第100話 姫乃と喫茶店内

 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。

 端っこの席に座る姫乃は、フォークとナイフを両手に持ったまま小さなお口を一生懸命動かしていた。

 口元に生クリームがついてしまっているが、そんなのをお構いなしにふわふわ生地のパンケーキを頬張っている。


 普段と変わらずの表情ではあるが、光がこもった瞳と食べっぷりがパンケーキの美味しさを物語っていた。


「カノン、あの客あんなに食べられるんだろうか……。無理して食べることがなければいいんだが」

「……た、確かにあの量はお客さん的に多いですよね」


 姫乃を含め客は三人。既に注文された品を提供しているために余裕がある花音とボーイッシュな女性店主は、ちんまりとした姫乃を心配そうに見ていた。

 この喫茶店のパンケーキのボリュームは他と比べて少し大きめ。そんな気持ちになるもの仕方がない。


「水を飲むことなく食べ続けてるが喉に詰まらないのかあれ……」

「なんだか真顔なだけにもう苦しそうにも見えてきますね……」

「……ワタシの心配を消すためにも水、飲んでくれないだろうか」

「が、眼中にもないようですね……」


 背丈の小さいお客さんなのは違いないが、こんな心配をされる年ではない。大学生、、、の姫乃はフルーツをフォークに乗せ、またパクリと食べた。

 口元にはまだ生クリームが付いている。


「ど、どうしましょう。わたしが隣についてた方がいいですか……?」

「ま、迷うところだな……。あの年でこの雰囲気は心細くもあるだろうし……」

「でも、一人がいいって可能性もありますよね……」

「あの無表情はどう頑張っても読めんな……。なんなんだあれは」


 表情から今の心情を読み取ろうと頑張って見る店主だが、姫乃の真顔さに折れてしまう。

 それでも一人の客に対し、ここまで気を配ろうとするこの喫茶店の口コミは4.3。納得の高評価でもある。


「にしてもかなりの落ち着きぶりなんだよなぁ……。そわそわしながら食べててもおかしくないのに」

「珍しいくらいに落ち着いていますよね。ちゃんとこのお店の雰囲気を壊さないようにしているっていうか……」

「テーブルに置いてるあのドデカカバーのスマホもいじってないもんな」

「ですね」

「エライな」

「はい、とっても。ご両親の教えをちゃんと守っているんだと思います」

「ご両親もエライな」

「です」


 花音から見た姫乃は小学生の高学年。店主から見た姫乃は中学校1、2年生。お互いの年齢予想が近いために普通にしていても勝手に評価が上がっていく。


「それにあの子、ハムスターみたいでめちゃめちゃ可愛いな。特にあの真顔むしゃむしゃはずっと見ていられる気がする」

「ですよねっ! 口元にクリームもつけてオシャレしてます」

「あぁ、オシャレだ」


 ツッコミを入れるどころか、花音の意見に乗る店主。

 ノリが良いのは見ての通りだが、口元についたクリームが姫乃と絶妙に似合っているわけでもある。

 そして別のお客さんも姫乃の口元に気づく。口元に手を当て、優しく教えるも——姫乃の反応は無しだ。


「初めて見るお客さんだが、カノンは一体どこから連れてきたんだ? お使いの帰りだっただろう?」

「あっそれはですね、わたしが帰ってきた時にあのお客さんが入り口の前にいらっしゃいまして!」

「入り口……?」

「マスターが作ったパンケーキの張り紙をまじまじと見てたので声をかけさせてもらったんです。それで一緒に入ってきました」

『それはもう凄い眼力で見てたくらいでした……!』

 なんて付け加える花音は具体的にその時の状況を教える。


「そうかそうか! 嬉しいことをしてくれるじゃないか!」

「張り紙を作った甲斐がありましたねっ!」

「あぁ、そうだな」


 花音と店主は嬉笑を浮かべて顔を合わせる。

 姫乃がしていたことは店側にとって大変嬉しいことだ。それでこそ張り紙を作った意味を成すのだから。


「にしてもあの年で1300円のパンケーキを食べに来るとは随分な美食家だな。あの年ならなおさら100円のデザートを13個買った方が有意義に思いそうだが」

「この後はお菓子とかアイスを買いに行くらしいですよ?」

「胸焼けを知らない体……か。羨ましいもんだ」

「えっ、マスターは胸焼けしちゃうんですか?」


 スイーツを作っているのに? との意味合いで疑問符を頭の上に浮かび上がらせる花音。


「生クリームは一撃で気分悪くなるな。だから試食はワタシ以外でやってもらってるわけだ」

「あぁ、だからだったんですね」

「昔のワタシはホイップクリーム一気飲みとか夢のあることしてたんだけどなぁ。今じゃこのザマよ。カノンも早いうちにやっときなさいな」

「ふ、太るので遠慮しておきます……」

「かぁー! 女だねぇ」

「マスターもですよっ!」


 なんて二人で話続けるのもこれで終わりだ。

 キリの良いところというのはお互いが理解している部分である。


「じゃあ、カノンはあの子に一言声をかけてきてくれ。もし大丈夫そうだったらその時はワタシの手伝いに回るように」

「はいっ! わかりました!」


 店長の指示の元、花音はすぐに姫乃のテーブル前に移動して話しかけに行く。

 少し前かがみになってフレンドリーに。


「パンケーキ美味しい? 姫乃ちゃん」

「ん、甘い」

『甘くて美味しい』と言っている。


「お水は飲まなくて大丈夫かな?」

「大丈夫」

「何か困ってることある?」

「ううん。……ありがとう、優しいお姉さん」

「やっ、優しいって……えへへ」


 可愛い姫乃に褒められる花音は、でれっとした顔をしながらポケットからハンカチを取り出した。


「じゃあ少し口元を拭うね〜」

「口?」

「はいっ」

 そして優しく口元のクリームを拭き取る花音。弟の存在があるからこそ、少し世話焼きになってしまうところがある。


「あ、ありがとう……」

「うんっ! どうしたしまして」

 花音は笑顔を見せた後に丁寧にハンカチを折ってポケットに入れる。

 姫乃に使ったハンカチ。——それは母校の学園祭に参加した時に龍馬から渡されたもの。花音は肌身離さず持っていた。

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