第75話 愛羅と一輝の話し合い
「やっぱりょーまセンパイってモテるんだね……」
愛羅はもう食べ物に手をつけたりしていなかった。つけられる状態になかった。
元気のない顔で、龍馬が座っていた席にいる一輝に顔を合わせていた。
「あれがりょーまセンパイの元カノ……か。しかも一輝のお姉ちゃんだとか……」
「元々の仲は良かったんだけどいろいろ拗れたらしくて。それで今日
「めっちゃ可愛いじゃん一輝のお姉ちゃん。……なんかそんなレベルの土俵に経ってたんだって思うとアーシ自信無くしたっていうか……さ」
学校じゃ明るすぎる愛羅はそこにはいない。龍馬以外で初めてである。顔を
一輝から別れた理由を聞けていないだけに、愛羅にとって元カノという存在は驚異でしかないのだ。
愛羅から見たさっきの光景は、元カノが龍馬になにかしらの想いを抱いていたようなもの。
度がすぎるほどのお節介な龍馬だからこそ、どんな理由があっても見過ごすことができないのは今まで関わってきてわかること。
それだけに愛羅は辛かったのだ。『一緒にいる』約束を破ってあの二人は今何をしているのか……と。
「一輝、アーシ時間空いちゃった……」
「……一緒にいてくれるか?」
「うん。だってりょーまセンパイ戻ってこないと思うから。……なんかアレだね。アーシ、都合の良いオンナでごめん」
「……いや、そんなことないよ」
全て、計画通り。姉の花音を龍馬と接触させたことによって作られた二人の時間。
だが、そこに嬉しいという感情は生まれていなかった。それどころか、一輝は後悔の念を抱きつつあった。
自分勝手な想いで、好きな人の初めて見た暗い表情。それだけ龍馬に想いを寄せているのだと知る。自分のせいで愛羅を悲しませた事実。
それでも、愛羅は必死にいつも通りを振る舞おうとしていて——。
考えればわかることだった。根本的なことを今ようやく理解する。
「一輝、一緒に模擬店回る前にここにあるもの食べてくんない? 焼きそばとかまだ2パックあるしフランクも3つあって。冷める前に食べちゃった方がいいし」
「な、なんでこんな買ってんだ……?」
「りょーまセンパイがアーシにイジワルしてきたから仕返したわけ」
「愛羅
「うん……」
「……」
楽しい会話のはずが全く楽しくない。一輝はそう思っていた。
そして愛羅が大食いであることには気づくはずもない。
このやり取りは、愛羅にとって悲しいものだった。龍馬が本当に離れていくような、そんな気持ちだった。
「ね、一輝。……そこにある食べかけのフランクちょーだい」
「こ、これ? はい」
「あんがと」
一輝から受け取ったフランクは残り三分の一ほど残っている
「なんかさ……ダメだもう。モヤモヤ取れなくてアーシらしくないトコばっかり見せちゃってさ。一輝に気を遣わせてる……」
そう言いながら、愛羅はなんの抵抗を見せることもなく龍馬の残したフランクをぱくりと食べた……。
『一緒にいる』約束を破った罰だ、と言わんげに。心もモヤモヤを少しでも取り除くように。
「……美味しい」
「愛羅……」
「どした?」
「こんなこと言いたくないけど……愛羅はよっぽど龍馬さんのこと好きなんだな……」
一輝は見ている。焼きそばの模擬店前で撮られた愛羅と龍馬のツーショット写真を。あの時の輝いた表情はもう無かった。
愛羅をこうさせたのも、全て一方的な想いから……。
「一輝の前でぶっちゃけるのはアレだけど……うん。ちょー好きなんだと思う。アーシ顔に出るからバレバレってね。りょーまセンパイは鈍いからアレだけど……」
気持ちを打ち明けた愛羅に照れはない。もう過去の想いを語っているようであった。
「龍馬さんはやっぱり優しい……か?」
「お姉ちゃんが元カノだったらさ、一輝もりょーまセンパイのこといろいろ聞いてたりしたんじゃない?」
「まぁ、な。……気持ち悪いくらい優しいとか姉貴照れながら言ってたよ。自慢の彼氏だってのが口癖だったな」
「あー優しいトコはマジ同感。
その流れで愛羅は言った。なんの前触れもなく、唐突に。
