第143話 愛羅と二人っきりの部屋
「アーシのママ優しかったでしょ? こんなこと言うのもなんだけどアーシの自慢なんだよね」
「料理も美味しいし、優しいし、大らかな性格だし……俺が愛羅でも絶対そう思うよ。1時間とちょっとしか話してないのに緊張もほぐさせてもらって凄く印象良かったよ」
「にしし、べた褒めじゃん。マ、りょーまセンパイの方からそう言ってもらえるのは嬉しいけどさ」
愛羅ママの料理を食べ終わった後のこと、龍馬は二階にある愛羅の自室でくつろいでいた。
部屋は綺麗に整理され床にはゴミ一つ落ちていない。唯一散らかっている点を挙げれば白の勉強机の上にある積まれた教材と開かれたノートがあるだけ。
昨日、もしくは今日勉強をしてそのままの状態にしているのだろう。
「いつか愛羅もあんな風になれると良いんだけどなぁ……」
「アーシがママみたいな性格だったらりょーまセンパイ絶対笑うでしょ。『あらぁ〜そうなのね〜』って感じになるんだけど」
「ぷっ、アハハッ」
「ほらやっぱり笑った」
大きなビーズクッションの上に座っている龍馬と、ダブルの大きなベッドの上に腰掛けて長い足を伸ばしている愛羅。
目線に高さはあるもそんなことに気にすることなく仲良く会話しているのが二人らしい距離感だろう。
「それでちょっと話変わるんだけど……さっきは本当びっくりしたよ。ご飯食べてた時に愛羅のお母さんから出してもらった就職先の話は。ジングウ家具工業って言えば大手中の大手でもあったから」
「いやいや、びっくりしたのはアーシの方だって。好条件の話を一旦持ち帰るとか。新卒の平均年収のプラス100万円なんだよ? ふつーは受けるでしょ」
「受けたいって気持ちがなかったわけじゃないよ。ただそのお金を出すくらいなら俺以上に優秀な人は絶対雇えるだろうし、なにより迷惑をかけるような真似はできないから。あの時も言ったけど愛羅にはお世話になってるから」
「マ、その辺はアーシがどうのこうの言える問題じゃないから言及しないであげるけどさ。ホントはママの会社に就職してほしいけど」
「それ……言及してない?」
「にしし、これくらいは言っても圧にはならないかなってね」
愛羅としては龍馬との関係を絶ちたくないのだ。これくらいの本音は漏らしたくもあり、それでもこの選択は一人の将来を確実に変えてしまうことにもなる。
いつものように甘えられるようなところではないのだ。
「それに実際のところお世話になってるのはアーシだかんね。りょーまセンパイにお兄ちゃんになってもらってるし、ガッコのセンセになりたいって思わせてくれたのもりょーまセンパイのおかげだし」
「そこは俺のおかげじゃなくて愛羅の気持ちが強いって言うか凄いって言うか……上手く言えないけど愛羅が真剣に将来に向かいあったからだって」
「そこは『俺の手柄だ!』とか言っとけばよかったのに。アーシはそれで十分納得するんだし」
「俺ががめついのはお金だけ」
「にしし、そっかそっか。セリフはダサいけど」
「うるさい」
二人、目を合わせた瞬間に笑みをこぼす。
「ね、お兄ちゃん」
「ん? そのいきなり呼び方変わったこと引っかかったけど……どうした?」
「ベッドの上にきていいよ? そんな床じゃなくってさ」
「クッションの上乗ってるから平気だけど……」
「鈍感すぎ。『きていいよ』=『きて』って命令。ほら、早く! お兄ちゃん契約!」
「お、おう……」
唐突すぎることを言う愛羅はバシバシと愛羅はベッドの隣を叩いて場所を示してくる。
「愛羅は一体なにするつもり?」
クッションから立ち上がりながら質問すれば速球が返ってくる。
「——膝枕」
「え?」
「お兄ちゃんはそこ見たでしょ? そこ」
愛羅は言葉を発しながら人差し指で『そこ』をさす。爪が向いているのは愛羅の勉強机。いや、もっと性格に言えば積まれた教材とノートである。
「アーシ、めっちゃベンキョ頑張ったからご褒美に膝枕してもらうわけ。友達に聞いたらやってもらったんだって。小学校の時らしいけどね?」
「……」
(年齢関係なく)兄妹らしいことをしてもらう。これが契約の条件。ニンマリと伝えてくる様子から龍馬に拒否権がないことを理解しているようだ。
