第22話 甘えたい愛羅と

「おはよー。って、土曜日に来るなんて珍しいじゃん里奈りな

「おはおは。そのことやっちゃけど、次土曜日来なかったら毎日居残りって担任かい釘刺されたとよ! てげ酷くない!?」

「マ、アーシは学生なんだしセンセの言い分間違ってないっしょ」


 高校に校則がないことで派手な見た目をしている愛羅だが、中身は至って真面目な方であり、頭もいい。担任の行動は当たり前だと促す。

 そして両親の仕事の都合でここに引っ越しをした里奈は地元の名残が残っている。皆とイントネーションも違い、てげ=すごく。なんて方言も出ているがクラスからは疎外されたりしておらず、クラスのムードメーカー的な存在である。

 

「そ、それはわかっちょるけど土曜日はみんなの休日やとよ? みんなの休日やのに土曜日学校はてっげダルい!」

 今話していた通り、愛羅の通っている高校は土曜日の午前まで授業が組まれている。遊び盛りの高校生にとって土曜日の学校というのはなかなかに苦痛なのだ。


「気持ちはちょーわかるけどさ、割り切った方が楽じゃない?」

「愛羅ちんは大人やね……。あー、萎え萎えー」

 両手を伸ばし、ぐでーと机上で上半身を預ける里奈。胸が押しつぶされてた。


「あ、胸おっきくなっちょる! ほら愛羅ちんはどんげ思う?」

「その前に敵作るよソレ」

「おー、危ない危ない」

 里奈は素直すぎる性格で思ったことをつい口に声に出てしまうが、愛羅にとって大切な友達である。


「でも……ぐぬぬ。褐色ギャルの愛羅ちんにはまだ負けてるけん卒業までに絶対に勝つ!」

「はいはい」

「絶対やけんね! 牛乳飲まんでよ!」

「アーシ牛乳嫌いだし飲んでないよ」

「そ、それなのにそんげあると!?」

「まぁねー」

「羨ましいっちゃけど……」


 胸の大きさで勝手にライバル視されている愛羅。このやり取りは両手両足じゃ足りないほど行われている。

 そのせいで『愛羅は着痩せするタイプなんだってよ』なんて話が広がってしまっているが、本人はあまり気にしてはいない。


 思春期あるあるじゃん。とこんな感じである。


「あ、もしかしてそのマフラーのおかげとか!? 最近、肌身離さず持っちょるよね?」

「そんな効果あれば商業にしてぼろ儲けしてるって。……これは大切なものだからさ、近くに置いときたくってね」

 愛羅にとって外に出る日の必需品しつじゅひんと言っていい龍馬のマフラーはもう私物化していた。

 龍馬がこの事実を知った時にどんな顔を、どんなツッコミをしてくるのか、愛羅自身楽しみにしていることでもある。


「じゃあ男をできたけん大きくなっちょるとか!? 今日の愛羅ちん今までないくらい気合い入れちょるし!」

「彼氏作ったワケじゃないけど、気合入れてんのわかる?」

「あからさまやけんね。髪型ハーフアップに変えー、黒のネイルにも変えー、今日だけえっちな黒タイツも穿いちょるし。あ、その脚の透け度……着圧タイプの40デニールよね?」

 ハーフアップとは、ソードアート・オンラインでいうアスナのような髪型。デニールとはタイツの厚さを意味している。40デニールはタイツの中で薄い方に分類される。


「え、ふつーにデニール当たってるんだけど……タイツガチ勢じゃん。あ、なんか昔、そんな感じの不審者がニュースに流れてなかったっけ」

「タイツワールドって名乗った不審者のことよね? 道行く女の子に『タイツのデニール教えてください』とか言っちょったやつ」

「そうそれ。里奈ならそのタイツワールドといい勝負できそーじゃない?」

「いい勝負だなんて心外やっちゃけど! リナに言わせてもらえばタイツワールドは砂糖のように甘っちょろいかいね。リナは聞かずともデニールを当てられるタイツユニバース。規模が違うっちゃから!」