「でも……なんかな。アーシはちょっと距離置こっかな。りょーまセンパイと……」
「え……」
——愛羅がこんな発言を。
「りょーまセンパイのコト、好きだからそーいう系の迷惑はかけらんないし……元カノ見てわかるよ。別れた
愛羅と龍馬の関係は特殊。お金を出して契約を交わした仲。これ以上こんなことを続けたら迷惑がかかる。家庭環境がある分、一人で抱え込もうとするのが愛羅の性格。
もうすぐ契約期間も終わる。ちょうど良いタイミングを見つけられたからこそ、龍馬が問題を解決するまでは自ら引くことを選んだ。
好きな人を、龍馬に負担をかけないように。
「アーシが出る幕はないってね……。何度も言うけど、気持ちの押し付けってホント相手に負担かかるから。やっぱ好きな人にはそっち系の迷惑はかけたくない」
「…………愛羅」
説教を受けているようだった。愛羅と一輝の精神年齢が違うことが丸わかりだった。
「ほら、食べよっか! こんな話は終わりっ!」
「……」
愛羅は強かった。龍馬と距離を置くのが辛いはずなのに、八重歯を見せた笑顔を一輝に見せたのだ。
龍馬が食べ残したフランクフルト、その初めての間接キスで堪えたのだ。
「違う、違うんだ……。俺はそんなことさせたかったわけじゃないんだ……」
「えっ?」
そんな破顔させた愛羅を見て一輝は心にハンマーが叩きつけられた……。今していた行動こそ、愛羅を一番に傷つけたのだとわかったのだ。
考えればわかることだが、現実を見てようやく知るというのが若さというものである……。
「愛羅、ごめん……。本当にごめん……」
「な、なにが? 意味わかんないって」
「偶然なんかじゃない……。俺が、俺が仕向けたんだ。姉貴に龍馬さんがいるって。龍馬さんと話し合えって。……最低だよ、俺は……」
「な、何言ってんの? 最低なんかじゃないって。仕向けたとか言ってもお姉ちゃんのためを思って、でしょ? 優しいじゃん一輝は」
行動自体は間違ってはいない。が、一輝は狙いが違うのだ。
「……違うんだよ。俺は、愛羅と龍馬さんを邪魔するために……そんな理由で言ってたんだ……。愛羅と一緒に過ごしたかったから……。俺の気持ちだけ優先させたんだ……」
「は……? な、なに……それ……」
煩悩にまみれた一輝の真相。こうなれば優しくなんてない。
愛羅はかける言葉を見つけられなかった。じわりとした怒りが溢れかける。
「じゃあなに? 一輝はみんなをハメたわけ? 一輝は自分のためにアーシとりょーまセンパイの時間を奪ったってわけ?」
「その、通りだ……」
「ふざっ——くっ……もぉ……!」
そんな愛羅だが、『ふざっけんな!』なんて声をどうにか押しとどめていた。
龍馬がよく言う。『高校生らしくない』『本当に高校生か?』など。年齢を偽っているんじゃないか、なんてことを。
それは愛羅が大人びているから。大人の考えができているから。
一輝があの本音を言う義理はない。もし言わなければ一輝にとっていろいろと融通が利いただろうから。
「……な、なんでアーシにそのコト教えてくれたわけ? そこ聞かないと怒るに怒れないじゃん……」
そこをすぐに見出したことにより愛羅は怒りを抑えた。話をさせるために顔にも態度にも心情は出ていない。そんなところが愛羅の凄いところだ。
「……間違ってるってわかったんだ。愛羅がそんな顔するとは思わなかったんだ……。ただ俺は、少しでも愛羅と過ごしたかっただけなんだ……」
「考えてわかんない? 一輝知ってんじゃん。アーシがりょうまセンパイのこと好きだって……。一緒にいられなくなったら、そこに元カノ出てきたら悲しくもなるって……」
「ごめん。本当にごめん……」
「あーもう、もういいっ。……ハァ、なんだかんだで一輝の気持ちわかんないことないし。りょーまセンパイが今元カノといるって想像したら邪魔したくなる気持ちあるのは否定できないしさ」
一輝はまだまだ思いを伝えきれていない。愛羅はそこも汲み取る。責めたい気持ちを問い
「……ね、一輝。後悔はないの? さっきのコト黙ってたら、そこでアーシを慰めてたら、一輝のこと好きになるかもってのはあったでしょ」
「好きだから……だよ。愛羅のあんな辛そうな顔は見たくなかった……。愛羅が誰にも左右されないで、自分で龍馬さんを諦めた時にアタックするべきだって思った……。言うより、言わない方が後悔するって……」
「アーシがりょーまセンパイから玉砕されるのを一輝は待つってこと? なにそれヤバイじゃん。ってかさっき距離を置くって決めたばっかりなんだけど」
「ごめん……。自分勝手だけど、こんなことしても意味なかった……。こんな手を使って愛羅を諦めさせるのは違う……」
顔を下に背けながらも、責任と向き合うように一輝は逃げなかった。愛羅に嫌われることも覚悟していた。それくらいの内容なのだから。
「じゃあ、応援してくれんの? 一輝は」
「その資格はもうないかもだけど、半分は……。もう半分は——」
好きだからこそ応援している。好きだからこそ別の相手と結ばれて欲しくない。当然の思い。
「言わなくていいって。なんとなく理解したからさ」
愛羅は腕を組んで頭を下に下げた。なにかを熟考していたのだ。
「どうしよっかなぁ。一輝が応援してくれんならさ、アーシもう一回頑張ってみなきゃじゃん……。そうじゃないとさっきの語ってくれた意味ないし」
「……龍馬さん、愛羅のこと迷惑だなんて思ってないよ。そんなことを思う男じゃないから。あの人は」
「なんかわかる気する。マ、これは願望でもあるんだけど」
そう言い終えた愛羅は椅子を引いて立ち上がった。食べ終えたフランクの串を袋の中に入れ、ポキンと折る。
「本当にごめん……。怖いな、恋って……。人を簡単に変えちまう……」
「アハハッ、悟り開いちゃってんじゃん。そんなキャラじゃないって一輝は」
「笑うなよ……。ってか怒れよ」
「褒められた行動じゃないのはわかるけどさ、ってかこれをアーシが言うのは変だけど、好きだからこその行動っしょ? アーシも恋してるし、それは仕方ないのかなってさ」
串を折る。それがスイッチを入れる合図だったのか、愛羅の顔色は格段に良くなる。あのキラキラとしたオーラが出ていた。
「一輝のお姉ちゃんには悪いけど、アーシが頑張って元カノを気にしないくらいにりょーまセンパイを眼中にいれられたらいい話だもんね」
「姉貴、結構レベル高いんだからな?」
「ハードルって超えるためにあるんだし。越えるために応援だってあるんだし」
食べ終わったゴミをまとめながら愛羅らしい発言が出た。もう完全に立ち直っている。
「行くのか?」
「ん、りょーまセンパイ奪還してくる。あとお姉ちゃんにチクってやる。一輝はアーシを応援してるんだってね」
「ちょ、それやめてくれよ。俺の立ち位置が一番アレなんだから」
「苦労すんね。だからそこのテーブルにあるの全部あげる。それで英気養ってよ」
「……あぁ、それじゃ遠慮なく。愛羅に龍馬さんを取られた姉貴と一緒に食べさせてもらうよ」
「任せいな。じゃ、行ってくるね、一輝。場所どこかわかんないけど」
「おう、行ってこい」
一輝は大きく頷き愛羅を送り出す。愛羅は食べ終わったゴミを捨ててから、龍馬を取り戻しに行くのだろう。
あの容姿でマナーはしっかりしてるのは流石である。
一輝は愛羅の姿が見えなくなった瞬間に一輝は目を伏せた。
「龍馬さん……。俺、姉貴のクラスメイトと同じことしてしまいました……」
涙ぐみそうになり唇を噛みしめる一輝。
わかっていたのにと言わんばかりに、手のひらに爪を食い込ませたのであった……。
****
「——ヘックシュ!」
同時刻、とある男はくしゃみをする。派手な金髪がそのアクションで揺れた。
「ったく、寒ぃし後輩のコネ使って来たものの誰も掴まらねぇし。なんなんだよこれ」
白パーカーのポケットに手を入れ、乱暴なヤンキー口調での独り言。
「遊べるオンナ、ギャルっぽいオンナはいねぇのかよこの母校はよぉ」
この男は探していた。自分にとって都合の良さそうな女を——。
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