学生だから、シバに言われなくても分かってる。
もしシバに襲われたら、抵抗できないことも分かってる。
だから——
『武器、用意する』
『本気で家に呼ぶつもりならそうしてほしい。何が起こるか分からないんだから』
『分かった』
シバはやっぱり優しい。自分のこと悪く言ってまで姫乃を注意してくれる。こんな人はあんまりいないと思う……。
だからこそ、姫乃は言われっぱなしはイヤだった。
『でも、シバ』
『ん?』
『姫乃は友達、疑いたくない』
姫乃はシバに本心を送った。
危機管理がない。甘い考え。でも、友達を信用しないのは姫乃がイヤ。
『ま、全くもう』
シバは何も言えないような返信を送ってきた。ちょっと嬉しそうだった。
シバと仲良くなって、友達になって思う。
「シバの彼女……少し、羨ましいな……」
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