第51話 戦いの火蓋! 無表情姫乃VS意地龍馬
依頼日当日。水曜日。
大学の講義終了後、すぐに帰宅した姫乃。
現在の時刻は17時。龍馬がこの家にやってくるまであと1時間。
姫乃はテーブルや、キッチンの拭き掃除を始めていた。
床の方のお掃除は頼もしい仲間がいる。自動お掃除機、るんばっば君だ。
るんばっば君は
腰をかがめて掃除をすることがない分、腰の負担が減る。
ハウスダストなどのゴミも吸引し、アレルギー対策になる。
未清掃箇所を学習して効率的に掃除をしてくれる。
人類が生み出した素晴らしいお掃除機。
因みに、るんばっば君は商標ではない。愛着を持った姫乃が一生懸命考えて付けた名前である。
だが、自動お掃除機に名前をつけるのは珍しいことではない。
不思議なことに、自動お掃除機は『買うより飼う感覚』になるのだ。
実際の出来事になるが、自動お掃除機に愛着を持ちすぎたおばあちゃんが
機械であることには違いないが、世の中にはペットのような扱いをされている幸せな自動お掃除機もいることだろう。
『シュッシュ、ふきふき』
そんな有能るんばっば君に負けじと、除菌スプレーを撒いて姫乃は丁寧に拭き取っていく。
部屋が汚いと漫画を描くモチベーションが下がるとの姫乃は、常日頃から人を部屋にあげても問題がないくらいに綺麗にしてある。
それでもさらに掃除をする理由は——1つ。
異性を初めてお家にあげるから。
漫画家の姫乃は男心読者を心を掴むために、その心理を勉強していたりもする。
そこで知った。
男性は自然に『女性=綺麗』なイメージを持っていると。
部屋が汚いというのはそれを崩す。心理的にも受け入れられない部分となり、マイナスのイメージになる……と。
「シバには、引かれたくない……」
ぽつりと呟く姫乃。
姫乃は龍馬のことを好意的に見ている。優しい性格もあるが、一番は姫乃の趣味を理解してくれたから。
姫乃のクローゼットには両手で6つほどのドレスがかけられている。
その中の棚には、ヘッドドレス、彩りの髪飾り、鎖の付いたチョーカー、コウモリの翼が刺繍された長いソックスや、蜘蛛の巣の刺繍が入ったオーバーニーソックス。
玄関にはペタンコ靴、クラシックロリータブーツなど、一般には馴染みのない装飾が施されたアイテムが揃えられている。
もちろんこのファッションが好きで姫乃が揃えたもの。
だが、中学高校の友達には……受け入れてもらえなかったもの。
『その服装で遊び来ないでよ? 周りから見られるしさ』
『それは気持ち悪すぎるよ……。どんな神経してるの?』
『趣味悪いんだけど。流石に引くわぁ』
「……っ」
過去の記憶が蘇る。
一般的な趣味ではない。姫乃がこんなだから悪い……と、仕方がないと割り切っていても悲しかったことが。
お掃除をしていた姫乃の手が止まる。
でも、今になればそんな過去はちっぽけだった。
再び手を動かしながら微笑が浮かぶ。
「シバのおかげ……だよ」
本心で褒めてくれた人がいたから。
ゴシック・アンド・ロリータという珍しいファッションスタイルを、
『似合っている』
『趣味を表に出してる生き方は羨ましいし格好良い』
『外野からは何か言われてるかもしれないけどそんなこと気にするだけ無駄だと思う』
龍馬自身、知ることはないだろう。姫乃の心にここまで刺さっているのだと。
「……早く、来ないかな」
待ち遠しく思っている時に限って時が経つのは遅い。
まだ10分ほどしか経ってない。
るんばっば君もまだ小時間しか稼働していないために元気いっぱいである。
(シバが来たら……してもらえる……)
壁ドン、頭を撫でてくれたり。
漫画の参考になるだけでなく、姫乃が羨ましく思っていたことが。
「姫乃、大丈夫かな……。そんなことシバにされて……」
