第44話 龍馬の素と姫乃の素

「ん……?」

 昼休憩中、スマホを開いた龍馬は目を大きくさせていた。

 Twitterのアプリの右上に①の赤文字が表示されていたのだ。

 アプリを入れているだけで利用していない龍馬にとってそれは初めてのこと。

 

 一体どのような表示なのか。こう気になったのなら人間誰だって調べたくなる。龍馬は親指でTwitterアプリを押し、通知内容を見た。


「これか……」

 アプリを開いてすぐ——右下のメッセージボックスのマークが①になっていた。

 これはDM、ダイレクトメッセージのマークである。簡単に言えば個別チャットのようなものだ。


 そのDMのマークを押すと一番上にある人物からのメッセージが届いていた。

 そのアカウント名、でびるちゃん。

 龍馬のTwitterに連絡を入れられる相手は限られている。

 なんせ龍馬が作ったアカウントはフォロー数1。フォロワー数も1なのだから。


 DM画面には前文が表示されていた。

『こんにちは。いきなりですみません』

 これだけではメール内容が分からないために、そこをタップして送られた内容を開示させた。


『こんにちは。いきなりですみません。今日用事ありますか? なかったら放課後会って少し話したいです。メールを見たら返信してください』

 

 それがでびるちゃん及び姫乃が送信してきた全文であった。

 Twitterかなり利用しているからだろうか、喋り口調とは違うかなり丁寧な文章である。


「話したい……か」

 龍馬はどのような用件か理解する。姫乃とは友達の関係でもあるが、共通の話など一つしかない。

 そして共通な話は龍馬の収入に関わること。断る理由などない。


『了解。こっちは講義が4コマまであるけど姫乃は大丈夫?』

 そんな返信をして……でびるちゃんのアイコンをタップするとでびるちゃんのホーム画面に変わった。


 書店でバイトをしている龍馬はその題名を知っている。ペンネームも見たことがある。

(本当の本物なんだな……)

