第111話 花音との会話と
「り、りょー君……」
「……ん? な、なんだ?」
あの誤解が解けた今だからこそ龍馬に高圧的な態度はない。しかし、昔のように接することはなかなか難しいのである。
「え、えっと……そ、その……」
「言いたいことがあるなら早く言わないと花音が怒られるぞ? そっちはバイト中なんだから」
「う、うん。じゃあ——」
『じゃあ』に呼応するように琥珀色の瞳を合わせた花音はおずおずとした態度のままお辞儀を見せた。謝意を示すくらいに頭を下げて、
「お、お久しぶり……です」
「おいおい……挨拶なんだからそこまで下げる必要はないだろ。もしかしなくても煽ってるのか?」
「ち、違うよっ。そ、そんなことしないよっ!」
両手をパタパタ振って戦意がないことを示す花音。首も左右に動かしているせいで片目にかかった赤毛が揺れている。
もちろんこれは龍馬なりの冗談である。お互いが
「まぁ、そんなことをするはずがないよな。花音は」
「うん……」
「……」
「……」
偶然の再会。
龍馬にアクションをかけた時点で花音の勇気は振り切っていたのだろう。切羽詰まったように口をパクパクさせて何か次の話題を見つけようとしている。
「はぁ……」
そんな焦燥感に駆られている花音を見てはいられなかった。ため息を吐きながらも助け舟を出したのは龍馬だった。
「その勢いだけは変わってないんだな、本当」
「っ」
「ちゃんと考えて行動しないから今みたいになるんだって言ってるんだよ。
「あ、あはは……。そうだね」
苦笑いを浮かべる花音に、龍馬も微笑を返した。
「呑気に肯定してる暇はないだろうに。……元気にしてたか? 花音は」
「う、うんっ。りょー君は元気にしてた……?」
「あぁ。風邪を引くこともなくって感じでいつも通り」
「それなら良かったぁ」
「そんな反応するなよな……」
まるで自身のことのようにホッとしている花音は龍馬に負けないほどのお人好しである。
「でもまさか花音がこの店でバイトしてるだなんて思わなかったよ。頑張ってるんだな」
「わたしもビックリしたよ……。姫乃ちゃんとだけどいきなりりょー君が入ってきたんだもん」
「今日はその姫乃にオススメされて来たんだよ。なんか『美人なお姉さんがいる』とか反応に困るようなこと言われたりもしてさ」
「姫乃ちゃん……そんなこと言ってたの?」
少し驚いたように両目を大きくする花音。嬉しさを滲ませながらも意外そうにしている。
「まぁな。俺はそう思わないけど」
「なっ!? し、失礼だよ……!」
「ははっ、悪い悪い」
冗談だ、と続けようとした龍馬だったがハッと言葉を呑んだ。
罵りからのフォロー。このやり取りは
懐かしさを覚えていたからこそ続けようとしたが、今と昔の関係は違う。冗談であれどもう言うことはできないのだ。
「ね、りょー君。一つだけ聞いていい……?
「なんだよ
「ひ、姫乃ちゃんとはお友達……なんだよね?」
「あぁ、大学の後輩。友達だよ」
「あ、え……っ!?」
眉を上げたり目をパチパチさせたりなど、絵に描いたような驚き方をする花音。予想通りの反応だった。
「こ、ここ後輩さん……? ひ、姫乃ちゃんってまだ12歳、13歳くらいじゃないの……?」
「おま……いくら何でもそれ言ったら姫乃に怒られるぞ?」
「ま、待って……。後輩さんってことはわたし達の一つ下ってこと?」
「あぁ。見た目はかなりアレだし驚くのも無理はないけどさ。でもその分、しっかりしてるよ。一人暮らしもしてるし」
「す、凄いなぁ……」
大学生であの見た目。一人暮らしをしているしっかりさ。この二つを含めた賛美である。
「それにしても姫乃は花音のことをえらく気に入ってるようだけど……二人はそんなに仲良しなのか?」
「えっと、なんて言えば良いんだろう……」
「ん?」
「あ、……危うきこと
「る、るいらん? 難しい言葉で例えられても困るんだが……」
「意地悪してるつもりはないんだよ……? ただ、姫乃ちゃんのこともあるから詳しく言えなくって……」
国語に強い花音はあまり馴染みのないことわざで例えた。
その意味は、いつ崩れるかわからないような、非常に危険な状態であること。
「友達くらいは言わないと姫乃が可哀想だと思うけどなぁ」
「友達だとは思ってるよ。でも……ね?」
「いや、ねって促されても……」
姫乃が花音を敵視したように、花音もまた姫乃の想いを汲み取っている。
ことわざを使ったのにも、恋敵と打ち明けるようなことを避けたから。同じ立場の相手だからこそ、私欲に利用するわけもなく純粋に勝負を持ちかけていた。
「なんだか結構なことを濁された気がするんだが……」
「ちょっと言葉が悪くなっちゃうけど、りょー君が鈍感だからだよ」
「前みたいなこと言いやがって」
「バ、バレちゃった」
「バレちゃったじゃないっての」
接すれば接するだけ二人の雰囲気は柔らかくなっていく。楽しそうな空気が生まれている。
対話と言うキッカケがこうした状況を生んだのだ。——二人を見ている姫乃が嫉妬してしまうくらいに。
「ふふ、でも注意に近い意味で言ってるからみんなりょー君のことを考えてるんだと思う」
「さりげなく自分を入れてきたな、花音?」
「う、うん……っ」
「なんでこのツッコミで嬉しそうにするんだか……」
呆れ混じりに顔を歪める龍馬だが、ふっと笑みを溢した。
花音としては龍馬と話せるだけで十分。こうして今の思いを伝えられただけで満足だったのだ。
「時間が経つの早いなぁ……。わたしもうそろそろ行かないとだね」
「あぁ、花音はバイト中だからな」
「りょー君、今日は話してくれてありがとう」
「俺の方こそ」
そうしてお互いに別れを告げるタイミングだった。龍馬の右腕が第三者の両手で掴まれた。
「ッ、と……姫乃か」
「……お姉さん、今日はだめ。姫乃が連れてきた、から」
その掴んだ腕から顔だけをひょっこりと出す姫乃は訴えた。話の途中に入ってしまった罪悪感を覚えているような表情を作りながら。
「ご、ごめんね姫乃ちゃん。ちょっと長く話しちゃって……」
「ん、姫乃もごめんなさい」
「ううん、姫乃ちゃんは悪くないよ」
姫乃のモヤモヤがピークに達していたからしてしまう行動。元カノである花音が一番にわかっていた分、先に謝ったのだ。
「……シバ、戻ろ」
「お、おう……」
両手で掴み続けている腕をぐいぐいと引っ張る姫乃は、不機嫌さを表すように服の上からつまんだりもしていた。
「パンケーキ、もう少ししかあげない……」
「な、なんか拗ねてない!?」
「そんなこと、ない」
発した言葉が嘘だと言わんばかりに姫乃はぎゅっと力がこめたそんな時——
『カランカラン』
「いやぁ〜、雨とかマジ最悪……。ごめん花音ちゃん。少し店のタオル貸してもらえる?」
「あっ、タケルさん少々お待ちください……っ」
傘を持ってきていなかったのか、肩と髪を濡らして現れたのは店員である花音に親しげに話しかけたタケルだった。
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