第73話 愛羅と学園祭④約束破り

「はぁ……。ドーナツは良いとしても俺を大食いキャラにしないでくれよ愛羅。二人でフランクフルト5つは買いすぎだろ。3回も聞き返されたしどんだけ生徒さんにソーセージ好きって思われたか……」


 学園祭用で設置されたテーブル席に龍馬と愛羅は座っていた。

 そのテーブルには最初に買った焼きそばが4つ。ドーナツ5個の箱が1つ。そのドーナツの個数と同じフランクフルトが5つ。なんとも偏りのある、二人で食べると言ってもなかなかに信じられない数が置かれている。


 この二人は焼きそばとフランクフルトを食べながら会話を進めていた。


「アーシの抜きにして焼きそば3パック買った人がなんか言ってるんだけど」

「え、愛羅これ食べてくれないのか……?」


 キョトンとした顔で聞き返す龍馬。


「食べないことはないけどさ、りょーまセンパイってホントお節介焼きすぎだし。『いっぱい食べるのは変じゃない』とかあんに言わせるためだけにこの量買うとか頭おかしいでしょ。600円も節約できたのにバカじゃん」


 杏は焼きそばの注文受付をしてくれたマスク女子。その杏に『お、お兄さん焼きそば3パック食べるんですか……?』と言わせるために買った4パック。


 龍馬が食べられない量を買っているのだから、愛羅の言う通りお節介すぎで馬鹿である。


「いやそんなつもりはなかったけど。愛羅なら3パックくらいは喜んで食べるんじゃないかって」

「ウソつくの下手すぎじゃん。アーシのために大事なお金使って、好感度得よう得ようって、それ貢いでんのと一緒だかんね」


 上手い例えを見せながら愛羅はこんな意味を含ませる。『ウソ言ってないで早く白状しろ』と。


「いや、本気で言わせてもらうけど好感度は全く考えてないからな。そもそも俺はそんな計算されたことできないし」

「——っ」

 言い終わった途端だった。龍馬は射るような眼差しを愛羅に向ける。

 真面目な時に見せるクセ、、のようなもの。

『ウソ言ってないで早く白状しろ』との意味を汲み取ったからこそ。愛羅は息を呑んで次の言葉を待った。


「ワイワイした学園祭の雰囲気があるから真面目なことを言うのは避けたいんだけど……俺はやっぱり愛羅に無理してほしくないんだよ。家庭環境も知ってる。それでも愛羅は勉強を頑張ってる。だからほんの少しくらいはサポートさせてくれ」

