第34話 別格者、ベテランキラーの女王

「次の日曜21時……か」

 2コマの講義が終わり、中東国立大学の昼休み。

 スマホを見ながら独言どくげんした龍馬の声を親友の雪也ゆきやは耳で拾った。


「お! 代行のバイトが入ったのか?」

「あ、ああ……」

 恋人代行のバイトは一般的にあるものではない。

 雪也が代行と濁してくれているのは、誰かに聞かれた時のことを考えてだろう。

 その気遣いに嬉しくなるも龍馬はメールから目を離すことはできなかった。


 ——とある不思議な内容に。


「大丈夫か龍馬? なんか青ざめてるぞお前」

「今回の代行のメール……。なんかおかしいんだよ。なんか注意喚起とか書かれててさ……。こんなの前にはなかったんだ」

「注意喚起? それイタズラメールとかじゃねぇのか?」

「俺も最初はそう感じて確認したんだけど、代行会社と同じメールアドレスなんだよこれ……」

 今回、龍馬の元に送られた注意喚起のメール。それは龍馬が恋人代行のルールを破ったことに関する警告などではない。


 もっと別の、別の内容であった。


「これ代行会社からの嫌がらせなんじゃないかって俺は思ってる」

「内容、簡単にでいいから教えてくれるか?」

「あぁ、流石にこれは俺1人じゃ判断できないし……」

 思い詰めた顔で一秒ほど口元をキツく締めた龍馬は「じゃあ読むから」と、その注意喚起の内容を口頭で伝えた。


「『今回の依頼者はベテランの代行者7人を惚れさせるほどの容姿、能力を持っております。その手練れさから弊社ではベテランキラーの女王との通り名をつけられており、一番の要注意人物であることは間違いありません。代行の際には十分にお気をつけください』……だって」

「アハハハッ、なんだよその注意喚起! 完全な嫌がらせじゃねぇか」

「やっぱりそうだよな」

「そもそもベテランの代行者ってのは、異性に慣れてんだろうしポンポンと惚れさせるようなことは…………」

 龍馬に同調するように意気揚々と語っていた雪也だったが、語尾に行くに従ってだんだん声がしぼんでいく。

 何かを思い出したかのようにピクリとも動かず、真顔のままで。


「い、いきなりどうしたんだよ……雪也」

 無論、この変容を流すわけもない。


「……龍馬。一つだけ答えてくれ。YesかNoでいい。……Noならそれでいいんだ」

「別にそのくらいなら良いけど、なんでそんな勿体ぶるんだよ……」

「大事なことなんだよ」

 そして、雪也は言う。

「その依頼者の名前って——」

 ——あの名を。


神城かみしろ葉月はづきとか言わないか?」

「……は?」

「だから神城かみしろ葉月はづきだって」

「……え?」


 立て続けに二度言われても龍馬は理解が得られなかった。

 何の関わりもないであろう雪也が、スマホに映し出されている依頼者の名前をドンピシャで的中させた。魔法のような非現実的なことをされたのだから。


「その反応、お前やっぱり……」

「なっ、なんで分かったんだ!? 当てずっぽうとかじゃないだろそれ!?」

「……ドンマイ、龍馬」

 龍馬を置いてけぼりにして1人了得している雪也。


「龍馬。その注意喚起……本気マジのヤツだぜ」

「え、じゃあこれは会社からの嫌がらせとかそんなんじゃないってことか?」

「そうだ。……オレを代行に誘ってた幼馴染。そのおかげでオレは龍馬に代行のバイトを教えることが出来たわけだが——」

「——それは間違いないよ。一応はお金も稼ぐことが出来てるし2人には本当に感謝してる」

「そう言わせたいわけじゃねぇよ! オレの幼馴染はその依頼者、神城かみしろ葉月はづきに惚れて……いや、惚れさせられて代行のバイト辞めたんだよ。……その神城葉月以外の代行じゃ楽しくないって理由でな!」

「はぁぁ!?」


 教室全部に届く龍馬の声量。

 数十人の在校生が何事か! とこちらを見つめてくる。


「目立ってんぞ、龍馬」

「雪也がいきなりカミングアウトしてくるからだろ……」

「仕方ねぇだろ……。オレの幼馴染を引退に追いやったあの神城かみしろ葉月はづきがまさか龍馬とマッチングしてんだからよ」

 注目を浴びたことでコソコソと存在感を消すように会話する二人。

 この組み合わせ、繋がりになっているのは雪也からしてあり得ない出来事でもある。


「別に龍馬を脅すつもりはないが、女には苦労してなかった幼馴染の口癖がこう、『逆にお金出すからデートさせてほしい』ってな」

「させてほしい!?」

「オレの幼馴染はそんなことを言う性格じゃない。その性格を変えられてるってことは神城かみしろ葉月はづきは間違いなく男に慣れてるってことだ」


 恋人代行のベテランであった幼馴染。女性からのリピーターも多く、このバイトだけで生計が立てられるほどの収入もあった。女性との接客には自信があると豪語していた。それなのに、たった一回の代行でこうなってしまったのだ。


 雪也には言える。龍馬にとってこの依頼者、神城かみしろ葉月はづきはとてつもなく分が悪いと。経験の差が必ず浮き彫りに出るだろうと。


「あ、あのさ。それを聞いて俺はどうすればいいんだよ……」

「ベテランキラーの女王にもてあそばれるのは間違いねぇんだから、頑張れとしか言いようがない。ってかもう弄ばせることで楽しませればいいんじゃないか? 引っ張ろうとしても逆に引っ張られるだけだろうし、それが一番だろ」

「恋人の代行をするってのに情けなさすぎるだろ……」

「相手がチート級なんだ。割り切れ」

「はぁ……」

 今回の依頼者、神城かみしろ葉月はづきは26歳だ。

 龍馬とは6歳差で人生経験の違いもある。引っ張られるのは当然のことなのかもしれないが、男としては引っ張りたいという思いがある。いや、恋人の代行者として引っ張られるというのはメンツが立たないのである。


「まー、マジで頑張れ」

「……あぁ、粉骨するよ」

 龍馬は決意する。引っ張られたら引っ張り返してやる……と。一度くらいは。


(って今思ったんだけど……この依頼者の名前、葉月って土曜日に泥酔してたあの女性と同じ名前なんだよな……。もしその人なら少しくらいは優位に立てる気が……)

 もし同一人物ならやられっぱなしにはならないかもしれない……。なんて甘い期待は弾丸がガラスを割るかのように一瞬で散った。


「いや、絶対ないな」

 代行会社でベテランキラーの女王と呼ばれているほどの猛者。お酒の加減は100%分かっているはずであり、そんな偶然はマンガや小説、ドラマでしか存在しない。


「おい……いきなり脈絡もなく喋り出すなよ」

「ごめん。考え事が声に出てた……」

「プレッシャーヤバそうだな龍馬」

「一回戦目から優勝候補に当たった気分だよ」

「アハハッ! 分かりやすい例えじゃねぇか」

「全然笑えないんだが……」


 そうした心労を抱えながら依頼日まで耐えることになる龍馬であった。


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