第48話 恋人代行会社と覇道の女神

「んーあなどれないねぇ。コレされちゃあ葉月ちゃんの発言に力が出るもんだ」

 その日、恋人代行会社ファルファーレの社長室で千秋は手をあごに当てながら関心の声を漏らしていた。


「何かあったんですか千秋ちあき社長。内線の電話をされていたようですが」

 そして、その社長室にはもう一人の女性がいた。スレンダーで乱れのない服装。赤のメガネを掛け、仕事が出来る雰囲気を纏っている秘書の高橋だ。

 高橋は本社の資料をクリップファイルに閉じており、千秋に提出する予定だったのだ。


「新人クンからの電話」

「新人? あっ! あのベテランキラーの女王から指名依頼をされた方ですか」

「そうそう。やっぱりみんな注目してる?」

「当然ですよ。千秋社長直々の報告でしたから」

「そっかそっか」


 代行者を次々と引退させるというスペックで会社に損害を与え続けたベテランキラーの女王。会社の立場から視点で見ればやりたい放題の葉月を止めた新生の斯波龍馬。

 しかも評価に厳しい葉月が4.8という高得点を渡した新人。

 特に社長からの報告。話題性が出ないはずがない。


「それでどうされたんですか……? 『侮れない』とおっしゃっていましたが」

「その新人クンが正面から門をぶち破ってきてねぇ。『恋人代行のルールを破っても良いですか?』的なことを馬鹿正直に言いやがってきたわけですよこれ」


 少し汚い口調で秘書の高橋に愚痴る千秋だったが、その顔はイキイキとしていた。その報告を聞けたことが嬉しかったように。


「えっ? 昨日送ったばかりですよね。代行時のルール確認メールを。それなのに……ですか?」

「だからこそ侮れないってね。このタイミングで言ってくるのは本当勇気あるよ。依頼者のことをしっかり考えてるってことでもあるけど」

「あの、ルールを破るってどのくらいのレベルなんですか?」


 恋人代行のルールで定められているのは、手を繋ぐこと。腕を組むこと。

 問題の発生を防ぐために、それ以外は認められていない。


「頭を撫でたりとか、壁ドンとか。当たり前だけど粘膜接触をしない行為。依頼者さんがクリエイティブ関係の仕事に携わっているらしくて、実際に経験してお勉強したいんだって」

「なるほど……。それで」

「でもさ、新人クンはお馬鹿さんって言うか、なんか抜けてるんだよねぇ……。少し心配なんだよなぁ」

「抜けている? しっかりと我が社に連絡をしているわけですからワタシはそう思いませんが」


 報告、連絡、相談。ホウレンソウが出来ない人間は会社からの信頼を得られない。問題に発展した時のこと軽視しているわけでもある。


「あー誤解させてごめん。そっちじゃなくて自分自身がって感じ」

「自分自身?」

「なんかさ、人ごとのように報告してきてる感じだったから忠告したんだよね。『その行動をキミがしなくちゃいけないんだよ? ちゃんと満足させられる? 経験はあるの?』って」

「そうなりますよね。依頼者様からの連絡があったからこそ弊社に連絡をしてきたのでしょうし」


「で、そう聞いたら上擦った声で『あっ、そ、そうですよね!? 自分がやらないとなんですよね!?』って反応してくれちゃったわけ」

「ん、はい……? だ、大丈夫なんですかそれは。新人の方には失礼ですが抜けていますね……」

「なんだそりゃって感じだよー」


 社長室で二人、どんよりとした空気が包みこむ。

 若者であるが、ちゃんと会社に連絡を入れる真面目さがあるのにこの様子。

 良い意味でも悪い意味でもギャップに当てられているようだった。


「まあー、抜けるのは仕方ないけど。メールを送ったタイミングがタイミングだったからいろいろ考えて頭がいっぱいになってたんだろうから。……って、苦労するのはここからだよぉ〜斯波龍馬クンは」


 フォローを入れるように今の空気を一掃する千秋。

 そこで出る。新人の斯波龍馬の名が。


「斯波……なんですね、その方のご苗字。……懐かしいです」

「お、高橋ちゃんも覚えてるんだ? 覇道の女神おみながみ、斯波カヤちゃんのこと」

「覚えていますけど……あの、千秋社長のそのネーミングセンスはもう少しどうにかならないものなんですか? 意味合い的には合っていますが」

「ふっふっふ、カッコいいでしょ?」

「…………はい」


 高橋の言い分をプラス思考で捉える千秋。

 キラキラとした瞳でドヤ顔をかましたその圧に負け……しぶしぶ肯定する高橋。


「うちはね、カヤちゃんのことは絶ッッッ対に忘れないよ。この会社を一番に大きくしてくれた、軌道に乗らせてくれた代行者と言っても過言じゃないから」

 千秋は懐かしむように、感謝を気持ちを言葉の端々に含んで目を細める。


「保険もしっかりしてる大手の会社に就職することになったから〜って9ヶ月で辞めちゃったけど、18歳で指名率81%を叩き出した実績はGOZIRAが何十対も合体したような化け物戦闘力値だよ。うちがお願いだから辞めないでって何度も交渉したくらいなんだから。手土産てみあげを持って行ったりして!」

