第72話 一輝と花音と騒動前

「な、なんだよ……。どうなってんだよ……」

 外のテーブル席。 

 一輝は手で顔を覆いながらくぐもった声を出していた。何度見ても、何度目を擦っても、そこにある写真は真実のみを映し出す。


「意味わかんねぇって……。なんで龍馬さんと愛羅が……」

 龍馬の腕を愛羅が掴んでいる。学校では見たこともないような乙女の顔をした愛羅が写真に写っている。

 その一方で何度もされた行動、なんて裏付ける龍馬の平然とした顔。


 良い彼氏、優しい彼氏と龍馬のことを一輝は認めていた。好意を持っていた。

 それだけに期待を裏切られたような、許せない感情が湧き上がる。

 ——好きな人が取られたと。一目惚れした人を取られたと。


 一輝は吐き気を催すほどに心が苦しくなる。現実から逃げたくなる。


「……愛羅の好きな人って龍馬さんのことだったのかよ……。んなことあるのかよ……」

 愛羅は今日という日を一番に気合い入れていた。クラスメイトである一輝がその現場を見ていたのだから間違いない。


 じゃんけんで負けた罰ゲーム、それは悪魔衣装をすること。これだけだったのだが、愛羅はそこからメイク道具、ピアスとヘアゴムの大きな赤リボン。追加品を自前で持ってきたのだ。


 愛羅はオシャレだ。服とアクセサリーの組み合わせが上手い。

 悪魔衣装ではあるが、付加することで愛羅が納得した格好になった。一番可愛くなった服装で、綺麗な顔で龍馬と会っている。


 全ては龍馬に見てもらうために。

 ベタ惚れ。その言葉以外にないようなもの。


「ハハ、ハハハッ……」

 一輝は小さく乾いた笑声が漏れる。頭がぐちゃぐちゃだった。底に叩き落とされた気分だった。

 姉の花音の元カレの龍馬が、愛羅の好きな男。その愛羅のことが好きな一輝。

 こんな偶然こそ神様のいたずら。一輝が一番辛い現実。


「おまたせ〜。一輝のホットサンドウィッチ買ってきたよ」

 その最悪のタイミングでやってくる姉の花音かのん

 花音はここの卒業生。懐かしさを感じているのかルンルンと浮き足立っていた。

 ブラウンのニット帽。Vネックの黒トップスにチェスターコートを羽織り、短いタイトスカートにショートブーツを合わせた上品コーデの花音。


 学園祭に来てからというもの途切れることのない視線を浴び、数回男に声をかけられているくらいに仕上がっている。

 そんな花音だったが、

「どうした……の、一輝?」

 流石は姉の立場にいる花音だ。一輝の雰囲気が変わっていることを一瞬にして察知する。上機嫌だった声色は真剣なものとなる。


「いや……な、言葉に出来ないんだよ……」

「ほんとにどうしたの……? ほら、熱いうちに食べよ?」

 花音が気を遣ってくれている。だが、今はそれすら腹立たしいと思ってしまう。一輝は失恋を認めたくなかった。絶対に認めたくはなかったのだ。


「なぁ……姉貴。姉貴はよく耐えられた、、、、、よな。龍馬さんとあんな別れ方したってのに」

「い、いきなり……だね」


 手に持っていた熱々のホットサンドウィッチを食べようとした花音であったが、もうこんな状況化で食べるという行動を取ることは出来ない。

 丁寧に封をした後にテーブル音は言葉を返す。


「……ううん、わたしは耐えられてなんかないよ。だってわたしはりょー君のこと諦めきれてない……。あんなメールをりょー君に打って、わたしには平然な顔で接してたまことには絶対仕返ししたい……から」


 全部本心で語る花音だったが、『でもね』と口にする。


「言い訳にもなるけど、あの時は困ってる人を助けてあげなきゃって気持ちが一番に前に出てた。だからりょー君に連絡すること忘れてた。ちゃんと連絡してたらあんなことにはなってなかったから一番悪いのはわたしだよ」


 誠のことは許せない。しかし責めるのは違う。一番の責任は連絡を忘れていた自分なんだと大人の考えをする花音。


「……俺には、そんな考え無理だ。誰かに恨みを向ける」

「わたしも高校を卒業して、あんなメールを送ってたって知った時は誠を一番に恨んでた。でも成人して、時間が経ってようやくこの考えになった」

 まだ一輝は高校二年生。1ヶ月前に誕生日を迎え17歳になったという年。この状況に犯されたのなら花音のような考え方はできるはずない。


「……なぁ、姉貴。龍馬さんに会いたいか?」

「あ、会いたくないわけないよっ。でも……今日は学園祭を楽しもうって決めたの」

 花音の口ぶりは龍馬には会えるはずがないから、というもの。


「この学園祭に龍馬さんがいるとしても……か?」

「えっ……」

「これ、見てくれよ」


 あの写真を見せた一輝はこんな思考を巡らせていた。

 龍馬と花音を対面させ、いちゃいちゃしていた場を狂わせてしまおうと。


『まぁ、姉貴のクラスメイトがクズだったのは分かるけど。姉貴と龍馬さんを別れさせるためだけにあんな事してたんだし。正直、人間のすることじゃないわな』

 前にこんなことを言っていた一輝だったが、それは客観的に見られていたから。

 己のことになってしまえばそれはもう当てはまらない。


「——ぇ」

 色付きリップで赤く色づいた口から発される驚きの声。


「これ、りょー君……!? っ、こここここっちは……彼女さん……!?」

「こっちの女の人、愛羅って言うんだけどさ、この愛羅が龍馬さんのこと好きなんだよ」

「そっか。そう……なんだね……」

 幸せそうに写った愛羅を見て沈痛な面持ちを見せる花音。3年前まではあのポジションにいたのは花音なのだから。思い出してしまうのは仕方がないこと……。


「姉貴、会わなくていいのかよ。今日逃せばもう龍馬さんと仲直りできないぞ」

「そう……だけど。わたしなんかが愛羅さんの邪魔をしたら……」

「別に俺はどっちでもいいけどな。ただ、あのメールのことは伝えておかないと龍馬さんが可哀想だろ。姉貴以上に傷抱えてるだろうしな」

「…………」

 愛羅から龍馬を遠ざけようとしている一輝だからこそ、花音が一番効くであろう言葉を言える。


「そ、そうだよね……。時間はいっぱい空いちゃったけど責任を取ってりょー君に伝えないとだよね……」

「今なら龍馬さんのいる場所聞けるけど」

「うん、お願い……。わたし、りょー君に会うよ……。愛羅さんにはほんとに申し訳ないな……」

「俺が相手しとくから安心してくれ」

「ありがとう……。ごめんね一輝」


 一輝は顔の正面でスマホを持ち、龍馬と愛羅の場所がどこにいるのかをイケメンビショ発見報告のLINEグループに送信する。

 顔写真もある。どこにいるのかはすぐにわかる。


 ——思い通りの展開転がせた一輝であった……。



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