第64話 あのコトしたい愛羅
「うー、苦しい……。もう食えない」
龍馬は膨らんだ腹をさすりながら、顔に皺を作っていた。
食後という事を知らない相手が今の龍馬を見たらかなり不機嫌に見えることだろう。
「りょーまセンパイチョロすぎ。ギョウザ3つ食べるとか言ってたのに2つしか食べてなかったじゃん」
「愛羅に譲ったんだよ」
「マ、美味しかったから別にいいんだけど」
「やっぱ愛羅凄いよな……。あのラーメンのスープまで飲み干してその胃袋はどうなってるんだか。周りのお客さんも最後はこっちに注目してたし、完食した時拍手までされただろ」
あのラーメンのボリュームが机にあったのなら注目を浴びるのは避けられようもない。まさか完食した愛羅に店内にいる全ての人から拍手が送られるとは全く思っていなかった。
愛羅は愛羅でその賞賛に答えるように、紙ナプキンで口を拭きながら手を振っていたくらいだ。
ただ、その温かな雰囲気の中で龍馬は周りに注意を払っていた……。男性客から、特にあのギョウザを持ってきたニッコニコ店員から殺意に溢れた眼差しを向けられていたのだから。
愛羅と龍馬では態度が全く違かった。人間はつくづく怖いというもの。
「羨ましいっしょ? 美味しい料理いっぱい食べられるし」
「正直羨ましいな、愛羅の太らない体質もあって。ただ、その分苦労することも多いだろうけど」
「ガッコとかじゃ周りの目気にしてめっちゃ抑えたりでキツイけど、アーシがこんな人だって理解してくれて、引かない人がいるから別にいいってね」
「それは良かったな」
白い歯をこぼす愛羅は顔をほころばせていた。理解者が一人でもいる。これほど心強いものはない。
「良かったな、とか軽く流すなし。喜べし」
「え、なんで?」
「だって、アーシはりょーまセンパイのこと〜言ったからっ!」
『——ベチンッ』
「ヴォっ!」
そのベチン音と共にこの世の者とは思えない声が漏らす龍馬。
なんと非人道的なことか、愛羅はぱんぱんに詰まった龍馬のお腹をグーパンチで殴ったのだ。
法律を犯す行為を抜きにしたのならやってはいけないことベスト20にはランクインすることだろう。
「アハハッ、なにそのブタさんみたいな鳴き声」
「馬鹿、野郎……。満腹の男に腹パンするやつがいるか! リバースしたらどうすんだ」
「ここに居るケド? あ、処理はアーシパス」
「そんなことを言わせたいんじゃねぇよ。……あ、ちょ愛羅少し止まってくれ。……案外効いてるんだ」
龍馬は電柱に手を置き、頭を下に向けながら立ち止まった。お腹をゆさゆさとさすってどうにか沈静化させようとしている。
「あ、ウソ……。ごめん……」
「いや、いい。腹筋鍛えてない俺が悪い」
「……優しいかよ」
申し訳なさ、罪悪感を感じながらぼそっと言う愛羅。
「んなもん嘘に決まってるだろ! どう考えても愛羅が悪いだろーが」
と、その声が耳に届かなかったからこその龍馬の口撃だった。
「はー! さっきの感心返せっての! もう一発飛ばすよ? 今の弱点丸出しのりょーまセンパイなら勝てる気するし」
「いや、一発には一発だろ。俺への追加攻撃は無しだ」
「オンナにそれ適応したらダメだっつーの」
「今そんなことどうでも良いっつーの」
「どーでも良くないし、しれっと口調真似すんなし」
「うっさいし」
「ウッザいんだけどマジ!」
龍馬が愛羅とこんな口喧嘩が出来るあたり、効くには効いたが効き過ぎてはいないと状態だろう。
お互いに距離を掴みあっているからこその軽口。嫌な気持ちになっていないのがその証拠である。
そんな時だった。
——パラ、パラパラ。
「あー、雨降ってきた」
手のひらを暗闇の空に向け、小雨を確認する愛羅。
「俺に腹パンしたバチが当たったんだろうな。って、これ少し強くなりそうだ……」
「りょーまセンパイそんなの分かんの?」
「いや、勘」
「オンナの勘ならまだしも、それ一番あてになんないやつじゃん」
何故、女性が男性より勘が鋭いと言われるのか、それは脳の作りが違うからである。
その他にも、子育てをするために本能的に危機察知能力が長けているから。男性に比べて周囲への興味や関心が強い傾向にあるから。とも言われている。
「それで、愛羅の家からここまで10分くらいか?」
「んー、15分以上20分未満ってとこ。地図アプリで大体の時間確認しよっか?」
