第36話 お茶目な葉月
Bar、【
「葉月さん、寒くないですか? 見たところ薄着のようですから」
「私が寒いと言ったらその暖かそうなマフラーを貸してくれるのかしらね?」
「そのつもりですよ」
龍馬は葉月を気遣っていたが、返してくる言葉一つ一つが上を行かれているようで、手玉に取られているかのよう。
『彼氏はいるんですか?』
その質問を投げかけたのなら、
『いないって言ったらちゃんと口説いてくれるのかしら?』
なんて冗談を含めた変化球をぶん投げてきそうなほどである。
上手い返事を返すことができないと断言する龍馬にとって間違いなく悪手。
それはつまり、良いように葉月にやられてしまうということ。
龍馬は発言に注意を払っている。全てはベテランキラーの女王、葉月に一矢報いるために。
「でも、初対面の相手のマフラーはつけたくないと思うので上着……このロングコートでどうですか?」
「そ、そんなことはないけれど……本当に良いの? 逆に斯波くんが寒くなったりしない?」
「ヒートテックも着てるので大丈夫ですよ。遠慮なく使ってください」
袖から手を外し、襟の部分を持って葉月に渡す。
龍馬はヒートテックに長袖、セーターの腕からロングコート、さらにはマフラーまで巻いている。
その一方、葉月は紺鼠色の帽子に黒のセーター、ピンクのタイトスカート、黒のタイツを合わせたすらっとしたコーディネーション。
もしかしたら中にヒートテックのようなものを着ているかもしれないが、それでもこの気温では薄着な方である。
「ありがとう。それじゃあ遠慮なく使わせていただくわね。正直、少し寒かったの」
「少し大きめだと思いますけど……我慢でお願いします」
「ふふっ、本当ね。袖から指先しか出てこないわ」
「……っ!」
少しおかしそうに口角を上げる葉月は、幽霊のようなポーズを取って袖から手の甲が出ていないことをアピールしている。
「おばけだぞ〜とか言ったら少しはお茶目に感じないかしら」
「……」
それは何の前触れもなく——当然だった。
眉間を上げた葉月はピンク色の舌を出しておばけに寄せてきたのだ。
龍馬は思う。この人少し天然が入っているんじゃないかと。そして察した。
こんなことをやられて代行者は恋に落とされていくのだろうと。
「お、おばけ……」
声が萎んでいき腕を下げた葉月。
「す、少しくらい反応してくれてもいいじゃない……。26歳がすることじゃないのは分かってるわよ……」
「いえ、とても良かったです……」
後付けのような感想になるが、事実、可愛いと感じていた龍馬。
「なら……次はもっと早く反応して」
「は、はい。気をつけます」
「そ、それにしても斯波くん私から視線外したわよね……。も、もしかしてこの格好が……変?」
「あっ、違います。自分の前に虫が飛んでたので——」
見惚れそうになっていた。いや、見惚れていたと自覚したからこそ目を背けた龍馬。
やられっぱなしにはされないという意気込みをしてきたとしても、この本心を口に出せるほど龍馬は恥ずかしさに強くない。
誤魔化しを挟みつつ言えそうな台詞をピックアップする。
「——服装本当に似合ってます。自分が隣を歩いているのがおかしいくらいですよ」
「そ、そんなに褒めてくれたのなら自信が持てるわね。おばけの真似して言うことじゃないと思うけれど……」
「もうお互いに気しないことにしましょう」
(今のは上手いぞ……俺!)
葉月の気分を良くさせたことで心の内で自画自賛する龍馬。今のところベテランキラーの女王に負けてないかもしれない! なんて気を緩めた矢先、攻撃を喰らうのは定石である。
「そうね。気にしない方が私のためにもなりそう。……だから元に戻って言わせてもらうけれど、自虐的に褒めることはお姉さんとしては感心しないわよ?」
「えっ?」
「斯波くんも十二分に素敵だから。といっても言われ慣れているでしょうけどね?」
「言われ慣れてるだなんてそんな……。あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして」
「……」
『言われ慣れている』
それは龍馬が一度使ったワード。その言葉を引用して褒め返しと言う名のカウンターパンチがヒットする。龍馬が敗北を味わった瞬間でもあった。
「斯波くんって今二十歳よね?」
「そうですけど……」
「失礼なことを言うけれど斯波くんは女遊びをたくさんしているでしょう? 『自分が隣を歩いているのがおかしいくらい』なんて、ぽんと思いつくものではないもの」
「自分でもそう言えたことにびっくりしていますよ」
「ふふっ、何よそれ」
『この日のために用意してた』なんて死んでも言えない龍馬。
ただ、葉月からして非常に耳障りの良い台詞であった。
「本当掴み所がないのね斯波くんって。初めてのタイプだわ。——架空の人物に手柄を譲ったりしたりするところを含め」
途端、抑揚のない声で責めてくる葉月。声優がするような完璧な声色の変化だった。
「……だから絶対に吐かせてみせるわ」
「吐かせるもなにも架空の人物なんかじゃありませんから、自分は」
責任感が強さが垣間見える瞬間である。
泥酔したところを助けたのが完全にバレてしまっているも、『違う』と言った以上は龍馬も言い逃れするしかない。
意見を変えたのならダサくなってしまうのは目に見えていた。立ち回るにも知らんぷりを決め込むしかなかったのだ。
「もう一度言うけど私を助けてくれたのは斯波くん、あなたでしょ」
「違います」
なんて譲れない戦いをしながら今回の目的地である【
ここに来るまでの間で距離が縮まった二人であった。
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