第77話 愛羅と学園祭⑤
「あ、言うの忘れてた。焼きそばとかフランクもうないから」
「は!? マジかよ。あの量を一人で食べたのか?」
「流石にあの時間じゃ全部食べられないって。アーシの友達にあげた」
「おいおい、それ俺のお金で買ったんだけど……」
愛羅と龍馬は模擬店をぶらぶらしながら肩を並べ合わせていた。
「悪いとは思ったけど、思ったけどさ、りょーまセンパイいつ帰ってくるかもわからなかったし、約束破ったじゃん」
「そ、それ言われると弱いなぁ……」
約束を破らなければこんなことはしなかったと言う愛羅。勝ち目のない戦い。龍馬からすれば言い返す言葉も見つからない。
「マ、状況がちょっと特殊であの席にもう戻れないって言うのが本音ではあるんだけど」
「状況が特殊……? まぁ愛羅が言葉を濁すってことはそれなりのことだとは思うが」
「あんがと、聞かないでくれて」
龍馬のいない所でいろいろとあった。あの席に戻れば一輝がいる。龍馬の元カノの花音もいることだろう。
流石にもう戻ることはできないのだ。
「礼は言わなくていいって。終わったことをグチグチ言っても仕方ないんだから」
「りょーまセンパイってそんなトコが大人だよね。ふつー文句のくらい言うでしょ」
「文句は言っただろ。『俺のお金なんだけど』って」
「そんなのじゃなくってさ、『俺の金で勝手にそんなことすんじゃねーよ』的な感じの激しいやつ。ほら、りょーまセンパイのお金でアーシでしたわけじゃん? 約束を破ったからそれをしていいってわけじゃないし……」
「その罪悪感があればもう良いよ。むしろなんか悪いな、高校生にそんなこと言わせて。もっと考えるべきだった」
愛羅の頭の良さ、回転の良さを買っているからこそ気を付けたかった龍馬は謝る、が、流石にこれはどうもできないだろう。
「りょーまセンパイってなんなのマジで……。モテるために誰にでもそーやってして優しくしてあざといっての。八方美人じゃん」
「残念ながら俺は誰にでも優しいわけじゃない」
「信じらんない」
「信じてもらわなくて良いよ。約束も破ってるし、これ以上は印象が悪くなるようなところ見られたくないし」
「都合よすぎじゃん。バカ」
責めるわけでもなく、ほんの少し嬉しそうに。
愛羅は服の上から龍馬の腕を掴んだ。それは痛みを伴わない優しい力で。
「腕離せ」
「バカには頭良いアーシがついててあげる。バランスばっちりじゃん」
「そう言う意味じゃない。……あと向けられてんだよ」
「何を?」
「殺意」
「ははっ、殺し屋でも居んのこのガッコに」
「将来を担う人材なのに……な」
愛羅が気付くはずがない。なんたって龍馬にしか注がれていないのだから。愛羅のファンなのか、それはもう銃剣を目先に向けられているほどの圧力を男子連中から感じる。
それも言動を見張っていたのか、愛羅が腕を掴んだ瞬間に膨大になった。
「あ、おい愛羅」
「どした?」
そんな状況に晒されているも、龍馬は思い出したことが一つあった。
「模擬店で買った食べ物友達にあげたってことはさ、俺の食べかけはどうしたんだ? それも持ってないのか?」
「っ、あー、あれね捨てた」
愛羅の爪先が龍馬の腕に刺さる。まさかの質問に動揺が浮かんだのだ。
自分の食べかけをあげるならまだしも、龍馬の食べかけを友達にあげるなんてのは理解される行動ではない。
違和感を持たれない回答をした愛羅だったが、それでも龍馬に引っかかりを覚えさせてしまう。
あまりにも簡単に『捨てた』と言ったことで。
「愛羅、お前もったいないことはしない精神だった気がするが……」
「……り、りょーまセンパイの食べかけなんか汚いし、それとこれは別」
本当は食べている愛羅。
「もっとオブラートに包んでほしかったんだが……。え、本当に捨てたんだろうな?」
「捨てたって言ってんじゃん。な、何が言いたいわけ?」
本当は食べている。パクリと食べている愛羅。
「愛羅のことだから面白がって俺の食べかけってのを言わずに友達に食べさせたりしてるんじゃないかって思ってな……」
「ちょー失礼じゃん! それするくらいならアーシが食べるし! ってか、ぶっちゃけ食べたし」
「ははっ、流石にそんなことはしない……って、は? 食べた? 食べたってなんだよ!? ——おい顔背けんな!」
ツインテールに見繕った金髪がぶんっと揺れるほどに素早く首をひねる愛羅。白いうなじが龍馬に見えている。
「……食べてなんか、ないし。食べかけの汚いの。形もそうだし」