「そこまでしなくていい。コンビニ寄ることに決めた」
「傘買う?」
「その以外にないだろ。愛羅に風邪引かせるわけにはいかないんだよ」
「優しい、かよ……」
何事に対しても心配。そこからの行動。仕事が忙しくなった両親からはその“当たり前”を受けていなかった愛羅。それでいて、気になっている相手。
並の相手以上に効果はバツグンである。
「優しい以前に当たり前の行動だからな。天気予報ちゃんと見とけば良かったな」
「りょーまセンパイ天気予報見てなかったの? ダメじゃん」
「完全なブーメラン発言だな。愛羅だって天気予報見てなかったくせに」
「見てたって。だから大して驚かなかったじゃん?」
「それなのに傘持ってきてないのか?」
「そーだけど」
何が言いたいの? と小首を傾げる愛羅。その顔はなんとも可愛いものである。
「雨降るって分かってたのに、傘持ってこなかったら天気予報見る意味なくないか?」
「……マ、りょーまセンパイならそうなるよね」
「は?」
「ほら、早くコンビニ行こ。雨強くなる前にさ。りょーまセンパイの勘が当たってたらだけど」
「わざわざ倒置法使って強調するなよな……」
「にしし」
愛羅は
雨が降ると分かっていたのに持ってこなかった訳、あえてあの時間に龍馬をラーメンに誘った理由もここには含まれていた。
****
「いらっしゃっせー、傘オススメでーす」
雨が降っていることを店内から見たのだろう。入ってすぐに雨具が置いてあった。
声かけはちょっと変わっているが、人目につくようにあえて場所を移動している優秀なコンビニ店員だ。
「ビニール傘65センチ……ん、このくらいあれば十分だな」
来店する目的も決まっていた龍馬は、ノンタイムで傘のサイズを確認して二つ取った。
「他は何もいらないか?」
「ホットの飲み物買いたいけど……その前になんで傘二つも取ってんの」
「は? 二人分だからだろ」
「アーシのはいらないし」
「おいおい、折りたたみ傘持ってるって言うの遅すぎるだろ」
「ホント傘は持ってきてないって」
「ますます意味分からないんだが。どんなワガママ言っても濡れては帰らせないからな?」
龍馬は狙ってるわけでも、呆けているわけでもない。愛羅の目的に気付いていないだけである。そして余談だが、作者が異性に言われてみたいランキングの上位に食い込んでいる台詞でもある。
「濡れて帰る気ないし、寒い中濡れるのマジ勘弁」
「じゃあもう答えを教えてくれよ……」
「りょーまセンパイってお金節約したいんでしょ? 今日はラーメンも食べたし」
「そりゃそうだけど、傘は仕方ないだろ」
「仕方なくないし。一つの傘を二人で共有すればいいじゃん。まだ小雨だし、降水確率も高いわけじゃないし。そんなもったいないコトするからお金がボンボン飛ぶんじゃん」
大雨ならまだしも、まだ小雨。別に
「あー、あぁ……! 本当だ。それいいアイデアだな! 愛羅はそれでも良いか?」
「いいからそう言ってるんだし」
「じゃあ一つにするか」
愛羅の発言で気付けないものか。いや、良いアイデア過ぎる! と感じた龍馬だからこそアレをまだ察せていない。
「あとホットの飲み物は……」
「コッチ」
「そっちか」
愛羅の指差しでホットドリンクコーナーに移動する。
「愛羅はなににするんだ?」
「
「オシャレなもん飲むんだな。俺は蜂蜜レモンで」
そうして、愛羅の
「え?」
傘一つでするアレを時間差で理解する。
「おい愛羅……傘の共有って……」
「う、うっさい、言うなし! ほら早くレジ行く!」
顔を床に向け表情を隠した愛羅は、龍馬の腕を引っ張って強引にレジに連れて行く。
愛羅の耳が赤くなっていることに、優秀な店員は気付いていた。『店内でイチャついてんじゃねぇよ』と、イライラしていた。
その店員は100点のスマイルで傘の封を開け、ホットの飲み物を素早くレジ袋に入れる。そして最後に——指と指の間に忍ばせた調味料のからしを一つ袋に入れた。
調味料として使える分クレームにもなりにくい、思いの丈をぶつけた嫌がらせ。そして客からしたら『なんだこれ』となる話題提示。win-winの関係を作る優秀な店員であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます