第41話 葉月と千秋。龍馬中心の会話①

「あのー! もう日を跨いでるんですけど!? 葉月ちゃんってば社会人だよね、部下持ってるよね!? この時間に電話をかけるのは失礼に当たるってことくらい知ってるよね!?」


 時刻は0時12分。

 恋人代行サービス、ファルファーレ代表取締役社長の千秋ちあきはスマホに向かって説教をしていた。

 電話越しの相手は龍馬との依頼が終わったばかりの葉月である。


「私、千秋ちあきさんのことを親しい友達だと思っているもの。これなら例外でしょう? あと、ごめんなさい」

「はぁ……。その謝罪は一番最初に来るはずなんだけどねぇ……。まあうちが寝るのは1時くらいだから迷惑じゃないけど。葉月ちゃんもソレ分かってて電話してきたんだろうけど」

「本当にごめんなさいね」


 千秋の言う通り、睡眠を取る時間を分かっていたからこそ葉月はこの電話をかけたのだ。やりたい放題の無礼者ではない。


「でもね、葉月ちゃん。寝る前にクレームだけはやめてほしいのだよー。せめて毒抜きしたくらいの文句でお願い」

「……えっ?」

「最近、『睡眠用うどんちゃん』って商品のうどんの掛け布団買って心地の良い眠りが出来てるからさ。キツいクレーム聞いたらそれどころじゃなくなる」

「トップの人間が一人の客に言うことじゃないでしょう……。ネットに晒したら大炎上するわよ?」

「失礼のおあいこってことで許してよ。うちも相手は選んで言ってるから。……で、本題に入るけどどんなクレーム? 新人クンは葉月ちゃんにどんな失礼をしたの?」


 声色はいつも通り。クレーム以外の用件だとは何も疑っていない様子である。


「ずっと思っていたのだけれど、どうしてクレーム前提で話を進めるのよ……千秋さんは」

「葉月ちゃんアレでしょ、代行人がどうだったかの報告をするために電話したんでしょ?」

「そうね、依頼した時間が時間だからこんな遅くになって申し訳ないと思ってるわ」

「そこはもう良いんだけど、葉月ちゃんが代行人の報告を会社に入れてくれるのは毎回翌日だからクレーム以外に考えられないし……。この時間の電話は異例中の異例だし……」


 今までの葉月の行動パターンからそう判断してしまうは無理もない。

 特に葉月は代行会社の中でベテラン殺しキラーの女王とまで呼ばれている。

 その通り名はオーバーな表現でもなく——事実。


「やっぱ新人クンに葉月ちゃん相手は荷が重すぎたかぁ……。中堅が葉月ちゃんに落とされないように渋って新人を紹介したうちの責任だねぇこれ。ホントごめん。仲介手数料と代行中に使ったお金は全部返——」

「——次も彼を指名したいの」

「うんうん。一回目の代行で評価5だったから期待の新人かと思ったんだけどねぇ。やっぱそんな甘いもんじゃな……か、……はあ!?」


 あり得ない葉月の発言に思考が止まる千秋。驚嘆な声が拡声器のように大きくなる。


「はあ? じゃなくって、次も新人の彼を指名するわ。もう別の代行人さんを探さなくて大丈夫よ」

「アハハハッ! 深夜テンションだからって嘘つかなくていいって葉月ちゃん!」

「本気よ。そうでなければ失礼を承知で電話をかけたりしないわ」

「……本気の本気?」

「そうね。おかしなことでは無いでしょう? 私だって一人の女性なのだから、男性を気に入ることくらいあるわ」

「そ、そうだけど……今回の依頼……何があったの? いや、ホントに。初めて、、、、葉月ちゃんがリピーターになるってことだよね。しかも新人クン相手に」


『ペチン!』と頰を叩く音が鳴る。

 千秋は幻聴を聞いているような感覚だったのだ。ベテラン殺しキラーの女王との所以は、リピーターになるような代行者が見つからず次々とベテランを落としていったから。


『ベテランを何度もるあの彼女にはリピーターが見つかることはないだろう』

『貴重な代行者がまた減ったぁぁ……』

『マジでヤバイ! 早く新しい代行者探せ!』


 なんて会社騒動にもなった一番の有名人にストップをかける人物が現れたのだから。まだ依頼を二件しか受けていない新人が。


「彼、今のうちに依頼人数を制限していた方がいいわよ。多忙になって斯波くんが体調を崩す前に。あの子、学生でもあるから」

「いや、ホント何があったの……?」

「ベテランなんか当てにするものじゃないわね。新人さんの中には当たりも外れもある。当たり前のことだけれど良い勉強をさせてもらったわ」

「だから何があったのぉ!?」


 千秋がただ一つ分かっているのは、新人の龍馬が葉月に対し一矢いっしむくいたこと。今までの代行者を超える楽しさ、満足度を与えたということ。


「ふふっ、それを教えるほど私はお人好しじゃないわ。ただ、私は少しでも早く千秋さんに伝えたかったの。リピーターを制限した方が良いってことを。部外者の私が何言ってんだって思うでしょうけれど」

「制限……ねぇ。葉月ちゃんの目を信じてないわけじゃないんだけどさー、それかなりヤバいことだよ? 新人クンをリピーターにしたいって言う依頼者さんの要望が叶えられなくなるってことだし」


「だからあらかじめリピーターを制限すれば良いのよ。今のところ私と最初に彼を利用した女性の二人だけでしょう? あと一人くらいで締め切れば十分だと思うわ。そして、三人の中のリピーターが外れたらまた依頼者とマッチングさせるってのはどうかしら」


 代行会社の経営とは何も関わっていない葉月が、代表取締役社長の千秋相手にここまで意見出来るのはもちろん理由がある。


 会社設立当時、資金を融資してもらったという感謝してもしきれない大きなワケが。

 そのおかげで今、この会社はここまで発展しているわけでもあるのだから。

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