第63話 愛羅とラーメンアツアツのギョウザ

「お、おいおいおいおい。あそこ見てみろよ……」

「ウ、ウソやん……。あの量食い切れれんのか……? 女だぞ……」

「どうせネットに上げるためのえ狙ってるだけだろあんなの」

「ラーメンリア充……羨ましいゾ」


 美味しいと噂のラーメン屋に到着。0時まで営業で店内も広いが立地的にあまり目立なたないような場所。初めて来た店だった。

 メニュー表を見ながら注文を済ませた龍馬と愛羅だったが……先に来店していた数名の客に後ろ指を差されるような事態になっていた。

 

 だがそれもそのはず。皆、愛羅が大食いであることを知らないのだから。

 特に愛羅は立派なモデル体型。先入観が働き、『残すに決まってる』と思われるのも仕方がない。


 客の反応の通り、龍馬と愛羅の机にはもう注文したラーメンが届いている。

 龍馬は自分の頼んだ煮卵トッピングの大盛り豚骨ラーメンと、愛羅が頼んだ【全部乗せ盛リ王】とイカツイ名の大盛り豚骨ラーメンを見比べながら——

「麺……あるのかそれ」

 ラーメン屋ではなかなかに無い声を漏らしていた。


「麺なきゃアーシが困るんだけど。あーやっばい、良い匂いするしマジ美味しそ!」

 愛羅は富士山になったような、具で麺が隠れてしまっているとんでもないラーメンを前にして食欲を唸らせていた。


 目分量、龍馬が注文した豚骨ラーメンの2.5倍の大きさ。


 ラーメンが入った器には花びらのように咲いたチャーシューが溢れている。これほどまでにボリュームが出る盛り付けを考えた人物は鬼才に違いない。


「注文した時、店員さん『お前が食うんかい』みたいな顔してた理由が今わかったよ」

「マジ? アーシがコレ注文したのにそれおかしくない?」

「二人で食うと思ったんじゃないか? 愛羅が先に注文したし」

「あーなるほど。あ? 二人で食べる……それ良いかも」

「いや、何が良いんだか。愛羅がラーメンを食べられる量、減るけど?」

「それなら二個頼めば良いじゃん」

「それじゃ結局一個ずつ食べた方が良くなったなそれ。ってか愛羅、駄弁ってるとラーメン伸びるぞ」


 こう注意するも龍馬は焦ることはない。なんたって麺が見えているのだから。

 だがしかし、【全部乗せ盛リ王】の大盛り豚骨ラーメンを頼んだ愛羅は違う。


 麺は分厚い野菜壁に覆われ、下の方にはシャーシュー壁がある。完全防壁の盛り合わせ。崩していくまでに時間がかかるのだ。


「ちょ、それは一大事じゃん! ほら、りょーまセンパイも早く食べよ!」

「だな、本当に美味そう。愛羅は何か掛けるものあるか? 俺はこのまま食べるけど」

「コショウほしい!」

「ニンニクは?」

「明日学校あるからいい」


「どうしてもなら帰りにコンビニに寄ってもいいぞ? 息直しの商品あると思うし」

「あれ? そんなこと言ってさー、もしかしてりょーまセンパイってアーシと出来るだけ一緒に居たいやつ? パパママ今日帰って来ないから……アーシは別に良いけど」


 愛羅は危機管理能力が劣っているわけではない、むしろ他よりも敏感であるが、龍馬にはそのセンサーが反応していなかったのだ。

 好意からなのか、信頼からなのか、深夜に遊べばそんな関係になる可能性があることも視野に入れている愛羅。それでも、『なるようになっていい』と考えていた。


「何言ってるんだよ。ご両親が帰ってこないからこそしっかりしないとだろ? そのために俺がいるわけでもあるわけでさ。嫌な事とか、助けてほしいことがあればなんでも言ってくれて良いんだから」

「だ、だね……あんがと。さっき言ったコトは忘れてよ、りょーまセンパイ」

「じゃ、お先いただきます」

「無視すんなし!」


 もうお決まりだった。しんみりとした空気を断ち切るように無視した龍馬はレンゲでコッテリの豚骨スープをすする。もう完全に一人の世界に入っていた。


「……もういい、いただきます」

 自棄じきになった愛羅も野菜の山を崩しながら完食に向けてスタートを切る。


「美味い。来てよかった」

「野菜もマジ美味しい」

「早く麺に辿り着けるといいな……」

「応援して」

「応援なしでも愛羅なら行けるだろ?」

「ぶっちゃけると」


 お互いにラーメンのしっかり味わおうとシフトチェンジし、会話が止まる。

 それでも居心地悪さは全く感じない。両者の壁がないからであり、仲の良い証拠。食べ進めれば進めるだけ満たされていくような表情になっていく。


「……でも意外だな。愛羅がラーメンだけなんて」

 龍馬はラーメンを半分ほど食べ終えたところで愛羅に内心の思いを打ち明けた。


「あー、もしかしてチャーハンとか餃子も注文すると思ってた感じ?」

「そう。それだけじゃ足りないだろ?」

 未だ目の前にそびえ立つラーメンを視界に入れながら、理解されないであろう異次元的な話をする。


「足りないのは足りないんだけど、アーシぽんぽんにお肉ついてきたし、体重減らさないとだし」

 コショウのかかったもやしを食べながら、愛羅は異様な返答をする。この【全部乗せ盛リ王】の大盛り豚骨ラーメンを食べながら体重を減らすと言っているのはもはや理解の域を超えている。