「ほら、固まってないで早くベッドきてよ。りょーまセンパイの年でJK膝枕できるとか絶対ないんだからむしろ感謝しろってね」
「なんかそう言われると意地でもベッドに座りたくないんだけど」
「ねー、そんなイジワル言わないでよ。早くご褒美ちょーだい」
「はいはい。こうなったら意地でも聞かないんだから愛羅は」
「契約がある時点で当たり前だけどね」
「確かに……」
口では愛羅に勝てない龍馬なのだ。足を動かしながら諦めたような顔でベッドの端に腰を下ろす。
「え、なんでそんな距離開けるわけ? アーシの隣……真ん中にポンポンしたじゃん」
「そこで膝枕したら愛羅が脚伸ばせないから。ご褒美なんだからリラックスしてほしいし」
「……やっぱりこんなこと慣れてる」
——ボソリ。
「え?」
「なんでもない。じゃあ失礼して……」
龍馬に対してモヤモヤが湧いた瞬間である。その気持ちを誤魔化すようにすぐに太ももに飛びついた愛羅。
「えい!」
そこからためらうことなく龍馬の腹部に顔を付け、左右の腕で腰をホールドするのだ。いや、膝枕をしながら抱きつくと言うのが正しいだろう。
「密着……してみた」
「してみた、じゃないんだけど……。普通、顔の向き逆じゃない? 膝の方に向けると思うんだけど」
「脚はベッドの外に出るかもだし、そっち向くとりょーまセンパイに顔見られるじゃん……」
「えっと、それは別に良くない?」
「よくなーい」
口調はいつも通り。
それでもさりげなく……である。愛羅は長い金髪を左手で持ち、左耳の上に被せた。それは龍馬から赤くなった耳が見えないようにするための策。
「ってか、やっぱりセンパイ
「愛羅が俺の服に顔を埋めてる時点でそれは見られなくない?」
「それはそーなんだけど、心臓くらいバクバクさせてくれても——」
「——あっ!? ちょ」
龍馬の声色はいつも通り。それでいて愛羅の膝を伸ばすために端っこに座ってくれたのだ。
こんな要因から緊張もなにもしていないと思った愛羅は次に、右手で龍馬の胸に触れたのだ……。
当然、その鼓動は伝わってくる。
——ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
まるで持久走が終わった後のような早すぎる心拍数が……。
「……」
「……」
愛羅は無言で胸に触れていた手を下ろす。そうして、再び龍馬の腰に手を回したのだ。
「りょーまセンパイ興奮しすぎ……。き、きも」
「緊張してるだけなんだけど」
「もしかしてさ、りょーまセンパイって慣れてないの? なんか装ってただけのやつ?」
「うるさい。そんなこと言いながら愛羅だって慣れてないとかあるでしょ。わざと顔隠して緊張隠してる可能性十分あるし」
「じゃあアーシの胸触って確認してみる? 心拍数」
「ッ!?」
「この体勢の方が落ち着けるってだけでふつーにりょーまセンパイの顔見せられるけどね」
愛羅は体を45度回転させて、得意げな顔で下から見上げるのだ。
「……」
「……」
その時である。体勢を変えたことで艶やかな金髪が……耳から落ちてしまう。
人間、動くものには自然と目を奪われるもの。
愛羅の顔はいたって普通。それでも龍馬は見てしまう。簡単にわかるほど愛羅の耳が真っ赤に染め上がっていることに。
「愛羅も緊張したり照れてるでしょ」
「そんなわけないじゃん。アーシの顔ふつーでしょ」
「顔はね」
「は?」
「愛羅、耳が真っ赤」
「……」
「ほら」
「っっ!!」
龍馬がその耳に手を伸ばそうとした瞬間だった。
目を見開いた愛羅は先ほどと同じように耳に髪を被せ、顔の全てを隠すように龍馬に抱きついたのだ。
「バーカバーカ! アーシふつーだし!」
「あれ、じゃあもう一回顔見せてくれる?」
「う、うっさいし!」
愛羅はもう顔を見せてはくれなかった。コアラのように強い力で龍馬を抱きしめるのだ。
照れている顔を、これ以上晒さないように。
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