「学園祭にする話じゃないでしょ……。やめろし……」


 フランクフルトを片手に持ちながらの締まりない龍馬だったが、それ以上に真剣さが勝っていた。

 愛羅は自動販売機で買ったお茶を喉に流して落ち着きを振る舞っている。


「愛羅が理由言えって雰囲気を出してきたからだろ? それに……契約期間も残り少ないからこそ言っておきたかった」


 契約期間。その言葉が愛羅の心に深く突き刺さる。

 契約を更新すれば良い、なんてことではない。

 この関係が契約というもので繋がっている。その現実を突きつけられたわけである。


「……もうすぐ契約期間も終わんだね。1ヶ月めっちゃ早いじゃん……」

「そうだな」


 もう12月に入った。学園祭が終わったら1ヶ月の契約が終わるようなもの。


「……りょーまセンパイ」

「ん?」

「この際に聞いとくけど……さ、まだ彼女ほしくないの?」

 緊張を隠すために愛羅はフランクフルトを食べながら言う。龍馬が彼女はいらないと言っていたからこその問い。


「作るつもりはないな。って、こんな偉そうな口叩いてるけど作り方もわからないし」

「作り方とか簡単でしょ。告白するか告白されるかじゃん」

「モテる愛羅だからそんなことをポンポン言えるんだよ」


 愛羅の言ってることは何も間違ってはいない。確かに作り方としてはそれ一択。

 しかし、そう言えるには現実味を帯びているからこそ。


「つ、作り方がわかんないってならさ……? アーシがりょーまセンパイに告白したら……どうする、わけ? い、いちお作り方の問題は解決……だし」

 愛羅が本気で言っていた。

『付き合う』と、そう言われた時は——。


「それはそうかもだけど言っただろ。その以前に俺は作るつもりがないんだって」

「そ、それが意味わかんないっての! りょーまセンパイの年とか一番彼女ほしい時期でしょ!」

「それは否定しない。しないけど……大学卒業までは俺は作れない、、、、から」


 龍馬は学費のために、カヤに払ってもらった学費を返すために恋人代行のバイトを大学卒業まで続けるつもりである。

 一番の優先順位はお金だ。姉のカヤに負担をかけさせないためのお金。彼女なんかではない。

 元カノに二股をされた経験があるからこそ、恋人代行のバイトをしながら彼女を作ろうとは考えられない。高時給で生活バランスも崩れないこのバイトをやめるつもりもない。


「え? 彼女作れないってなに? 罰ゲームとかしてんの……?」

「事情があるんだよ。……だから俺の分まで愛羅には言っとく。パートナーはしっかり良いやつ、、、、を見つけろってさ」

「りょーまセンパイはふつーに良いヤツじゃん。そんな人に言われても説得力ないし、アーシの人の見る目が腐ってるって言ってるようなもんだよそれ」

「……腐ってる俺をその目で写してるんだから、一時的にそうもなるだろ」

「ハァ!? マジ意味わかんないって! りょーまセンパイは腐ってなんかないし!」

「ははっ、そうだと良いんだが」


 龍馬は苦労せずに恋人代行を、この愛羅との契約をしているわけではない。

 お金欲しさだけに相手が喜んでもらえる行動を取っている。そこには本心が100%あるわけではない。

 そこの葛藤を、その心労を龍馬は腐っていると例えていた。


 中には『相手を喜ばせてもらっているお金だからいいじゃないか』と言う者もいることだろうが、堅実であり、お金を稼ぐには引くに引けない状況の龍馬だからこそ気に食わない思いがどうしても出てくる。

 だが、そこは性格の問題。一つだけ言えるのは、このような心労を持つ者が恋人代行のバイトをするには荷が重い、仕事に合っていないということ……。


「ってか、今気づいたんだけど……俺を彼氏に選ぶことによって契約金を浮かせようとしてるだろ」

「あ、え……」

「本当に頭が回るよなぁってのは褒めるけど、そんな理由で彼氏は選ぶんじゃない」


 ここは龍馬の深読みである。愛羅にはそのつもりは全くなかった。


「俺も愛羅に負けないように頑張るよ。いろいろとな」

「マ……とりあえずは一緒に過ごすって約束守ってよね?」

「あぁ、そりゃもちろ——」


 愛羅に顔を合わせその約束に答えようとした龍馬。——が、『もちろん』と言う寸前、龍馬は声を止まってしまった。

 龍馬は唇を震わせ、その瞳孔が大きく開く……。


「りょーま……センパイ……?」

「ごめん愛羅。トイレ」

 震う声。龍馬は椅子から立ち上がり下を向きながら去っていく。

 龍馬は偶然見てしまった。愛羅の後ろから近づいてきた——あの最悪の人物を。


 その1秒後、女性の必死さを伺わす声が飛ぶ。

「ま、待って……りょー君……、りょー君っ」

 龍馬を愛称で呼びながら追いかける、赤髪で片目が隠れたアシンメトリーの美人な女性を愛羅は見た。


「……」

 青白い顔色で逃げていったような龍馬。追いかけるあの美人な女性。なにか、何かある関係であることは容易に判断が付く。


「愛羅!」

「い、一輝……」

 一人っきりになった最中、現れた一輝。

 なにも状況が掴めない。ただ賢い愛羅はわかる。

 一緒にいるという約束が破られたこと。龍馬が短い時間で戻ってこないであろうことを……。

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