第79話 愛羅side学園祭後

「もうてげ凄かったとて! ズカズカって前に行って、愛羅ちんを助けるために手の甲で敵にビンタ! グハーって変な顔になって!」

「お、ぉぉぉおおお!」

「次に足を払って敵をドシーン!」

「おぉおおおおお!!」

「そして、膝でバーン!」

「うおおおおおおお!!!!」


 学園祭終了後の学校。愛羅のクラスは大盛り上がりしていた。

 龍馬がやったことを方言女子の里奈が興奮した様子で伝えていた。漫才のような勢いで、そして語彙力がない分、その時の攻撃を真似している里奈を囲んでいるのは男子男子男子。こんな話は特に男が好むものだ。


「拳を飛ばされたけど、それもフッ! って避けたっちゃが! そこから追い討ちしたとよ!」

「ちょ、まじかっこよすぎだろ!」

「俺も武術やろうかなぁ……!」

「マジ憧れんなぁ……」

「どうやって出会ったんだろうな……」

「流石は愛羅の彼氏、エッグい」


 教室で固まっているクラスメイトが一斉に愛羅を見てきた。


「りょーまセンパイはそんなんじゃないって! ってか見てくんなし!」

 何か反応を! なんて心を読み取った愛羅はしっかりとアクションを取る。もう悪魔衣装は着ておらず、制服姿である。


「またまたぁ、龍馬先輩だっけ? 『愛羅は俺の大事なパートナーだ!』って言っちょったけどぉ〜?」

「え……」

 先生を呼びに行っていた愛羅は、龍馬と誠のやり合いを見ていない。里奈から聞かされて初めて知る。


「『俺の大事な愛羅を傷つけたんだ。当然だ』って、てげ大事がってること強調しちょったよぉ〜? どう言うことやろかね〜愛羅ちん?」

「……は? いいってそんなの」

 こんなことを聞かされても愛羅は困るだけ。これ以上の言葉が見つからずもごもごしてしまう。


「愛羅顔真っ赤じゃんおい!」

「両思いじゃねもう! 付き合えって早く!」

「ひゃぁあ、青春だー!」

「あれだけのことされて好きにならないわけねぇよなー!」

「愛羅ちんめっちゃ好き好きオーラ出しちょったじ!」


「マジでなんなの! からかうなしっ!」

 愛羅は椅子を180度回転させ、みんなから背を向けた。


「あー、愛羅ちん拗ねた……」

「拗ねたわけじゃないっての! もう知らないっての!」

 からかわれ続けるのは恥ずかしいのだ。それ以上愛羅は反応を見せることはなかった。


 そんな時、

「……流石は龍馬さんだよな、愛羅」

「一輝……」

 からかうわけでもなく一輝が隣に座った。


「姉貴から聞いたんだけどさ、龍馬さんも空手の有段者なんだってよ」

「あー、やっぱり? なんかアイツを仕留める時の動き違かったしそんな気してた——って、え? ってことはお姉ちゃんも空手してんの!?」

「現役で黒帯。段位で言ったら姉貴の方が上」

「ちょ、バチバチじゃん。アーシよくケンカ売ったもんだ」


 武術を何も学んでいない愛羅が有段者の花音に勝てるはずもない。

『お前には渡さない』なんて恋系の喧嘩だが、理性が外れた場合、暴力喧嘩が始まるなんてこともある。


「……姉貴さ、愛羅のこと気に入ってたって言うか、褒めてたって言うか。愛羅ちゃんには負けられないって嘆いてたよ。あと、龍馬さんじゃなくて姉貴がアイツを倒したかったってことも」

「あんなふわふわした顔でそんなこと言うの? お姉ちゃん可愛いぬいぐるみ顔してんじゃん」

「そ、その例えは意味わからないが……姉貴怖いんだぜ? そっちのスイッチ入った時は」

「あー、ちょっとわかりそう」


 優しい人ほど怒ったら怖いというのは有名だが、ぬいぐるみと例えられるほどの優しい顔をした花音が目を鋭くさせたら、それはもう怖くもなるだろう。


「……で、アイツはどうなったんだ? 愛羅にクソしたアイツは」

「アーシも詳しいことは知らないんだけど、職員室で警察待ちらしい。学園祭終わってみんな教室戻ってるし、そろそろ来るんじゃない? 今なら騒ぎにもなんないだろうし」

「……散々だな」

「ホント。これで学園祭の招待制なくなるだろうし、ふざけんなっての。りょーまセンパイは警察と話するまで出てこないらしいし、アーシもまた呼ばれることになるし」

「でも、流石は龍馬さんだよな。アイツに怪我させてない分、過剰防衛には当たらないらしいぜ?」

「まぁ……うん。アーシはそれだけで満足、かな」


 愛羅は口を塞がれ、言葉で脅されていた。誠に頭や顔を触られたが、身体は触られてはいない。

 これは先生に報告したことでもあり、愛羅からすればまだ我慢できる範疇。それでも、龍馬が助けてくれなければもっと酷いことをされていた。そんな救世主の龍馬が罪に問われるのは一番望まないこと。