「千秋社長が直々にですか……。それは初耳ですよ。覇道の名の通り、男心をつかむ策略を立ててそのチートのような数字を出していたんですよね?」


「そうそう。他の代行者の参考にしたいからってうちがお金払って教えてもらったけど……もうあれは心理学の世界に入ってたね」

「そこまで言われるとワタシ気になって仕方がないのですが……」


 社長である千秋が代行者に会い、継続の交渉をするという珍事。

 恋人代行会社ファルファーレにどれだけ貢献していたのか、手放したくない気持ちの表れである。


「なんて説明しようかなぁ……。んー、言い方は悪くなるけど、安価なジュースとかとかプレゼントをしれっと奢ったり買ったりすることで投資して、依頼者からリピーターになってもらうための好意と何十倍にもなるお金を得る、みたいな」

「はぁ……。それだけでこの数字はあり得ないと思いますが……」

「だよねぇ。だからその行動に移すまでには、また別の好感度を得るための計算とか行動があったと思うよ。普通なら狙ったように進むわけないけど、カヤちゃんはそれが出来てたわけだし」


 カヤが恋人代行のアルバイトを始めたのは父親が亡くなった時期であり、稼ぎ手がいなくなった時期。

 そして、弟の龍馬を学校に通わせるために、カヤが叶わなかった大学に進学させるためのお金が欲しかった時期でもある。


 だからこそ、カヤは学業を捨てる勢いで必死になって勉強をした。心配をかけないように誰にもバレないように、言わないようにして。

 恋人代行は依頼者に好意を向けてもらい、リピーターになってもらうことでお金を稼ぐことに繋がる。

 若いうちから楽してお金を稼ぐことは出来ないことを知っていたカヤだからこそ、己なりの努力をしていたのだ。


「確か6ヶ月にして月収は30万円を超えてたんじゃないかな」

「30万円……ですか。恐ろしいですね」

「あとはあらかじめリピーターさんに引退することを言っていたんだろうねぇ、最後の1ヶ月は週6で埋まってたし、依頼者さんから引退記念的なお金たくさんもらってたと思うよ? まあー実際は週7全部埋まる数だったんだけど、体壊すからってことでうちが調整したんだよね」

「ぜ、全部ですか!? そ、そんなことが……」


 当然、こんな偉業を達成したのは【覇道の女神おみながみ】一人だけである。


「ルールを破らずにこの結果だからスッゴスゴだよ。カヤちゃんの引退時だけど、こんな素敵な方に出会わせてくれてありがとうってことで会社の仲介料を何倍も入れてくれた依頼者さんもいたくらいだし」

「なんかもう……ドラマですね」

「ホントにね。未だに思うけどあの時の全財産を使ってでもカヤちゃんの引退止めれば良かったよ」


 経営資金は二の次だと言わんばかりの本気の口調だった。

 千秋がこれほどまでに惜しいと感じている人物は、これから現れることはないのかもしれない。

 あるとしても宝くじの一等に当選するほどの確率だろう。


「運命って不思議だねぇ」

「運命……ですか?」

「ウチの会社って斯波って苗字の代行者に救われてるからさ? 軌道に乗らせてくれた斯波カヤちゃんと、ベテランキラーの女王を止めた新人、斯波龍馬クンに」

「なるほど。確かにその通りですね」


 斯波カヤと斯波龍馬。救世主が血の繋がった姉弟きょうだいの関係にあることは知る由もない。


「はぁ……。こんな話をするとカヤちゃんに会いたくなってくるねぇ」

「ワタシもカヤさんに会ってご教授願いたいですね。男を落とす方法を」

「あら? 高橋ちゃんは好きな人いるの?」

「はい、生意気な幼馴染で今になっても落ち着きのない人ですが」

「へえー、もっと詳しく教えてよう!」

「冷やかさないのなら……」

「うん! 大丈夫!」


 そうして秘書、高橋の恋バナに花を咲かせながら一気に温かくなる社長室であった。





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