第42話 葉月と千秋。龍馬中心の会話②

「リピーターが外れたら〜って簡単に言ってくれてるけど、リピーターになる確率ってホントに低いんだよ? 今のところ新人クンが100%成功してるからってさ」

「彼は例外よ。強い理由があるのでしょうね。金銭欲が誰よりも強いから依頼者が満足するように必死になっていたわ。その頑張りの賜物が今の結果に繋がっているのでしょう」

「なるほどねぇ。葉月ちゃんのの理由は分かったよ」

「……裏ってなによ」


 そう言い当てられた葉月は声を上擦らせないように間を置いて返した。

 上に立つだけあり、顔を見合わせずとも方便、、は簡単に見破られてしまうものだ。


「今のうちに新人クンを抑えておけば不自由なくお出かけ出来るもんね? このまま放っておいて人気が出たら……いや、人気が出るって代行を通して確信に近い思いをしているから社長のウチに釘を刺すんでしょ?」

「……やっぱりバレたわね。こうなるのは予想していたけれど」


 降参と言うように葉月は白状する。


「そのくらい分かる分かる。人気な代行者は依頼しようとした日に別の依頼者とのお出かけが入ってるってのがほとんど。仕事の関係で予定が開く日がランダムの葉月ちゃんにとって最大の痛手になるもんね。でも、方便を使ってまで隠すことコレ? 新人クンが人気になることはまだ分かんないんだし」

「確信してるのよ、私は。もし人気が出なかったらよほど見る目がない依頼者に出会ったってだけね」

「あの葉月じゃんがそこまで言うかぁ」

「彼の金銭欲が続く限り、この意見は変わらないと思うわ」

「ふむふむ、そこが新人クンの強み、第一ってところか」


 金銭欲と言うものは限りなく強い。

 とあるアンケートの集計では、1位に睡眠欲、2位に食欲、3位に金銭欲との結果は出た。


 代表的な三大欲求は『睡眠欲』『食欲』『性欲』だが、このアンケートでは性欲を抑えて金銭欲が上に来たのだ。お金があれば性欲は満たせるという理由も含まれているのだろう。


「まあ葉月ちゃんも分かってると思うけど、その勝手な理由じゃ新人クンが可哀想なんだよね。このアルバイトをするってことはお金が欲しいってことだし、制限しちゃったら稼げるお金も稼げなくなるってことだからさ。金銭欲があるならなおさらじゃない?」

「だから私が払うわ」

「へっ!?」

「彼にはお小遣いを、会社の方には普段よりも多い仲介料を。これだったら問題ないでしょう?」

「いや……え? 確かに葉月ちゃんならお金持ってるし出来るだろうけど……貢いでるのと変わんないよ? 惚れたの?」


 千秋の動揺の声を耳に入れながら葉月は首を振って否定する。


「一回の代行で惚れるわけないでしょう? 私はそんなにチョロくないわよ」

「じゃあどうして?」

「そうね……」


 その問いに目を瞑りながら葉月は熟考し——謎解きのような返事を見出した。


「有意義なワンちゃん。私の大好きなフレンチブルドッグを見つけたってだけよ」

 一番大好きな動物が優しく寄り添ってくれた。慰めてくれた。そのくらいの効果がある代行者を見つけたとの意味を込めて……。

 多忙な葉月は、お世話に手が回らないことからペットを飼っていない。

 もし犬を飼っていたのなら別の表現になっていたことだろう。


「いや、意味分からない……」

「分からなくしたのよ。でも、考えたら分かるのかもしれないわね」

「イジワルだなぁ」

「ふふっ、ごめんなさい」


 葉月は教えるつもりがないのだ。今日の出来事を。

 もしバラしてしまったのなら、頭を撫でられたこと……龍馬がルールを違反したことを口に出してしまう恐れがある。


 代表取締役社長と言うだけあってこの手のことには一番厳しい千秋。依頼者が違反したことを認知して見過ごしていたのなら責任問題に発展する。会社を経営する上で当たり前のこと。


 慎重な葉月だからこそ、小さな可能性を摘むのだ。


「あと、千秋さんにもう一つ言っておくけれど……」

「どうしたの?」

「彼は絶対に悪い女性のカモにされるから先に手を打っておこうと思ったのも身勝手な理由の一つなの。お気に入りだからクビにされないように一応の注意したけれど、あれはダメね。慣れないことをするくらいかなりのお人好しだから」

「違反した報告が入ったらウチの会社としては処理するしかないからねぇ。一応、代行者全員にルールをもう一回送信することにするよ。……で〜、話がちょっと変わるんだけど新人クンの代行評価点数教えてもらえる!? 正直ココ気になってるんだよね。満点の5か! 5なのか!」


 何やら興奮した様子で千秋。というものの、千秋はこの評価得点の時間が大好きなのだ。葉月が龍馬を褒めたことで自信のあるテスト成績が帰ってくる時のような高揚感があるのだろう。


「そうね……。私に世話を焼かせたことでマイナス0.1点。悔しいからマイナス0.1点。計4.8ね」

「だからなにその悔しいって!? 前の依頼者もそうだったけど!?」

「——」

「あれ? おーい」

「——————」

「ん? 葉月ちゃーん。あ、どうしたんだろ」


 いきなり葉月からの声が聞こえなくなる。返答がないことで首を傾けながら千秋は自身のスマホ画面を見た。


「あ……」

 そこには『通話終了』の文字が表示されている。これが返事がなくなった理由である。


「もしかしなくても葉月ちゃんのスマホ、充電切れたっぽいなぁ。今日はお外寒かったし」

 寒い日、スキー場などに行った時、スマホ電池の減りが早くなるというのは都市伝説ではない。

 取り扱い上の注意には、『周囲5℃〜35℃、湿度35%〜85%の範囲内でご使用ください』と書かれている。


 外の寒さに当てられたのだろうとの柔軟な考えをする千秋。


「話の内容……一番気になるところではあったけど、お昼の連絡に期待しよーっと」

 千秋は『睡眠用うどんちゃん』が敷かれたベッドに飛び込み、モッフモフのお布団に入り込む。


 葉月との通話時間を見ながら千秋は思い返していた。


(それにしても……新人クンめっちゃやるじゃんね。あの葉月ちゃんにあそこまで言わすなんて。ナニモンだい? キミは……。いやはや興味深いねぇ)


 そんな疑問と共にこれで葉月のキラーは一時的に終息することになる。

 これで貴重な代行人が減ることもなくなる。


 千秋は賞賛を送るようにパパパチン! との拍手を龍馬に送っていた



 ****



 夜が明け、仕事場のオフィスでは——

「カヤさん、ミサキさんどうしたの? そんなに不思議そうに私の顔を見つめて。お化粧変かしら……?」

「あっ、や……なんでもないですっ! すみません!」

「今日もお綺麗なのでガン見しちゃいました!」


「仕事……しっかりとお願いするわよ?」

「はいっ!」

「了解ですっ!」


 そうして話が終わるも葉月は悩まされ続けていた。

(ずっと意味深な視線を向けられるのだけれど……何かあったのかしら)

 今朝からこの調子である部下のカヤに。そして、その同期のミサキも。


 昨日、Barの帰り現場を見られたことを知るのは後の話である……。

 そして、斯波龍馬がカヤの弟であることも……。

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