第110話 龍馬と姫乃と花音①

「ご、ごご注文を繰り返します。フ、フルーツパンケーキがお一つ。ナポリタンがお一つでよろしいでしょうか……?」

「だ、大丈夫です」

「ん」

「し、少々お待ちください……」


 注文の際、引きつった顔でやり取りをする龍馬と花音。そして、この二人の様子を正視していた姫乃は顔を濁らせていく。


「……やっぱりおかしい」

「おかしいって何が?」

 花音がカウンターに戻り、二人っきりになったタイミングで姫乃は再度この言葉を発していた。


あの、、シバがこんなになるはず、ない」

 と言うのは代行時の龍馬を見ているからこそ。相手の趣味を尊重し、気を遣え、話題をたくさん振って楽しませる女性慣れした姿は衝撃を覚えるほど。


 バケモノとも思った龍馬が、不自然すぎるほどに人見知りしたような態度を花音に見せている今。

 付き合っているわけじゃないなら考えられる理由は一つだけだった。


「シバ、……あのお姉さんのこと好き?」

「ッ!?」

「シバの好きなタイプ、大人っぽい人……?」


 一瞬の声の震え。自ら聞いた姫乃だがその答えを知るのは怖かった。

 大人っぽさ。姫乃の容姿からはこの魅力を出すのは無理に近いのだ。

 もし出せたとしても他の女性には簡単に目劣りする。ゴスロリ服を嗜んでいる姫乃だからこそ自身の武器も弱点も把握している。


「い、いくらなんでも話が飛躍し過ぎだって。好きとかそんなんじゃないよ。……ただ気まずいってだけだからさ」

「気まずいと気になるは、紙一重かみひとえ

「ま、まぁ……そうかもしれないけど」

「あのお姉さんと姫乃、どっちがタイプ……?」

「ちょ、いくらなんでもその質問は——」

「——姫乃って言って」

「え……?」


 こう命令した時点で選択肢を出した意味は無くなるようなもの。龍馬の意思すら無視したもの。

 しかし、姫乃の心の中はモヤモヤが凝縮されていた。表情からは察することはできないがこう言ってくれなければ嫌だった。


「……お礼は、姫乃のパンケーキ」

 お手拭きをクシャリと握り、姫乃は勇気を振り絞ったおねだりを見せる。

 甘いもの。特にお目当の食べ物を譲るほどに姫乃は本気。一度頑固になった姫乃は鉄柱のように、強く簡単に折れることはない。


「えっと、そんなこと言って良いの? 姫乃後悔すると思うけど」

「後悔……?」

 その性格をわかっている龍馬だからこそ、この強引な流れを変えるべく揺さぶり攻撃を仕掛けにいった。


「俺に食べさせたら姫乃のパンケーキすぐ無くなるよ? それでも大丈夫?」

「っ、そんなにシバの口、大きい……? いっぱい食べる?」

「そりゃあ、お礼はもらっておくべきだからね。見返りを求めるわけじゃないけど、姫乃からそう言ってくれたことだし」


 甘いものに目がない姫乃だからこそ、龍馬の一言で震度6強の揺れが生じる。パンケーキをもう一つ頼めばいいだなんて思考は持っていない分、『すぐに無くなる』のワードは効果抜群だった。