「ぽんぽん?」

「あれ、伝わんない? おなかのコトだけど」

「最初からお腹って言えよ。高校生でぽんぽんとか聞いたことないぞ」

「おなかとかより、ぽんぽんの方が可愛いっしょ? ギャルっぽいし」

「どっちも一緒だ——ふっ」

 

 突然である。愛羅の返しにずっと我慢していた龍馬だったが、ここで限界を迎えた。


「なんで鼻で笑うし! しかも何そのタイミング……。え、りょーまセンパイから見てアーシ太ってるの分かる!?」

「いや、さっきから思ってたんだけど自虐的な冗談が面白くてな。肉がついたとか、体重減らしたいとか」

 龍馬が笑った理由はコレである。

 今の愛羅の体型を見て太っていると言う者は、その細さに嫉妬しているか、よどほ捻くれているからのどちらかだろう。


本気マジガチなんだけど」

 認識のズレ。怖いくらいの真顔で翡翠の双眼を向けてくる愛羅。


「……」

「……」

 ラーメンから出ている白湯気を境に無言で見つめ合う二人。

 

「すみませーん、ニンニク無しの餃子10個追加お願いしますー」

「はいよぉぉぉおおっ! 7番テーブル、餃子10飛びまーす!」

 そこから行動は迅速。龍馬の追加注文に店員の個性的な確認が入る。


「ちょ、なにしてくれてんの!? ギョウザ10コとか!」

「いや、なんか餃子食いたくなった」

「ウソじゃん! 絶対アーシに食べさせる気じゃん!」

「そんなつもりはないって。俺三個食うから、愛羅は七個食べてくれ」

「マジふざけんなっての! 太るし嫌がらせだし! オンナにとってご法度なんだけど!」


 龍馬の無鉄砲さに愛羅はむしゃくちゃしていた。この世の中、スタイルを維持をしようと努力している者も多いのだから。特に愛羅は女性、人一倍気遣っていることでもあるのだから。


「……バイキングの時にも無理すんなって言ったろ、愛羅。俺の前じゃ楽にしてくれ」

「そ、それはそうしたいけど……スタイルは大事じゃん!」

「いやいや、それ以上細くなってどうするんだよ。健康のために少しは肉つけろ」


 こう言い終えた後のこと。龍馬は『あれ?』と疑問を持つ顔になる。

『あれだけ食べたら十分な栄養素は摂取出来るんじゃないか』と。


「肉つけろとか言われてもぽんぽんにお肉ついてるの!」

「おい、麺伸びるぞ」

「あぁもーっ!」

 その呼びかけ一つで、愛羅は長い金髪を耳にかけラーメンを口に含んだ。

 龍馬のせいであるがなんとも忙しそうだ。


「もちろん愛羅の気持ちは尊重するし、スタイルに気を付けてるのだって分かる。だからどうしても食べたくなければ食べなくていい。俺が(無理すれば)食べれる量でもあるし」

「……ひ、評価を上げるようなコト言うなっての。卑怯じゃん……」

 口元に手を当てながらなんとも恨めしそうな顔を見せてくる愛羅。


「そんなつもりは全く無いんだが……。ってかメニューをチラチラ見てたくせに」

「そ、そそそんなことないし!」

「まぁ俺が言いたいのは気にすんなってこと。愛羅本当に体細いんだから」

「な、なにそれ……。あ、甘やかす人……マジ嫌い。もういいギョウザ食べる……」

「それでいいよ。美味しそうに食べてる愛羅を見るのは楽しいし」

「な、なにその趣味……キモ」

「キモいとか言うな傷つくだろ。趣味じゃないし」


 龍馬は姫乃との恋人代行で相手の感情を読み取る力を手にしつつある。

 愛羅は表情がコロコロ変わり、感情が一番に分かりやすい。

 今の愛羅は怒っても不快さを露わにもしていない。


 どの部分が刺さったのか龍馬は分かっていないが、嬉しさをどうにか隠そうとしているのは見え見えであった。


「じゃ、まぁ餃子食べるのは確定で」

「もしアーシが太ったら、りょーまセンパイに責任取ってもらうから」

「そのごっついラーメンを食べながら言われるのはアレだが……分かった。もしその時は夜一緒に運動しような?」

「んっ!?」


『夜』と言うのは大学に通う時間でもなく、顔も見られない。何かと都合が良いから。

 だが、愛羅は少し前までこんなことを考えていた。

『深夜に遊べばそんな関係になる可能性がある。それでも、なるようになっていい』と。


「バッ、バッカじゃないのっ!? そんな誘い方とかぁ! もしかして最初から狙ってたワケ!?」

「誘い……? 狙う? 愛羅は何を言っ——」


 こう言われてもピンとくることなんてない。が……、火が出そうなほどに顔を赤くした愛羅がふくよかな胸の前で両腕を罰点×に体をガードしているのを見て理解した。


「——は、はぁ!? いやいや! その解釈の仕方はヤバいだろ。ジョギングだよジョギング!!」

「言い方絶対ワザとじゃんっ!」

「そんな訳ないだろ!」

「はいお待たせしましたぁ! アッツアツのお餃子ですねーッ!」


 そんな状況の中、視界が見えてないくらいに満面スマイルを浮かべた店員が出来たての餃子を持ってきたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る