 語彙力を無くしがら少し投稿ツイートなどを覗いてみる。

 返信が来るまでの時間潰しでもある。


「フォロワー16万に増えてるし凄すぎるだろ……。え、この漫画ハート数3万超えてる……」

 非現実の世界に思えてくる。これほどの有名人が一つ下の後輩だと言うことに。

 ハートいいね数が3万を超えている『両想い幼馴染と罰ゲーム』と言う最新のラブコメ漫画を読んでみる。


「……」

 1P〜4Pまである漫画を読み進め……思わず口に出る。


「さ、流石だなぁ。面白い」

 少し展開が急であるような気もするが、4コマにまとめたらこのような感じにはなってしまうだろう。

 少しエッチな要素もあり……あの寡黙な姫乃が作っているとはなかなか思えないが、ちゃんとツボを掴んでいる。次の話も読みたくなる。


 他の漫画も掘り起こそうとした矢先だった。


 メッセージボックスのマークが再び①になった。姫乃からの返事が来たようだ。

『どこが良いとかありますか?』

『人目がない場所がいいかな。俺が今のうちに空き教室探してまた連絡入れてもいい?』

『分かりました。ありがとうございます』


 姫乃も通知をオンにしていたのだろう。すぐにレスポンスが来た。ここからはリアルタイムのやり取りである。


『思ったんだけどメールの文、かなり丁寧なんだね』


 とりあえずの本題を終えたところで龍馬はやんわりと触れてみる。少し気になっていたことではあったのだ。距離が出来てしまったんじゃないかという不安も含めて。


『仕事用のアカウントなので、DMはどんな人でもこのような感じでしています。宛先を間違えても取り返しのつくようにです」


「あっ、なるほど。ちゃんと考えてのことなんだね」

 口に出して龍馬は納得する。 

 とても饒舌に感じる龍馬だが、それは普段の姫乃が寡黙だからである。

 メールになればその性格は解消される。


『もし違和感あればシバだけ変える、、、、、、、

「相変わらずだなぁ……」

 ぽん! と送信される突然の姫乃の素の文面に笑いを我慢する龍馬。鼻と口から息が漏れる。


『ううん、特に問題ないから変えなくていいよ』

『ん、やっぱり姫乃変える』

『え?』


 前文との繋がりを無視して『変える』との意を出す姫乃。そしてメールはいつの間にか素になっていた。


『その代わりシバも変えて』

『俺が変えるって……何をかな?』

『シバのも見せて。姫乃それがいい』

『これが普通だよ?』

『ウソ。装ってる。姫乃にはわかる』


 龍馬の返信内容を予想していたのだろうか。5秒もかからずに送られてきた。

 そして、口に出さないやり取りだからだろう。姫乃がグイグイきている。


「完全にバレてる……」

 龍馬が一番恐れていること。それはマイナスな印象を持たれることと嫌われること。嫌われたのなら指名されなくなるのは100%である。

 今の龍馬にとっての最善は潔く認めること。意地になればなるほど姫乃の気分は害される。


『えっと、変えるにあたって一つ言っておかなければいけないことがあるんだけど』

『なに?』

『イメージ、結構変わると思うよ? 姫乃にこんなこと言うのもアレだけど悪く映るかもしれなくて』

『大丈夫。姫乃は今のシバきらい』

「それは大丈夫じゃないでしょ!?」


 思わずスマホに向かって鋭いツッコミが炸裂する。

 今の光景を見た者がいれば変な人だと認識することだろう。


『えっ!? 本当に言ってる!?』

『ん。だから変えていい。素の方がいい』

『……分かった。じゃあ俺も変えるよ。メールの文面だけじゃなくて現実の方でも態度変えるからね?』

『ん、楽しみ』

『何が楽しみなんだか』


 掴み所がない平常通りの返しに素のメール送った龍馬は、空き教室を探すことにした。



 ****



 龍馬とのDMが終わったすぐ直後。メールのやり取りをスライドして読み返していた姫乃は……くすっと小さく笑っていた。

 これは当たり前の光景ではない。

 真顔でいることが多く、大学では表情筋が死んでいると噂されているほどなのだから。


 そして、こうなった時の姫乃は周りが見えていない。

 隣に座っている友達、亜美にずっと見られていることにようやく気付く。


「どうしたのさぁ、ひめの〜。スマホ見てニヤっニヤしちゃって楽しそうじゃん!」

「っっ!」

 肩をトントンと叩かれ、お化けに驚かされたようになる姫乃。


「そ、そんなに驚かなくても……。で! ニヤニヤしてどうしたの?」

「……見ないで、勝手に。ニヤニヤもしてない」

「と、倒置法!? 強調するほど嫌だった!?」

「ん」


 姫乃はスマホを閉じてむくれた顔をする。

 メールの内容を見られるのは誰だって嫌である。しかし、顔を凝視されるのも同様に嫌なことである。


「ごめんごめん! でも、ひめのの表情を崩せる人物と言ったらあの人しかいないな〜って思ったらねぇ」

「……あの人?」

「あの人も何もりょうまさんだよ! とぼけちゃって! 自慢の彼氏とメールしてて笑ってたんでしょー」

「……違う」

 無意識に目線が泳いでしまう。彼氏と言うワードは姫乃にとっての弱点である。


「ウソ付いちゃってぇ。めっちゃ分かりやすいよひめのは。で、どうなのさ?」

「……」

「出たお得意の黙秘!」

「……もう喋ったら亜美叩く」

「絶対ウチが叩き返した方がダメージデカイよ?」

「そんなことはない。姫乃も強い」

「じゃあやってみる?」

「ぼ、暴力……反対……」

「姫乃が最初に言いだしたのに可愛いなぁもう!」


 身長150cm無い姫乃に、160cmほどある亜美。体格差は歴然で男でも保護欲が湧くほどに姫乃は細くちっこい。

 日本地図を完璧に把握している人物に、『ここはどこでしょう?』とクイズをし、正解が返ってくるほどに勝敗は明白。


 一時は粘った姫乃だが、白旗を上げるのは正しい判断だ。


「ってホントにひめのって華奢きゃしゃだよね。なんでそんなに腕細いの? 羨ましいんだけど。触っていい?」

「……もう追求しないなら、いい」

「良し、交渉成立! はい、後ろ向いて!」

「前じゃだめなの……?」

「後ろ!」

「ん、分かった……」


 亜美は姫乃を癒し系のマスコット化させている。大きめのぬいぐるみを扱うような感覚で触り続け……そんな時に姫乃は昨日のお礼を言う。


「昨日、電話ありがとう……亜美。か、彼氏の、こと心配してくれて」

「気にしなさんな! あれはウチのお節介だから。ってうっわ、マジ細……ウチの二分の一じゃない!?」


 この日もなんとか追求を躱した姫乃。この身体を触らせるということで亜美を抑えているのであった。




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