「な、なら、姫乃が切り分ける。……このくらい」

 そうして交渉の始まりである。人差し指を立てた姫乃はテーブルの上にパンケーキを切り分ける大きさを描いた。おおよそ三口サイズ、かなり譲歩した量だ。


「ん? 姫乃は俺に言ってほしいんじゃなかったっけ。好きなタイプはどっちかってやつ」

「ん、言ってほしい」

「だったら姫乃がパンケーキの量を交渉する余地はないんじゃない? どっちか譲ってもらわないと」

「……ぅ」


 依頼者に満足してもらうべく少女漫画を読み漁った龍馬。そして知識をつけたからこそSっ気が垣間見える言い回しになる。


「シバが姫乃をいじめる……」

「ははっ、先輩として厳しさを教えておかなきゃね」

「……」

「で、姫乃はどっちを取るの?」


 追い詰めた。と得意げな顔をする龍馬。やはり元カノの前でどっちがタイプだなんてことは言いたくはないのだ。


『あのお姉さんと姫乃、どっちがタイプ……?』

『ちょ、いくらなんでもその質問は——』

『——姫乃って言って』

 この一方的な流れから上手に選択肢を増やすことに成功した。勝機が見えたと確信した龍馬だが、姫乃の頭はとても柔軟だった。


 この時間で今の形勢を一発で逆転させられる手を思いついていたのだ。


「……あのお姉さんに訴える」

「え、はい?」

「あのお姉さんに、このこと言う」

「そ、それはちょっと違くない!? 脅しに近いけど……!」

 まさかの選択肢外の答え。龍馬の顔が一瞬にして固まる。


「後輩だから、厳しさ教える」

「……そ、そっか」

「ん」

 龍馬の発言を真似して優位に立ったことを証明させる姫乃。


 気まずい相手を呼ぶと脅しているわけだが、実際には『元カノを呼ぶぞ』と同じこと。

 龍馬と花音の関係を 耳にしていないからこそ、姫乃はこの脅しにどれだけの力が込められているのか認識していない。

 それでいて、こんな手が打たれた時点で龍馬の負けである。


「……姫乃がタイプだよ」

「言った……」

「こ、これで良いだろ?」


 姫乃以外には聞こえないように口元に手を添えて喋る龍馬。


「もう一回……。姫乃の目を見て言う。脅したから、姫乃のパンケーキもあげる……」

「正直、パンケーキどころじゃないんだけど……も、もう一回言うの?」

「ん。お姉さん呼ぶ」


 脅しを付けたまま真顔の姫乃から追加の注文。


「姫乃の方だよ。タイプなのは」

「……ん」

「な、なんか変だな。こんなの言い合う俺たちって」


 脅され二度も言わされている龍馬だが、これは本心に近い思いでもあった。

 花音の件、二股だとの誤解が解けたとしても、当時の気持ちに戻ることなどそう簡単にできることではない。

 特に今は恋人代行のバイトとどう向かっていくか、その悩みを抱えている最中でもあるのだから。


「でも、嬉しい……。お礼、パンケーキいっぱい食べて」

「そ、そこまで言うなら少し食べさせてもらおうかな」

「ん」


 要望通りに動いたからだろう。姫乃がお手拭きに込めていた力が緩まっている。今の感情に従うように小さな指先をもぞもぞと動かしていた。


「これで少し、安心……」

「安心って?」

「あのお姉さん、いっぱいシバを見てるから」

「は!?」

 なんの前触れも無し。突然と姫乃に促され、お化けに驚かされたようにカウンターに振り向く。


「……っ!!」

「……あ」

 姫乃の言った通り、視線がバッチリと合う。

 花音は見るからに動揺させた後、すぐにあたふたさせてカウンターの裏に下がって行った。


「う、うん……。確かに一瞬目は合ったけど姫乃を見てたんじゃないか? 花音の延長線上に俺がいるわけだし……」

 あの件が解決したとしても目が合っただけで気まずさは芽生えてしまう。


「でも、羨ましそうに見てた。あのお姉さん」

「羨ましそうに……? あぁ、その理由になら心当たりあるよ」

「そう?」

「……なんて言うか、花音って可愛いものに目がないからさ? だから姫乃と一緒にいる俺を見て羨ましがってるんだよ」


 人の好みはそう変わらないものであり、事実、的を射ている。

 だが、そんな龍馬でも一つだけ間違っていることはある。

 ——それは花音が羨ましがっている相手。


「ば、ばかシバ……」

「え? な、なにか気に触るようなこと言った俺……?」

「っ、いきなりそんなこと……言うのは、ダメ……」

「そ、そんなことって……あ? あっ……」

 呆けに呆ける龍馬は時間を少し費やすことで理解した。

『姫乃のことを可愛い』と言ったも同然である発言に……。


「は、はは……」

「……」

 誤魔化しきれない。でも誤魔化したい龍馬の空笑い。

 テーブルにあった姫乃の手は自身の太ももの上に置かれ、みるみるうちに顔が上気してくる。

 そわそわ。もじもじ。

 恥ずかしさを必死に抑えた素ぶりのままチラ見を続けている姫乃を見て居てもいられない気持ちになる。


「……お、俺、ちょっとお手洗い行ってくるよ。すぐ戻ってくるから」

「ま、待ってる……」

「ありがと、ごめんね」

 心を落ち着かせるためには一人っきりになった方がいい。これは代行で一番に学んでいること。

 心臓の鼓動が回りに聞こえていないか、そんな不安を抱きながら立ち上がる龍馬はWCとのプレートが貼られた場所に向かっていく。



 その数分後、なんとか平常心に戻った龍馬はハンカチで手を拭きながら席に向かっていたその時——

「り、りょー君……」

 龍馬の真横から、おずおずとした声がかけられたのだ。



 ****



 あとがきを失礼します。


 予定続きで投稿ペースが遅れてしまいすみません。

 投稿時間がランダムになってしまうかとは思いますが、今週からまた更新ペースを少しあげられそうです。


 これからもよろしくお願いいたします。


 あとがき失礼しました。

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