 タイツ世界ならぬ、タイツ宇宙と自称し、タイツのことなら絶対に負けないと胸を張る里奈。実際に愛羅のタイツを当てているのだからあながち間違っていないのかもしれない。


「心外をそっちで捉えるって……」

「そっちって? リナ脚フェチやけど」

 愛羅の言いたいことを理解できていない里奈。


「ずっと思っちょったっちゃけど……愛羅ちんぐらいの脚の肉つき具合…………てげイイよね」

 なんの前触れもなく、にへ、と不審者が見せるような薄気味悪い微笑をする里奈。声色がゾワッと系イケボに変わり愛羅に影響が及ぶ。


「ちょ、今寒気したって……」

「だって初めて見たっちゃもん。愛羅ちんがタイツ履いてるの。あーあ、愛羅ちんの男さんはいいなぁ。そのお綺麗な脚を好き勝手堪能できるっちゃから!!」

「ん? 別に触るくらいならいいけど。里奈はオトコじゃないし」

「ホントに言っちょると!?」

「……あ、やっぱ条件つきにさせて」

 見返りもなしで触らせようとした愛羅だが、片手を前に出して待ったをかける。

 愛羅はとある認識を第三者に聞くことで確かめたかったのだ。もし間違えているのなら今日のプランを変更するつもりでいる。


「どんな条件でも絶対聞くけん先に脚触ってもいい!?」

「ダーメ。アーシが先」

「ううううー。じゃあどうぞ!」

 太陽のように輝いた瞳を愛羅の脚に注ぎながら主導権を渡す里奈。もう触りたいという欲求が滲み出てしまっているが、それも仕方がない。

 実際に愛羅の両脚は視線を引きつけるほどに細くしなやかなだ。モデルのようである


 脚フェチを堂々宣言する里奈にとって、タイツに包まれた愛羅の脚は宝石箱のようなもの。1秒でも早く感触を味わいたいのだ。


「えと、じゃ追求なしって条件を加えて答えてほしーんだけど……」

「うん!」

「お兄ちゃんとするスキンシップってどこまでが大丈夫な範囲だと思う?」

「はい! 粘膜接触以外ならOK!」

 里奈は間を置くことなく、手を上げて答える里奈。教室にはクラスメイトがいるのにお構いなしである。愛羅も愛羅でこの状況のままでも問題はない。


「じゃあ、手を繋いだりとか——」

「——いい!」

「抱っことかおんぶとか」

「いい!」

「膝枕とか腕枕」

「全然いい!」

「あー、やっぱそうだよねー!」

 里奈に同調してしまった愛羅。この時点で分かるだろう。この二人、世界観が一般的ではない……と。


 そもそも愛羅は質問の相手を完全に間違えている。

 里奈は愛羅と同じ一人っ子。それでいて同じ思考回路をしているのだから……。


「愛羅ちんはラブコメ漫画とか読んだことあるっちゃろ?」

「あるけど」

「じゃあ説明は簡単やね! 漫画の中の兄妹はマウストゥマウスしてるの全然ないやろ? キスしてたとしてもほっぺとかおでこよね!」

「うん」

「つまり……粘膜接触以外はOK。キスも口以外ならOK! ラブコメ漫画は兄妹マニュアルみたいな感じやっちゃから!」

「里奈もそう言うってことはやっぱアーシは間違ってなかったってことか……。あんがと、里奈。助かった」

「どーいたしまして!」

 スッキリしたように顔を合わせて満面に微笑む二人。


『いやいや待て待て待て待て! それは違うッ!!』

 この会話を耳に入れているクラスメイト全員が心の中でツッコミを入れていた。

『そのスキンシップは今の年でするようなものじゃないよ!?』

 なんてズレのない返事を届けたいが、愛羅と里奈の会話には誰も入ることはできない。できるはずがない。


「じゃあもう脚触っていいっちゃろ!? もういいっちゃろ!?」

「いいよー」

「えへ、えへへへへ」

「ちょ!? 里奈、興奮し過ぎだって」

「いただきまぁすー」

「ッ!?」

 双眸をダイヤに腕をワキワキさせている里奈は、タイツに包まれた愛羅の脚に飛びついたのである。


 こんな熱烈なスキンスップが里奈によって行われていたのだから。



 ****



 時は過ぎ——午前の授業が終わる。あとは帰宅するだけ。


 だが、愛羅には行く場所がある。


(……イメチェンもしてるんだし、絶対センパイ逃さないし)

 土曜日の今日、龍馬が書店で働いている日。それも13時で終わる日なのだ。


 愛羅は15万円という大金を渡して龍馬とお兄ちゃん契約を交わしている。

 これから午後という時間がたっぷりと残っている。


 代金分はちゃんと甘えないと……、なんて打算的な愛羅は、嬉笑を浮かべながら書店に足を進めるのであった。


(センパイと……ううん、お兄ちゃんとなら粘膜接触以外なんでも……)

 愛羅は誤った認識のまま、ピンク色の妄想を働かせていたのである……。




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