「まずはフランク作ってる人に謝ろうな」
愛羅らしくない完全な自爆。再び龍馬と一緒にいられたことで少しばかり気が緩んでいたのだ。
「も、文句でもあんの!? べ、別にいいじゃん食べたってさ! 無駄にしなかったわけだし! そもそもりょーまセンパイの食べかけなんて友達にあげらんないし!」
「そ、そうじゃなくってだな。無駄にしないのは偉いと思うが俺のもんを嫌々食べることないんだって。そこ無理してどうするよおい」
抑えた感情が爆発したような愛羅だが龍馬は冷静であった。愛羅のことを心配しているからこそ、間接キスの事実は二の次だった。
「ヤじゃなかったし……」
「それは俺の顔を見ながら言ってくれ。話はそこからだ」
「ん゛っ!」
ひねった首を戻し、愛羅は唸りながら顔を合わせてくる。ここまでバレたのなら嫌々食べていたと思われるのは嫌だったのだ。
実際に不快な思いはしていないわけでもあるのだから。
「……愛羅、やっぱり無理しただろ。顔赤いし涙目だからなお前……」
「だ、誰のせいだと思ってんのマジで……あー、もう……」
無理して顔を合わせたからこそ、我慢していたからこそ、こうなってしまうのも仕方がない。ポーカーフェイスと言うものが愛羅は苦手なのだ。
「りょーまセンパイ。今のアーシって結構ヤバイ……?」
「あぁ、俺と歩いてるのが嫌そうなくらいに顔に出てる」
「だから嫌とかじゃないって……。ってかそんなこと言ってる場合じゃないっての。このままだとみんなにからかわれんじゃん……」
鈍感な龍馬がこう指摘するということは、周りの皆はほとんど気付いていることだろう。
今一緒にいることさえ楽しい。照れてる。そんなことが。
「ちょっとアーシ化粧直し行ってくる。りょーまセンパイは適当にウロチョロしてて」
「いや、愛羅綺麗なままだぞ?」
「そ、そそそそんな問題じゃないってのっ! 追い打ちかけんなっての! マッジでバカなんだから……」
「あ……」
龍馬は見る。ツインテールの髪を頰に当てて顔を隠した愛羅を。
そんな愛羅はサササっと校舎めがけて走って行った。教室に置いてある化粧ポーチを取りに向かったのである。
****
(絶対負けないし……。次はアーシがペース掴んでやるんだから……)
女子トイレで化粧を少し直し、リラックスと落ち着くための時間を多く取った愛羅は気合を入れ直す。
スマホの液晶を鏡の要領で、校舎裏から回ることで最終確認の時間を作りながら龍馬の元に向かっていた。
そんな時に限って、不幸が訪れる。
「あっらー、キミ可愛いねぇ。めっちゃモテんでしょー?」
「……ッ! 誰、アンタ。セクハラなんだけど」
背後からいきなり声をかけてきた男に肩を撫でられ、パンッと振り払う愛羅。嫌悪感を滲ませるように眉をしかめていた。
「ひゅぅー。手厚いねぇ。そんなオンナを屈伏させてぇってか?」
「……」
高音の口笛。白パーカーの男はポケットに手を突っ込みながらじわじわ距離を縮めてくる。愛羅は警戒の眼差し向けながら一歩一歩後ろに下がっていた。
「キモいんだけど。学園祭に出会い厨とかウッザ……」
「とりあえず自己紹介しようぜ? オレ、誠って言うんだけど。一応ここの卒業生」
「そんなのどうでもいいから。どっか行ってくんない? 肩撫で回してくるとかマジありえない」
「お前の勘違いだろそれ。やっぱギャルは躾がなってねぇよなぁ。自己紹介くらい返そうな?」
金髪に金の腕時計、ガタイも大きくこの口調。愛羅はその圧に押されていた。
「返す返さないはアーシの自由だし。躾なってないのはアンタでしょマジで」
「年上に対する口の聞き方でもねぇよなぁ」
「敬意を払えるような人間になってから言うべきでしょ。……マ、アンタを相手してるほどアーシ暇じゃないし、今回だけは見逃してあげるけどさ」
この男から離れろと本能が告げていた。早歩きでこの場を去ろうとした愛羅だったが、瞬時に動かれた。
「待てよ。ナマイキ過ぎだかんなオマエ」
「ちょ、マジなに!?」
血が止まるほどの強い力で愛羅は手首を掴まれる。
「ちょっと俺と遊んでくんね? っと、その前にそのナマイキな口を直さねぇとな」
「——んんっ!?」
助けを呼ぶ前に愛羅は口を塞がれる。
ここは校舎裏。学園祭で盛り上がってる表側とは違い人気が少ない。
この場所で愛羅は捕まってしまった。龍馬と花音を別れさせた原因の男、誠に……。
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