第112話 推測する姫乃と花音の反応

「あ、あれ……? ボクは花音ちゃんにタオルを頼んだんだけど……。な、なんでマスターが?」

 眉間にシワを寄せ、どこか不満げな声を上げるタケルに店主はれっきとした態度でタオルを差し出していた。


「ワタシが持ってきても何も問題はないだろう。違うかい?」

「そ、そうですけど花音ちゃんが良かったなって」

「贅沢言うんじゃないよ」


 前の日、タケルからのアプローチが激しくなり怖いとの報告を花音から受けた店主はしっかりと対策を打っていた。

 こうした利益に関係ないことは花音には一切させない。

 注文受付と配膳、この基本的なところだけをさせることで必要以上の接触をさせない工夫を。


 接客時間をじわじわ減らしていくことで刺激を与えすぎないように。最終的にタケルへの接客から外れさせるために動いていた。


「拭き終わったらカウンターまで持ってくるように頼むよ」

「はい、どうも」

 そして店主がカウンターに戻ろうと背を向け、数歩先を進んだ矢先である。


「……ハァ」

 イラついたようにため息を漏らすタケルは濡れた髪を拭きながら不機嫌な顔を浮かべた。店の関係者にだけ見られなければいい、なんて油断があったからだろう。姫乃は今の光景をしっかりと目に入れていた。


「……露骨ろこつ

「え?」

「あの人」


 お冷を一口。飲み喉を潤した姫乃はタケルに鋭い視線を向けていた。

 初対面にも関わらず不快そうにしている理由を挙げるなら、今の裏の顔を見たから。タオルを貸してもらっているのに感謝の気持ちがなかったからだ。

 

 姫乃には何も関係のないことではあるが、良くしてもらっている喫茶店であの失礼な態度を見るのは嫌だった。


「露骨って言うと、俺濡れてきたんだよ〜みたいな?」

「違う。お姉さんへのアピール。好きってこと」

「……ッ!?」

 タケルが入店して5分も経たずのこと。

 抑揚のない姫乃の声音が龍馬の心臓が跳ね上がらせた。


「ち、ちょっと待ってくれ。なんでそうなるんだよ」

 花音が誰と付き合おうが誰に狙われていようが今の龍馬に口出す権利はない。干渉する立場でもない。そう理解しているはずなのに龍馬の心は何故か重苦しかった。


「シバはわからない?」

「……ず、随分と親しげではあるよな。花音から名前で呼ばれてたし、『タオル貸して』とか言ってた辺り常連だとは思うけど」

「お姉さんを狙った常連さん」


 言い直すほどに確信の姫乃。


「まぁ……驚いた反応したけど、ぶっちゃけ否定はできないんだよな。高校の頃から花音はモテる方だったし」

「あの人はわかりやすい。お店に入ってからずっと、お姉さん見てるから」 


 その事実を踏まえて、店主からタオルをもらった後の態度。導き出される答えは一つだけ。


「姫乃悪いこと言うけど、あの人わざと濡れてきてる」

「いやいや、いくらなんでもそれは……。子どもじゃあるまいし風邪引くような行動は取らないって」

「目的があったら、わざともする」

「例えば?」

「お姉さんと話す時間作るため。タオルを持ってこさせて」

「なるほどな……」


 パンケーキを食べる前にスッキリさせたいのか、姫乃の推測は止まることを知らない。現代もののラブコメを描いている身、そんな手段アタックに関して鋭敏えいびんである。


「濡れ髪だから、かっこよく見せる算段もある……かも」

「カッコよく……ねぇ。漫画とかでも濡れた髪の描写出てきたりするけど、そう言うことだったのか」

「ん、毛束感が出るから」


 魅力的なシチュエーション。ツボを刺激するような描写。一人でも多くの読者を獲得するために、その展開への需要やフェチニズムを当たり前に分析している姫乃。


 その中の一つが、雨に濡れた時やスポーツ後の濡れ髪、、、のチャームポイント。

 風呂上がりの女性が髪を乾かす姿に色気を感じたり、雨にぬれた男性は2割増くらいかっこよくなると言われたりするくらいに濡れ髪への力は強い。


「全部姫乃の言ってる通りだとしたらかなりのやり手だな、あの男……」

「でも、シバの方がかっこいい」

「……っ!?」

 姫乃らしい唐突の褒め。思考が一瞬フリーズする。


「いきなり褒めてくるのって卑怯じゃない……? もうちょっとムード的な」

「……み、見ないで」

「わ、悪い」


 だがしかし、姫乃も姫乃で恥ずかしかったのだろう。目が合った瞬間にすぐに顔を逸らされる。

 知っての通り、龍馬と姫乃は大学から知り合った者同士。褒め言葉一つ一つを簡単に流せるような関係ではないのだ。


 照れ臭さから気まずさが襲い、無言に包まれるこの場。この助け舟が欲しいタイミングで第三者による仲介が入った。姫乃と龍馬、どちらも運が良かったのだ。


「お待たせしました。フルーツパンケーキとナポリタンになります」

 知人だからだろう。営業スマイルよりも自然な笑顔で注文品を持ってきた花音は皿の音を立てないように優しくテーブルに置いていく。


「ありがとう花音」

「お姉さん……ありがとう」

「どういたしまして。それではごゆっくりどうぞ」

 配膳が終わり、両手を前で重ね綺麗なお辞儀を見せる花音を止める者が一人。先ほどまであの男、タケルに不信感を持っていた姫乃だ。


「待ってお姉さん。聞きたいこと、ある」

「聞きたいこと……?」

 パッチリと目を開け、小さい子を扱うように前かがみになる花音。

 頭の中では大学生だとわかっているが、容姿の方が優先されてしまうのだろう。


「あの男の人とは、大丈夫?」

「……っ、う、うん。大丈夫だよ。ただの常連さんだから」

 ピクッと肩を震わせた花音は再び笑みを見せて受け答えする。側から見れば普通の対応でもあるが、元カレだった龍馬は確かな違和感に気づいていた。

 そして、姫乃の問いかけに『どうしてそう思う?』なんて疑問を返さなかった時点で何かある、、、、ことを証明しているようなもの。


「なら、いいの」

「心配してくれてありがとう、姫乃ちゃん。それでは失礼します」

 

 花音がテーブルを去ってすぐ、龍馬は真剣な面持ちで姫乃に報告する。


「姫乃が言ってた狙ってるって話……当たってそうだな」

「ん?」

「最後、花音が無理してたり誤魔化したりする時の顔してたからさ」

「そんなの、わかる?」

「あぁ」


 そんなヒソヒソ話をする二人はこの声に耳を澄ますことになる。


「花音ちゃーん。ちょっといいー?」

「は、はい……」

 テーブルに置かれた料理に手をつけることもなく、タケルからの声を。

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