第39話 男の会話。聞かれる本音

「すぅ、すぅ……」

 葉月は寝かされていた。カウンター席にうつ伏せになるようにして。

 休日出勤の疲れとお酒。この二つが影響しているのだろうか、頭を撫でられていた葉月は気持ち良さそうにスヤスヤと寝息を立て出したのだ。


「……神城かみしろさん、寝てしまいましたか」

「さっきはサポートをありがとうございました。バーテンさんがいなかったら何も出来なかったですよ」

「すみません。睨むような真似をしてしまって」

「いえいえ、そうしてくれなければ行動に移せなかったですから。感謝しています」


 結果的にではあるが、葉月は満足してくれただろうとの実感があった。

 代行者としてこれは一番嬉しいことでもある。


「あっ、何かお酒は飲まれますか?」

 グラスが空になっていることに気づいた斗真はそう促してくる。


「えっと……お水のおかわりでお願いします。これ以上お酒を飲んだら葉月さんの面倒を見ることが困難になると思うので」

「賢明な判断ですね。かしこまりました」


 龍馬は今日だけで4杯のお酒を飲んでいる。

 体温が上がり、脈も早くなっているのが分かる。ほろ酔いの状態である。

 葉月と恋人ならまだ問題はないであろうが龍馬はただの代行人。お酒で失敗をするわけにはいかないのだ。


「それにしても……神城さんはよほど龍馬さんのことを信頼されているんですね。神城さんが寝ていらっしゃるのでお話させていただきますが」

「そ、そうなんですかね?」


 氷の入った水をカウンターに出しながら話題を提示する斗真に、お礼を伝えた龍馬は食いついた。

 どこをどう見て『信頼されている』と思ったのか、疑問だったのだ。


男 性お連れ様とご一緒の時はお酒は必ず2杯まででセーブされてますから」

「そ、そうなんですか……? 今日……5杯くらい飲んでませんか? 葉月さん」

「泥酔しても龍馬さんにはなにもされない、その信頼があったからでしょうね。何か心当たりがあるんじゃないですか?」

「……ど、どうでしょうね、ははは……」


 言葉を濁すも、葉月が泥酔していたところを助けたという心当たりが確かにあった。

 お酒の量をセーブしなかっただけでここまで見破ることができているのは、斗真の勘の良い証拠である。


「その反応で心当たりがあるのは分かりました。ですので、信頼されていた方に頭を撫でられたことが嬉しかったんでしょう」

『良かったですね』と優しい眼差しを葉月に送った後、龍馬に視線を向けてきた。


「……神城さんはこの店の常連さんなのですが、お酒に酔った時は毎回、仕事の反省や失敗を口にするんですよ」

「反省や失敗……?」

 葉月が寝ていることを言いことに、斗真はプライベートなことを次々と教えてくれる。その中でも公言してはいけないことはしっかりと見定めているのであろう。


「もう少し周りを見るべきだったとか、もう少し怒り方を変えれば傷つけなかったのかもしれないとか。今回、頭を撫でられたことで一番のなぐさめになったのではないでしょうか」

「なるほど……」


 冷静に話を聞いている龍馬だったが、『頭を撫でた』そのワードを聞くだけで心臓はドキッと大きな音を立てていた。


 未だ残っている葉月の柔らかい髪の感触。

 ぬいぐるみのように何度も触っていたいくらいに手触りが良かった。


「龍馬さんには感服いたしました。まさかあの短時間で、『今日はと遊んでるんです。だからもうそんな悲しそうな顔はさせません』なんて言えるんですから」

「ちょ!? 復唱しないでください!?」

「からかうつもりはないんですよ? 素直にカッコ良かったとお伝えしたいだけで」

「そ、それは……ありがとうございます……」


 様になったバーテンダー、特にこんなにもイケメンの相手から素直に褒められる経験はなかなかないだろう。

 気恥ずかしさを紛らわせるように龍馬は店内に備え付けられている時計に目を向ける。

 時刻は23時10分。あと50分で今日の依頼が終了である。


「斗真さん、今のうちにお会計をすることはできますかね……? 葉月さんが起きたらお会計をさせてくれないと思いますので」

「お代は結構ですよ。龍馬さんの頑張りを見せていただいたので。それにお客様を睨んでしまったお詫びです」

「なっ、何を言ってるんですか。それだと斗真さんが立て替えて払うことになりますよね……? お世話になったのにそんなことはさせられませんよ」

「ご好意は素直に受け取るべきですよ、龍馬さん」

「で、でも……」


 恋人代行以外にも、書店でアルバイトをしている龍馬。社会に出ていることでそれくらいは分かっている。分かっているのだがお世話になった以上、無償でというのははばかれるのだ。


「それなら一つ、お願いを聞いてくださいませんか? これをお代とさせていただきます」

「あっ、それなら分かりました」

 斗真の願いを叶えられるなら……と了承した龍馬だが、その要求は予想もしていなかったこと。

 また、このような展開を予想されていたなんて気づくはずもない。


「では……今日はタクシーを使わずに葉月さんを送り届けてください」

「タ、タクシーを使わずにですか!? ど、どうしてまた……」

「龍馬さんがおっしゃいましたから。『今日はと遊んでるんです。だからもうそんな悲しそうな顔はさせません』と」

「え、あ……」


 斗真の顔が徐々に鬼のようになっていく。『言いましたもんね』と言い逃れさせない気である。この瞬間に悟る。斗真は葉月の味方に回っているのだと。


「タクシーでショートカットをしては神城さんを悲しくさせるだけです。最後までしっかりと責任は取っていただきますから」

 それは、葉月の心情を正確に読み取っているかのような口ぶりでもあった。


「あの……葉月さんは寝てしまうくらいに泥酔しているんですよ? タクシーを使うのが葉月さんのためだと思いませんか……?」

「その件ならご安心ください。実は神城さんに提供しているお酒はアルコール度数を通常より低くしているんです。もちろんこれは神城さんの要望ですので違法性はありません」

「そ、そんなことも出来るんですか……」

「常連さんの特権ではありますけどね。確かに神城さんはお酒に弱いですが、寝てしまわれたのは泥酔ではなく龍馬さんのナデナデが原因ですよ」

「……」


 お酒を提供しているバーテンダーの斗真が泥酔ではないと主張している。

 そして葉月はこの店の常連客。アルコールをどれだけ摂取させていいのかも把握していることだろう。

 反論の余地はない。


「目覚めた時には我はしっかりとあると思いますので、最後まで神城さんを楽しませてあげてください。それがお代です。良いですか?」

「分かりました。ありがとうございます」

「……今更なんですが本当に申し訳ないです。神城さんのクッション役を押し付けてしまって」 

「いえいえ、役得ですので気にしないでください。葉月さんとのお出かけは楽しいですから」

「ははっ、言いますね。それは良いことが聞けましたね、、、、、、

「お酒の影響が出てますかね。普段はこんなこと言わないんですけど……」


 そんな男同士の会話。葉月が“今もなお寝ていると思っていたからこその龍馬の本音。


「…………」

 そんな声を直に聞き、ある者は起きるに起きれなかった。

 酔っていることもあり、いつも以上に優しく心に響いてくる。

 そんな喜悦きえつと羞恥を耐えるように寝息を立て続けていたのである……。


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