龍馬は女遊びに完全に慣れている。これが姫乃の見解。
彼氏がいなかった姫乃は当然、男遊びの経験なんてない。あるのは漫画を描くことで妄想を膨らませたくらいだが——今日、現実になってしまう。
(が、頑張る……。顔に出たら……だめ)
姫乃は確信している。顔が赤くなったら熱が出ていると勘違いするだろう龍馬の姿を。
もしそうなれば、漫画の勉強は中止。看病に回るとまで考えが行き着いていた。
「掃除いっぱいする……」
顔に出さない。を目標にした姫乃は最大限の落ち着きを持たせるように無心でお掃除を進めるのであった。
****
「本当にこれをしていいのか……? 嫌われないのか……?」
大学の講義後、依頼時間まで時間のある龍馬は自宅に戻って火曜日に買った少女漫画を読み漁っていた。
読んでみて理解する。主人公はヒロインが照れていても強引に続けたり、言葉攻めにしているような展開が多いということ。
『こんなの、やめて……。恥ずかしいよ……』
と下向くヒロインが言っているのに、
『オレの方を向けよ。ほら』
悪びれることもなく主人公は、ヒロインのあごをクイっとあげて強引に向かせたり——
『あなたなんて嫌いって言ってるでしょ! どっか行って!』
とヒロインが怒っているのに、
『オレはあんたのこといじめたいんだよね』
これまた悪びれるなく主人公は、一歩一歩近づいてヒロインの逃げ場を無くしていったりと。
(いくら何でも意地悪すぎる……。恥ずかしがったり嫌がったりしてるんだから、やめてあげなさい)
なんて龍馬は思っていた。
だが、これは少女漫画。女性向けの漫画である。
男性の龍馬ではツボが違う。共感出来る部分も少ない……。がしかし、壁ドンなどを求めている姫乃にとって一番勉強になる展開とも言えるのだ。
「恐らく……ヒロインが嫌がってるか、嫌がってないかの見極めが大事なんだろうなぁ……。この主人公達、めっちゃ凄いことしてるってことか……」
嫌がってることを続ければ嫌われる。当然のこと。
それなのにヒロインは主人公に好意を持っているということは、ヒロインの欲を叶えているということになる。
龍馬はいい線を突いていた。
「ん……? いや、待て」
そこで問題が発生する。今回の依頼者だからこその問題が。
「姫乃って……表情全然変わらなくないか……。現段階でなんとなく喜んでるか分かるくらいだし、これじゃあ……」
気づいてしまった。最大の危機に。
姫乃は寡黙で表情の変化が乏しすぎる。つまり……嫌がっているのか、嫌がっていないのか分からないということ。
「気づくの遅すぎだろ俺ェ……。打つ手がなくなった……」
勉強した意味が無い……と絶望の淵に立たされた龍馬。
指先に入っていた力が抜け落ち、少女漫画が卓上に落ちる。
『ぱらぱらぱら』
その衝撃で何十ページも漫画が勝手にめくられ——
「ん!?」
龍馬は目を見開いた。
偶然の産物。そこにはとある展開が描かれていた。
『お前のバケの顔、ぜってぇ剥いでやるよ』
『化けの皮じゃないし。先輩には出来っこない』
目つきの悪いヤンキー主人公が、一切表情を変えないヒロインに対しそう宣言している描写が。
「そ、そうか。姫乃の無表情を破れば……」
さっき読んだ少女漫画のヒロインのような表情が見られる。感情が読みやすくなる。
龍馬に突破口が生まれた。
「そうとなれば残りの時間、もっと……」
龍馬は必死になった。血走ったような目で少女漫画を読み進めた。
全ては姫乃を満足させて、お金をもらうために。
そうして戦いの火蓋が切られる。
絶対に顔に出さないと決心する姫乃と、姫乃の無表情を破ると決意した龍馬で。
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