第88話 葉月との恋人代行⑥
罰ゲームをかけたバッティングが終わり——葉月がバッターボックスの中。龍馬はその外。緑のネットを挟んで二人は立っていた。
余裕のある顔をしているのは……龍馬。逆に葉月は真っ赤な顔を隠すようにヘルメットを深くかぶっていた。
龍馬は『どーて君』との精神攻撃を受けるも、ワンプレイ、20球のうち11球を打つことに成功していた。対する葉月は7球……。半分も打っていない結果に終わっていた。
つまり、龍馬に軍配が上がったということ。
「照れた顔も
「この……この……この」
ガキ大将のような陽気な笑みを浮かべた龍馬に対し、葉月は恥ずかしさを押し殺したような怖くない顔で睨んでいる。
龍馬は葉月同様にバッティング中に精神攻撃をかけていた。
『素敵』『美しい』『自慢の彼女』『優しい』なんて褒め殺しで。
葉月が覚悟していたであろう『未経験』を龍馬はいじらなかった。
それが功を奏し、褒め殺しという死角を突いた攻撃が、もの凄いスピードで葉月を
「罰ゲームは何にしましょうかね。いろいろ思い浮かびます」
「ま、待って。ズルいわよっ。そんなバッティング中にいきなり褒め出すなんて……」
「自分の未経験をいじってきた葉月さんと変わらないと思います。同じく精神攻撃ですから」
「そ、そう……そうだけれど……」
してやられたことを実感しているのだろう。葉月は認めたくないオーラを出しつつも言葉では同意を示している。大人な部分が完全に現れている。
「勝負が終わったので言いますけど……葉月さんが自分をからかってきた
「う、嘘よ……。だって斯波くん効いていたもの……」
「効いたのは最初だけです。バッティングの途中からは演技を含ませていました」
「なっ……!? え、演技……?」
「はい、これも作戦です。油断させておいて実は自分の計画通りに進めていました」
精神攻撃をしなければ11本と言うのは葉月からして簡単に超えられる数。だからこそ油断の生まれるこの数に龍馬は狙いを定めていた。
割り切っていた分、『どーて君』との精神攻撃が効いていなかった龍馬は15本ほど打つこともできた。しかしそうなれば葉月に与えるのは危機感以外にない。この心情があれば褒めたところで右から左に流されてしまう。
気持ちに余裕を持たせることによって、より深く
「はぁ……。私の完敗よ……」
「勝利、いただきました」
「悔しいわ……。演技に気付けなかっただなんて……」
葉月はヘルメットとバッドを元の定位置に戻してバッターボックスから出てきた。
「そ、それで……し、斯波くんは私にどんな罰ゲームを課すつもりなのよ……。エッチなことはダメなんだからね……」
出てきて早々、険しげな顔で眉を寄せる葉月は両腕でガードを作り体を守った。
冗談抜きで本当に警戒している。だが、その気持ちは龍馬も十分に理解している。
なんたって、同じ『未経験者』なのだから。その行為が怖いのは当然だろう。
「大丈夫ですよ。その約束は守りますから。立場もありますし」
「あ、ありがとう……」
「礼を言われるようなことじゃないので気にしないでください」
煩悩に左右されず、代行中というのを第一に置いているのが龍馬の良いところであり、依頼者からの信頼を得るために一番大事なことでもある。
「えっと、それでですね。罰ゲームに移る前にその前に葉月さんに一つ聞きたいことがあるんですけど」
「い、いきなりね。なにかしら……?」
「もし、この勝負に葉月さんが勝っていたら自分にどんな罰ゲームをするつもりだったんですか?」
「……っ!」
そう。場の流れとは言え罰ゲームを切り出したのは龍馬ではない葉月だ。
罰ゲームという手を使って、なにかを企んでいたのは考えるまでもないこと。
「今の驚いた顔、やっぱり何か考えてましたよね」
「い、言う必要はないでしょう……? 斯波くんは勝負に勝った。私は負けた。その事実があればもう良いと思うわ」
「確かにそうですけど……葉月さん。自分、この勝負の
「……そ、それはなにかしら?」
葉月の声が一瞬上擦る。まばたきの回数が格段に増えた。何かを隠そうとすているのは明白だが、龍馬はもう確信を得ている。
「『勝った方は負けた方に罰ゲーム』と葉月さんは言ってましたけど、罰ゲームの
「……」
「無言は肯定と言うことで……つまり、回数を言っていない分、罰ゲームの数を2にも3にしてもアリになりますよね」
「…………」
「違いますか?」
「そう……よ」
もう隠し通せないと諦めたのだろう。葉月は素直に白状した。
「本当に葉月さんは油断なりませんね……」
こんな融通を利かせられる罰ゲーム。葉月はそれだけバッティングで勝つ自信があったということ。だがしかし、龍馬が勝ったことでこの計画的犯行は崩れた。
葉月は自身が考えた策で、完全なカウンターを食らうことになる。
「では葉月さんに
「う、嘘なく……!? え、えっと……その……」
ここで『嘘なく』をしっかりと取り入れるのは葉月の性格だ……が、その影響か、語尾がどんどんと萎んでいった。次第に両手を合わせモジモジを始める葉月。
こんなに弱々しい姿を見られるのは罰ゲームをさせる以外にないだろう……。
「そ、その……あ、頭を……撫でて欲しかったの……。バッティング、上手く出来たねって……」
「え、え?」
聞き間違いだろう……そう思うのも無理はない。あの知的でクールで、ベテランキラーの女王が、ねだるように言ったのだから。
「に、二度は言わないわ……」
「罰ゲームです。もう一度言ってください」
「もぅ、やめて……」
「言ってください」
「あ、あ、頭を……撫でて欲しかったの……っ。バッティング、上手く出来たねって……」
聞き間違えの可能性はもう無くなった。龍馬はしっかりと葉月の想いを聞き取った。
「わかりました。では、葉月さんの罰ゲームは自分に頭を撫でられることです。異論は認めません」
「えっ、な、なんで……。そ、それだと罰ゲームにならな——」
「——言ったじゃないですか。自分は葉月さんの理解者ですって。自分の前では気負わなくていいんですよ。我慢もしないでください」
「斯波くん……」
呆気に取られたような顔をする葉月に、龍馬はゆっくりと頷く。安心させるように笑みを浮かべた。
「でも、流石にここでするのは恥ずかしいので葉月さんの車の中で……良いですか?」
「え、ええ。頭を撫でてくれるなら私はどこでも良いわ……」
「あ、あとやっぱりさっきの発言は撤回します」
「えっ……」
「自分は葉月さんの頭を撫でるわけじゃないです。葉月さんの髪に毛糸が付いてますのでそれを取るだけです。良いですね?」
「ふふっ、そう言うこと……。なら、たくさん付いていると思うから優しくいっぱい撫でて取って……」
「はい、わかりました」
そう、頭を撫でるのはルール違反に当たる。だが、頭に付いた毛糸を取るという程なら……例外になる。
「ふふっ、斯波くんも悪い子になったわね。代行ルールの穴を突くんだから」
「葉月さんも悪いですよ。1回目の代行ではルール違反した自分を注意したのに、今じゃこうなんですから……」
「だって、斯波くんは私の理解者……なんでしょう?」
「そうですね」
「ならほらっ、早く車に行きましょう。早く」
「ちょ、手引っ張らなくても……!」
そこからの葉月は大胆だった。龍馬の手を引いて急いで車に向かうのであった。
その数分後、GT-Rの車内では龍馬にしか見せない甘えたの葉月が現れることになる……。
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