「はぁ……。なんだかどんどん差が開いてるって言うか。……俺、龍馬さんには勝てねぇわ。自信を持って言えるってのが悲しいぜ」

「アーシが狙ってるオトコだよ? そー簡単に越えられてたまるかってね」

「まぁ、愛羅を応援してる身として注意喚起しとく。今龍馬さん狙ってる女子多いってこと」

「は?」

 突とピリッとした空気を作る愛羅。詳細は聞いていないが察しの良い愛羅だがらこそ、おおよそのことはわかる。仏顔ではいられない。


「ちょっとした事情で入ったグループがあるんだが、そのメンバーの女子がな……」

 一輝はそこでスマホを見せる。愛羅はその液晶を覗きこみ顔を歪めた。


「イケメンビジョ発見報告グループ……なにこれウケるんだけど」

「な、名前はツッコミ無しでほらここ見てみ」

「ん、えっと……『カップルとか言っても独占していいルールはないよね? カップルじゃないって噂もあるし』……って、ちょなにこれ。いきなり爆弾飛んでんだけど」

「他にもこれ。『男はいっぱい女作る運命』とか。これ全部龍馬さんのこと言ってる」

「マッジありえないんだけど! みんなしてりょーまセンパイ狙ってんじゃん」


 今回の件で龍馬の株は急上昇した。学校側が騒ぎにしたくなくとも、今はSNSがある。情報がすぐに伝わるのである。


「冗談で言ってるだろうけど、中には本気のやつもいるだろうな」

「はぁ……。りょーまセンパイ学園祭誘うのが間違いだったし。腹黒いオンナばっかりじゃんここ。……アーシが言えることじゃないけど」

「まぁ、愛羅なら他の女子に抜かれることないだろ。龍馬さんといろいろな接点持ってるだけで強みだ」

「それはそうなんだけど、うかうかしてらんないの。りょーまセンパイ別の女の影あるし。それがめちゃ強いし」


 愛羅が一番危惧していること。龍馬と一緒にラーメンを食べに行き、その帰り途中にした連絡先交換でわかったこと。


「りょーまセンパイってさ、ちょー可愛い有名漫画家さんと繋がってるんだよね」

「ま、漫画家!?」

「ん、ラブコメ描いてる漫画家さんなんだけどさ。一輝は馴染みないと思うから知らないだろうけど」

「お、教えてくれ!」


 そこでなぜか食いつく一輝。


「別に良いけど……でびるちゃんって人。Twitterのフォロワー数16万人いる」

「そ、それって今日からお部屋デートの4コマ漫画をTwirrer投稿するあの漫画家!?」

「そうそう。ん? なんで知ってんの? 一輝めっちゃ詳しくね?」

「いや、愛羅がよくそっち系の漫画をリツイートするだろ? それで回ってきてさ、見始めてハマりにハマり……って、ん!? そのでびるちゃんと龍馬さんが知り合い!? しかもでびるちゃん女の子!?」

 リツイートとはTwitterのフォロワーに拡散すること。一輝は愛羅と相互フォローの関係にある。そこででびるちゃんの漫画を知ったのだ。


「しかもDMしてるぐらいだし」

「おいおい、龍馬さんの人脈どうなってんだよ……」

 でびるちゃんの漫画によくお世話になっている一輝、衝撃の事実である。

 のちに一輝は『でびるちゃん性別』とその真偽を調べることになる。


「……まぁ、今回の件の埋め合わせはしてもらえよな。俺もいろいろやっちまったから、愛羅のスマホからでも龍馬さんにお願いするし……」

「いいってそんなの。実はもうそのプラン立ててるし」

「そ、そうなのか?」

「とりあえずこの件はアーシのパパママに連絡いくじゃん?」

「だな」

「だからアーシを助けてくれたセンパイ〜ってことで紹介的な。これで結構アーシ良いとこまで行けると思うんだよね。パパママ使って、押しの弱いりょーまセンパイの外堀埋めよう的な」


 学校からの連絡から、龍馬の逃げ道を防ごうと企てる愛羅。当たり前の報告をこうして私情に利用するなんてことは頭の良い人間にしかできない。


「愛羅も腹黒くないか……。まぁ、俺は愛羅より黒いけどな……」

「だから言ったじゃん。『アーシが言えることじゃない』ってね」


 愛羅は八重歯を見せて満面の笑みを作った。

 まだまだ勝負はこれから、むしろここからが本番と言うように。今回、甘えられなかった分は次に全部埋め込むとそんなつもりでいたのだ。




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